税 に関する 高校生 の 作文。 平成20年度 税に関する高校生の作文|国税庁

税に関する高校生の作文

税 に関する 高校生 の 作文

増税するとかしないとか・・・。 私は自転車で帰宅途中、壁に張られたポスターについて考えていた。 あるポスターには「増税分を社会保障費へ!」と書かれていた。 だが、その横のポスターを見ると「増税反対!これ以上家計を圧迫するな!」と書かれていた。 私はちらっとそのポスターを見て、またすぐに自転車をこぎ出した。 これは私のある日の体験であるが、このように税について考える機会は日常の中にたくさんある。 特に最近は参議院選挙の公約として消費税増税に関する内容を掲げる候補者も多く、メディアでもたくさん取り上げられている。 あとは国民一人一人が税についてはっきりと意見を言えるようになるべきだと思う。 よく「納税者は国民の義務だから、しっかり納めなさい。 」と周りの人から言われるのだが、「なぜ納税は国民の義務なのか」と質問すると様々な答えが返ってくる。 つまり「納税するのは当然だ。 」と考えている人もそう考えている理由は一人一人ちがう。 その理由こそがその人の税についての考えだと思う。 肯定的な考えもあれば否定的な考えもある。 だからこそ、国会で議論が行われたり、国民の抗議活動が行われたりするのだ。 逆に言えば、国民が考えを持たないと税金制度は成り立たない。 それほど一人一人の考えは大切である。 しかし、先ほどの質問に答えられない人や、「憲法に書いてあるから。 」などの考えを持てていない人も多い。 また、無関心な人も少なくない。 特に私たちの世代は無関心な人が多く、問題になっている。 税について関心を持たない人の多くは政治に関しても無関心なことの方が多い。 選挙に行かない人も多いのが現状だ。 もし、この先このような人がどんどん増えてくると日本という国が存続できなくなるのではないだろうかと私は心配している。 この作文を通して、私は政治や税について興味を持ってない人、自分の考えがまとまらない人に伝えたいことがある。 それは、「きっかけはすぐそばにある。 」ということだ。 忙しい毎日のほんの一瞬でも興味を持ってほしい。 情報や他の人の意見はたくさん散らばっている。 その人々が興味を持つだけで日本という国は活性化すると思う。 私の税金に関する考えは、「税金は日本という国を支える大切なものであり、今の税収で国の予算が成り立たないのなら増税してもよい。 」である。 なぜなら、税金は日本国という集団に属している私たちが支払う会費みたいなものだと思うからだ。 会費を支払わずにその集団に属する人があってはならない。 だから納税は国民の義務であると考えている。 税金の在り方を決めるのは国民一人一人であって、それぞれが私の考えのように何かひとつでも意見を持つべきだ。 そして、それが交流され、議論されていけば、明るい未来が私たちを待っている。 僕の生まれたときの体重は3ケタです。 国の平均的な値と比較するとおよそ四分の一しかありません。 こう書くと、どのような想像をされるでしょう。 生まれて間もない頃の写真を見ると、新生児用のおむつがまるでベビー服のようです。 ベビーバス代わりに洗面器のおふろに入れてもらっている写真もあります。 今の僕からは僕がどれほど小さかったか想像がつかないかもしれません。 それは僕が「超低出生体重児」という出生体重が千グラム未満の早産児だったからです。 僕は肺ができ上る前に生まれてきたので呼吸ができず、生まれると同時にNICUに入院になりました。 繊細で高度な医療が必要とされました。 いつまで入院するのか分かりませんでした。 それどころか、生きて退院ができるのかも分かりませんでした。 「どうか助けてください。 」 と願う両親でしたが、それとともに、 「入院にどのくらいの費用がかかるのだろう。 自分たちに払えるのだろうか。 」 という心配も芽生えたそうです。 貯蓄が多くあるわけでもありませんでした。 出生直後は種類の違う不安や心配でいっぱいの状態で、両親は僕が生まれてきた喜びを感じられなかったようです。 そんなときに両親が教えてもらったのが、未熟児養育医療制度でした。 制度の内容もよく分からず、係の人に言われるまま手続きをした両親でしたが、僕のように未熟児で入院養育が必要であると医師が認めたケースでは、自治体から医療費を助成してもらうことができるという制度だそうです。 成長面での心配は続いていたものの、入院費用の心配がなくなり大きな安心をもらえたと母が話していました。 あとから生まれた子が次々に退院する中、僕は予定日をはるかに過ぎ、五ヵ月余りを病院で過ごしました。 僕が家に帰ることができたのは、もちろん病院のスタッフの方々のお陰です。 そして、それだけでなく、小さい頃は難しすぎて理解できませんでしたが、この未熟児養育医療制度によって自治体から助成があったからでもあります。 つまり税金を納めてくださった方々のお陰です。 僕の命を救うためにかかった金額はかなりの額になったことは間違いありません。 僕は納税してくださった人たちにとても感謝しています。 同じ学校の中ではまだ出会ったことがありませんが、僕の他にも税に支えてもらって、適切な医療を受けることができたという子どもは全国には数多くいるはずです。 税の支えのありがたさ実感している親はさらに多くいるはずです。 税金をとられると思うと後ろ向きですが、誰かの支えになっていると思えばすばらしいことです。 何年後になるか分かりませんが、僕もいつか納税者となって支えてもらった分、誰かを支えられたらなと思います。 税金と聞いてあなたは何を思い浮かべるだろうか?納税は憲法で国民の三大義務の一つとされている。 私たちが安全で安心な暮らしをするためには必要不可欠なものだ。 私は母子家庭である。 税金によって助けられることが今までに多くあった。 税金の助けがあったからこそ、私は小学校や中学校で教育を受けることができ、高校にも進学できた。 義務教育を終え、高校生となった今、税金がどれほど私たちの生活と深く関わり合っているのかを実感することができた。 それと同時に、納税の義務を怠る人について知りたいと思った。 なぜ、納税を怠るようになったのだろう? 私は、あるインターネットのサイトで税金を払いたくない人たちのことをまとめていた記事を見つけた。 その記事には税金を払いたくない理由として『税金は見返りのないコスト』という感覚を持っている人たちがいることを知った。 毎日毎日、必死に働いたのに税金があるこによって生活が苦しくなると考えているようだった。 私は、それは違うのではないかと思った。 たしかに、払わなくていいのなら税金なんて払いたくない。 それは皆同じだと思う。 見返りが感じられないから税金なんて払いたくない。 もし、そういう考えから税金を払わないのなら、落ち着いて周りを見てほしい。 人や車が通れないほど状態の悪い道路を見つけたことがあるだろうか?有害なガスが発生し続ける程のゴミが街中にあふれかえっているだろうか?おそらく、そんなことはないだろう。 壊れた道路を直すのも、ゴミを正しく処理する為に必要な費用も、すべて税金から出ている。 見えているようで見えていないだけで、私たちは税金に支えられて生きている。 私は、税金があって良かったと心から思う。 毎日毎日、必死で働いて納めた税金は確かに形としてすぐそこに在る。 それに気づいてほしいと思う。 税金は、『見返りのないコストではない。 』税金の真意を見つめてほしい。 高校生になって強く思うようになった。 私は、母を誇りに思っている。 どんなに体調が悪くても生活の為に仕事をこなし、しっかりと税を納めている。 体調の悪そうな母を見ることが辛かった。 それでも、こうして生活できるのは周りの環境に恵まれたことや、税金の助けがあったからこそだと思う。 決して裕福とは言えないが、税金は私たち母子を支えてくれている。 『誰かが払うからいい』と考えるのは横暴である。 納税しない人が不自由を感じないのは、納税している人がいるからである。 税を納めない人が一人、二人と増え続ければ、日本は衰退の一途を辿るだろう。 そして、当たり前だと思っていたことが本当は『有り難い』ことだったのだと気づくのだ。 税金は、それ程までに私たちの生活と深く関わっているのである。 あなたは、『税』に対してどのような考えを持っただろうか…?.

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税に関する高校生の作文|国税庁

税 に関する 高校生 の 作文

今年八十二歳になる私の祖母は、以前に肩の手術のため一か月ほど入院したことがある。 退院後も左手が使えず、どうやって生活するのだろうと心配した。 その時、介護保険の制度を利用し、お風呂に手すりをつけてもらった。 安心して入浴ができると、嬉しそうに話していたことを覚えている。 高齢者が老後に年金をもらって生活し、入院費用は医療保険、退院後の生活では介護保険を利用することができる。 日本はこのような社会保障制度が充実しているのだと安心感を持った。 しかし日本では今、世界に例のないほど急速に高齢化が進んでいる。 同時に出生率の低下による少子化が進み、四人に一人以上が六十五歳以上という超高齢社会となっている。 高齢化により、年金や医療、介護にかかる費用は増加するのに、それを支える若い世代の人口が減っている中、年をとっても、病気やけがをしても安心して暮らせる社会であるために、どうしたらよいのだろう。 社会保障関係費、すなわち私たちが安心して生活するために必要な医療、年金、福祉、介護などの公的サービスにかかる費用の四割は、税金から賄われている。 また、国家予算の歳出で見ると、社会保障関係費に一番多くの費用が使われている。 少子高齢化が進む中で、将来的にも安定的な財源を確保し、社会保障を充実させるため、あらゆる政策が進められてきたことを知った。 その中で、「高齢になっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができる」よう、地域包括ケアシステムという支援・サービスの提供体制の構築が進められているそうだ。 このシステムを効果的に機能させるための四つの「助」がある。 「自助」は、自分自身が健康維持のために行動すること、「互助」は、家族・友人・近所の人との助け合いである。 そして「共助」は、医療、年金、介護保険など、保険費用を出し合いながら助け合うこと、「公助」は、これらでは対応できない場合に福祉の制度で助けることである。 社会保障制度も税金制度も、助け合い、支えあいの考え方から成り立っているのだ。 人は、人とのつながりの中で生きていく。 大人になれば社会の中で自分にできる社会貢献をし、互いに助け合う心をもち、安定した社会の実現のために国へ税金を納める。 税金が安いに越したことはないが、大人の責任としてだけでなく、「幸せな国であるための制度」であるという本質を理解した納税者になりたい。

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平成29年度「税に関する高校生の作文」国税庁長官賞受賞者発表

税 に関する 高校生 の 作文

平成24年度「税に関する高校生の作文」国税庁長官賞受賞 国税庁では、本年度も、全国の高等学校のご協力を得て「税に関する高校生の作文」の募集を行いました。 これは次代を担う高校生の皆さんが、学校教育の中で学習したことや自分自身の経験・体験などを通して、税について考えたことを作文の形で発表していただき、これを機会に税に対する関心を一層深めていただきたいという趣旨で、昭和37年度から毎年実施しているものです。 本年度は全国1,495校から182,736編の作文が寄せられました。 名古屋国税局管内では、1年の 宮本果南さんが 国税庁長官賞を受賞されましたのでご紹介します。 【題名】 政府と国民の約束 【学校名・学年】岐阜県立岐阜高等学校 1年 【氏名】 宮本 果南 かな さん 私はこの春、念願の高校に入学できた。 心を弾ませ合格者説明会で話を聞いたあと、四月から必要な教材を買ったことを覚えている。 その出来事が印象深いのは、教材にかかる費用が想像を超えていたからだ。 その日、帰宅した私は、中学校で使っていた教科書の整理をしていた。 「確か、小学校や中学校では教科書の代金を払っていないはず」と思っていた矢先、ある言葉に目が留まった。 それは教科書の裏に書かれている言葉だ。 「この教科書は、これからの日本を担う皆さんへの期待をこめ、国民の税金によって無償で支給されています。 大切に使いましょう。 」教科書はたくさんの人が私たちの将来に投資する形で配布されていたのだ。 この言葉を読んで、日本をつくっていくのは私たちなんだ、というぼんやりとはしているが責任を感じた。 私たちは普段、税金について考えると、ついつい「お金を取られている」という気分になる。 でも実際は、道路や公園、病院、学校など数え切れない数の場所を豊かにしてくれている。 そして未来の日本のために、税が使われている。 税によって豊かな生活ができることにもっと感謝すべきではないだろうか。 感謝の心を持てれば「お金を取られている」という感覚も減るのではないだろうか。 私は、教科書という形で税金のありがたみが良く分かった。 私が目標としていた高校に入学することも、こうやって文章を書くことも、全て、教科書なしではできなかった。 そう考えると、税金のない世界は怖くて仕方がない。 国のたくさんの人の協力で、私はここまで成長できた。 次は私の番だ。 私もしっかり税を払い、多くの人の助けになりたいと思う。 最後に、もう一つ宣言したいことがある。 それは、日本人という名に恥じない人間になるということだ。 福澤諭吉は学問のすゝめの中で、税についてこう述べている。 「これ即ち政府と人民の約束なり。 」 これは、私たち国民がお金を払うかわりに、政府はよりよい国づくりをするという約束だろう。 しかし、別の捉え方もできる。 国民から集めた税金を教科書という形で政府が届けてくれたのなら、私たちは国を担っていく人間であることを自覚しなくてはならないのではないか。 それも政府と私たちの約束だ。 税金の意義を考え、社会貢献していける立場であり続けたいと私は思う。

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