末期 癌 完全 放置 ブログ。 末期がん余命1ヶ月の症状で代表的なものは3つと治す方法は?

末期がん余命1ヶ月の症状で代表的なものは3つと治す方法は?

末期 癌 完全 放置 ブログ

先日購入した PRESIDENT ( 2013. 17 号)は、添付の表紙写真にあるように、がん特集。 非常に読み応えあって良い特集だったと思うが、一番下の「 『もしも医者から、末期がんと言われたら』」が、また「あちゃ~」という内容だった。 センセイは、著書の売れ行きも絶好調のようで、今年のベストセラーで Best3 に入っている(調べ)。 以前のエントリー「」でも書いたが、彼の語り口というか書きぶりは非常に明快で、マーケティング的には素晴らしい。 しかしながら、肝心の中身は玉石混交で、「石」の部分は「有害」とも思える。 2 年前よりさらにプレゼンスが高まって、信者も増えていると見える現在、警鐘の意味で敢えて筆をとり、素人がついつい「騙されてしまう」医師の論法を検証していく。 <「 150 人以上に及ぶ実績」って???> いつも思うことなのだが、医師は、「慶応大学病院」のブランドをフルに活用している。 件のプレジデントの記事の冒頭も、 私は慶応大学病院の外来で、二三年以上にわたり「がん治療」をしない患者さんを診てきた。 その人数は一五〇人以上に及ぶ。 と始まっている。 普通の人が読んだら、「 150 」という数字を見て「ブランド病院の豊富な臨床経験を持つ医師」というイメージを持つだろう。 でも、ちょっと待ってほしい。 23 年も慶応大学病院の外来をやっていて「 150 人」という数字は極めて少ない。 平均診療期間を長めに 3 年程度と見ても、年間で診ている患者数は 20 人程度だろう。 ということは、 1 日に患者 1 人も診ていないことになる。 自分のメインの治療(医師の場合は無治療)でその人数ということは、どれだけ日常診療していないかを自分で告白しているみたいなものだ。 そんなわずかな臨床経験しかない医師に、僕は自分の命は預けられないし、その医師が自身の臨床経験から導き出す説も全くもって信用できない。 <「がんは原則放置」はヤバい> 医師の主張の中で最も「ヤバい」のが、「がんは原則放置しておいた方がいい」だ。 彼は、検診などで「早期発見」で見つかるがんはだいたい無害な「がんもどき」であり、放っておいていいものだとしている。 その証拠として、件の PRESIDENT の記事の中で「日本人男性の胃がん発見数と死亡数の推移というグラフを出して、胃がん発見数が、 1975 年には 5 万人弱が 2000 年には 7 万人程度まで右肩上がりに増えているのに対し、胃がん死亡数は 3 万人程度でほぼ横ばいであることを示している。 彼はこのグラフの中で 「『早期発見理論』が正しいとすると、健診で発見される胃がん総数が増えれば、胃がん 死亡率は減ってしかるべきである。 ところが、 死亡数は減っていない」(強調は本ブログ筆者による) と書いている。 「死亡率」の話を「死亡数」にすり替えてしまうとは、なんたること。 医師自身が書いている通り、死亡率が変わっていないようであれば、早期発見・早期治療の意義は薄れるということは言えるだろう。 だが、死亡数は関係ない。 では、肝心の「胃がんの死亡率」はどうなっているのか。 答えはここにある。 念のために付記すると、「年齢調整」をする必要があるのは、単純に人口比で死亡率を出すと、母集団の年齢構成が異なるため、正しい比較にならないためだ。 特に、癌のように基本的には年齢が高くなればなるほどが高まる疾患で死亡率を考えるのであれば、「同じ年齢構成であったならば」という比較をしないとおかしな話になる。 データを素直に受け取れば、胃がんについては早期発見によって治療がうまくいき、がん罹患は経験しても生き続けている人がより多く出てくるようになった、と見える。 がんが見つかった時にそれが(そういうものがあったとして)「転移しないがん」と確定することは実質不可能なのだから、放置が第一選択は基本的に無理筋なのだ。 <驚きのねつ造グラフ> 医師によれば、転移が成立した「ホンモノ」の癌(固形がん)では「は強い毒性によるつらい副作用と『縮命』の効果しか及ぼさない」となる。 彼は、「の『効く』というのは、治すとか延命につながるという話ではない」、と指摘している。 この指摘は半分正しいが半分間違っている。 固形がんについては、確かに残念ながら「治す」とまで言えるはない。 しかし、「延命」については期待できる。 近藤センセイは、自説の論拠の一つとして、PRESIDENTの記事中に驚くべきグラフを示している。 ちょっと反則ではあるが、何が酷いか読者に正確にわかって頂くために、このグラフ部分のみ写真を載せる。 このグラフ、二重の意味でめちゃめちゃだ。 まず 1 点目は出典。 グラフ全体について、出典が とされているが、リンクをたどって頂けばわかるように、ここのグラフに関係のあるようなデータはない。 この NEJM のデータは前立腺がんのデータだ。 黒い線の「臓器転移乳がんにおける多剤併用化学療法」は、アメリカの世界的に有名ながん専門病院で治療を受けた患者群( )で、「著者作成」(???)とされている。 でも、このラクトを見る限り、生存期間の中央値が 2 年という数字はどこにも無い。 完全奏効率( CR )しか測っていないように思えるのだが、一体どこからどうやって数字を拾われているのだろう。 (全文を入手できる方は、是非検証して頂きたい) 2 点目は、患者背景(年齢、病期、治療歴など)が全く異なる生存曲線を同じグラフ上に並べていること。 まっとうな科学者であれば、こんな比較は「絶対にやっちゃいけないこと」であることはすぐわかる。 白い線は 100 年前の手術ももなかった時代の乳がんの患者さんということで、そもそもこの時代のデータが検証に耐えうるものかという話もあるし、患者背景はまったくもって不明な群の生存曲線。 黒い線は、先述の通りどうやってこの線を引っ張ったかわからないが、ラクトを見る限り、ドキソルビシンとアルキル化剤を一次治療として投与された 1581 名の再発乳がん患者の生存曲線。 オレンジの線はでの単剤治療群の生存曲線で、対象はアンスラサイクリンの治療歴のある再発乳がん患者。 要するに、「乳がんになったばかりの人も入っていると思われる患者群」「再発がわかってから 1 回目の治療に入った患者群」「再発して 1 回目の治療がうまくいかず、 2 回目の治療に入った患者群」を比べているわけで、比べること自体がナンセンスなのだ。 ということで、こんなわけのわからないグラフよく作れたものだなと思うし、「ねつ造」と言われても仕方のないレベルである。 プレジデント社も、このレベルの「とんでもグラフ」を載せるのは一流誌として如何なものかと思う。 <「固形がんには効かない」のか?> では、は固形がんの生存期間の延長に寄与しているのだろうか? 下図は、人癌情報局のサイトに掲載されているものだが、切除不能進行・再発大腸がんでの生存期間の中央値が治療の進歩によりどのように変化してきたかを示している。 厳密に言えば、これも患者背景が完全に揃っているわけではないので、あくまでも「参考値」にしか過ぎないが、それでも治療の進歩に伴いが「命を延ばす」貢献をしていることがわかる。 医師は、その書きぶりからして、「」=「殺細胞的だけど副作用も強烈な化学療法」の世界から抜け出ていないようだ。 分子標的薬や新規のホルモン剤など 2000 年代以後に出てきているような薬剤についてはまったく勉強されていないようだし、化学療法の副作用マネジメントの進歩についても承知されていないと見える。 1990 年には近藤説も正しかったかもしれないが、現代では誤りなのだ。 <「検診の害」への警鐘は良いこと> ところで、医師も良いことは言っている。 一つは「検診の害」についてだ。 President の記事で指摘されているような、「 PSA 検診やマンモフラフィ検診についての疑義」は意義がある。 検診にはすべからく「偽陰性」(本当はがんなのにがんでないと判定される)と「偽陽性」(本当はがんでないのにがんと判定される)のリスクが伴う。 また、検診で見つかったがんに対して、本当にアグレッシブな治療をする必要性があるか、という問題があるが、一般の方にはあまり伝わっていない。 その辺りの議論は乳がん学会でもかなりされており、下図のように、特に若年者( 40 歳未満)に対するマンモフラフィはその精度の低さからガイドライン上も推奨はされていない。 また、 40 歳代については今のところまだ明確な結論は出ていない。 いずれにせよ、一部マスコミのキャンペーン的な「検診推奨」の動きへ警鐘を鳴らすというのは極めて真っ当な話だと思う。 また、どんな癌であれ、「放置治療」という選択肢があるということを患者が知っておくのは大事なことだ。 分子標的治療薬でも副作用は出ることはあるし、命を延ばすことができると言っても、年単位の話にはなかなかならないのがこの世界でもある。 たとえ 1 か月でも命を延ばしたいというような状況でないのであれば、緩和ケアだけはしっかりやって、姑息的な手術や治療はやらないという選択肢は、常に考慮されてしかるべきだ。 ということで、近藤センセイ、せっかく意義ある主張もあるのだから、もうちょっと真っ当な形で出してください。 今のままでは、一般人受けは良くても、本当の意味で良質な医療の浸透に資しているとはとても思えません。 healthsolutions.

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近藤 誠「もしも医者から、末期がんと言われたら」【1】 (2ページ目)

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先日購入した PRESIDENT ( 2013. 17 号)は、添付の表紙写真にあるように、がん特集。 非常に読み応えあって良い特集だったと思うが、一番下の「 『もしも医者から、末期がんと言われたら』」が、また「あちゃ~」という内容だった。 センセイは、著書の売れ行きも絶好調のようで、今年のベストセラーで Best3 に入っている(調べ)。 以前のエントリー「」でも書いたが、彼の語り口というか書きぶりは非常に明快で、マーケティング的には素晴らしい。 しかしながら、肝心の中身は玉石混交で、「石」の部分は「有害」とも思える。 2 年前よりさらにプレゼンスが高まって、信者も増えていると見える現在、警鐘の意味で敢えて筆をとり、素人がついつい「騙されてしまう」医師の論法を検証していく。 <「 150 人以上に及ぶ実績」って???> いつも思うことなのだが、医師は、「慶応大学病院」のブランドをフルに活用している。 件のプレジデントの記事の冒頭も、 私は慶応大学病院の外来で、二三年以上にわたり「がん治療」をしない患者さんを診てきた。 その人数は一五〇人以上に及ぶ。 と始まっている。 普通の人が読んだら、「 150 」という数字を見て「ブランド病院の豊富な臨床経験を持つ医師」というイメージを持つだろう。 でも、ちょっと待ってほしい。 23 年も慶応大学病院の外来をやっていて「 150 人」という数字は極めて少ない。 平均診療期間を長めに 3 年程度と見ても、年間で診ている患者数は 20 人程度だろう。 ということは、 1 日に患者 1 人も診ていないことになる。 自分のメインの治療(医師の場合は無治療)でその人数ということは、どれだけ日常診療していないかを自分で告白しているみたいなものだ。 そんなわずかな臨床経験しかない医師に、僕は自分の命は預けられないし、その医師が自身の臨床経験から導き出す説も全くもって信用できない。 <「がんは原則放置」はヤバい> 医師の主張の中で最も「ヤバい」のが、「がんは原則放置しておいた方がいい」だ。 彼は、検診などで「早期発見」で見つかるがんはだいたい無害な「がんもどき」であり、放っておいていいものだとしている。 その証拠として、件の PRESIDENT の記事の中で「日本人男性の胃がん発見数と死亡数の推移というグラフを出して、胃がん発見数が、 1975 年には 5 万人弱が 2000 年には 7 万人程度まで右肩上がりに増えているのに対し、胃がん死亡数は 3 万人程度でほぼ横ばいであることを示している。 彼はこのグラフの中で 「『早期発見理論』が正しいとすると、健診で発見される胃がん総数が増えれば、胃がん 死亡率は減ってしかるべきである。 ところが、 死亡数は減っていない」(強調は本ブログ筆者による) と書いている。 「死亡率」の話を「死亡数」にすり替えてしまうとは、なんたること。 医師自身が書いている通り、死亡率が変わっていないようであれば、早期発見・早期治療の意義は薄れるということは言えるだろう。 だが、死亡数は関係ない。 では、肝心の「胃がんの死亡率」はどうなっているのか。 答えはここにある。 念のために付記すると、「年齢調整」をする必要があるのは、単純に人口比で死亡率を出すと、母集団の年齢構成が異なるため、正しい比較にならないためだ。 特に、癌のように基本的には年齢が高くなればなるほどが高まる疾患で死亡率を考えるのであれば、「同じ年齢構成であったならば」という比較をしないとおかしな話になる。 データを素直に受け取れば、胃がんについては早期発見によって治療がうまくいき、がん罹患は経験しても生き続けている人がより多く出てくるようになった、と見える。 がんが見つかった時にそれが(そういうものがあったとして)「転移しないがん」と確定することは実質不可能なのだから、放置が第一選択は基本的に無理筋なのだ。 <驚きのねつ造グラフ> 医師によれば、転移が成立した「ホンモノ」の癌(固形がん)では「は強い毒性によるつらい副作用と『縮命』の効果しか及ぼさない」となる。 彼は、「の『効く』というのは、治すとか延命につながるという話ではない」、と指摘している。 この指摘は半分正しいが半分間違っている。 固形がんについては、確かに残念ながら「治す」とまで言えるはない。 しかし、「延命」については期待できる。 近藤センセイは、自説の論拠の一つとして、PRESIDENTの記事中に驚くべきグラフを示している。 ちょっと反則ではあるが、何が酷いか読者に正確にわかって頂くために、このグラフ部分のみ写真を載せる。 このグラフ、二重の意味でめちゃめちゃだ。 まず 1 点目は出典。 グラフ全体について、出典が とされているが、リンクをたどって頂けばわかるように、ここのグラフに関係のあるようなデータはない。 この NEJM のデータは前立腺がんのデータだ。 黒い線の「臓器転移乳がんにおける多剤併用化学療法」は、アメリカの世界的に有名ながん専門病院で治療を受けた患者群( )で、「著者作成」(???)とされている。 でも、このラクトを見る限り、生存期間の中央値が 2 年という数字はどこにも無い。 完全奏効率( CR )しか測っていないように思えるのだが、一体どこからどうやって数字を拾われているのだろう。 (全文を入手できる方は、是非検証して頂きたい) 2 点目は、患者背景(年齢、病期、治療歴など)が全く異なる生存曲線を同じグラフ上に並べていること。 まっとうな科学者であれば、こんな比較は「絶対にやっちゃいけないこと」であることはすぐわかる。 白い線は 100 年前の手術ももなかった時代の乳がんの患者さんということで、そもそもこの時代のデータが検証に耐えうるものかという話もあるし、患者背景はまったくもって不明な群の生存曲線。 黒い線は、先述の通りどうやってこの線を引っ張ったかわからないが、ラクトを見る限り、ドキソルビシンとアルキル化剤を一次治療として投与された 1581 名の再発乳がん患者の生存曲線。 オレンジの線はでの単剤治療群の生存曲線で、対象はアンスラサイクリンの治療歴のある再発乳がん患者。 要するに、「乳がんになったばかりの人も入っていると思われる患者群」「再発がわかってから 1 回目の治療に入った患者群」「再発して 1 回目の治療がうまくいかず、 2 回目の治療に入った患者群」を比べているわけで、比べること自体がナンセンスなのだ。 ということで、こんなわけのわからないグラフよく作れたものだなと思うし、「ねつ造」と言われても仕方のないレベルである。 プレジデント社も、このレベルの「とんでもグラフ」を載せるのは一流誌として如何なものかと思う。 <「固形がんには効かない」のか?> では、は固形がんの生存期間の延長に寄与しているのだろうか? 下図は、人癌情報局のサイトに掲載されているものだが、切除不能進行・再発大腸がんでの生存期間の中央値が治療の進歩によりどのように変化してきたかを示している。 厳密に言えば、これも患者背景が完全に揃っているわけではないので、あくまでも「参考値」にしか過ぎないが、それでも治療の進歩に伴いが「命を延ばす」貢献をしていることがわかる。 医師は、その書きぶりからして、「」=「殺細胞的だけど副作用も強烈な化学療法」の世界から抜け出ていないようだ。 分子標的薬や新規のホルモン剤など 2000 年代以後に出てきているような薬剤についてはまったく勉強されていないようだし、化学療法の副作用マネジメントの進歩についても承知されていないと見える。 1990 年には近藤説も正しかったかもしれないが、現代では誤りなのだ。 <「検診の害」への警鐘は良いこと> ところで、医師も良いことは言っている。 一つは「検診の害」についてだ。 President の記事で指摘されているような、「 PSA 検診やマンモフラフィ検診についての疑義」は意義がある。 検診にはすべからく「偽陰性」(本当はがんなのにがんでないと判定される)と「偽陽性」(本当はがんでないのにがんと判定される)のリスクが伴う。 また、検診で見つかったがんに対して、本当にアグレッシブな治療をする必要性があるか、という問題があるが、一般の方にはあまり伝わっていない。 その辺りの議論は乳がん学会でもかなりされており、下図のように、特に若年者( 40 歳未満)に対するマンモフラフィはその精度の低さからガイドライン上も推奨はされていない。 また、 40 歳代については今のところまだ明確な結論は出ていない。 いずれにせよ、一部マスコミのキャンペーン的な「検診推奨」の動きへ警鐘を鳴らすというのは極めて真っ当な話だと思う。 また、どんな癌であれ、「放置治療」という選択肢があるということを患者が知っておくのは大事なことだ。 分子標的治療薬でも副作用は出ることはあるし、命を延ばすことができると言っても、年単位の話にはなかなかならないのがこの世界でもある。 たとえ 1 か月でも命を延ばしたいというような状況でないのであれば、緩和ケアだけはしっかりやって、姑息的な手術や治療はやらないという選択肢は、常に考慮されてしかるべきだ。 ということで、近藤センセイ、せっかく意義ある主張もあるのだから、もうちょっと真っ当な形で出してください。 今のままでは、一般人受けは良くても、本当の意味で良質な医療の浸透に資しているとはとても思えません。 healthsolutions.

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癌ブログ闘病記まとめ/部位・臓器別のがん一覧

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私はこの20年以上、「抗がん剤は効かない」「がんは切らずに治る」「健診は百害あって一利なし」「がんは原則放置しておいたほうがいい」と言いつづけてきた。 私の言う「がんを放置しておく」ことには、2つの意味がある。 1つは発見がんを治療しないでそのままにしておくこと。 もう1つは体の中にがんがあるかもしれないが、それをわざわざ探し出さないで放置しておくことである。 後者は要するに、がん検診や健康診断、人間ドックなどを受けてがんを探さないこと。 人間ドックなどで健康な人に見つかるがんは、痛いとか、苦しいといったがんによる症状がなかったものだ。 そういうものを見つけるだけならいいが、見つけるとたいてい手術をしたり、抗がん剤治療をして、だいたい寿命が縮まる。 あるいは、見つけて「がん」と宣告されただけで精神的にも相当なショックを受けるからだ。 「がんの放置療法」をおおまかにわかってもらうために、まず私の診療方針を示しておくと、(1)がんが発見されたという1事では、早期がんでも転移がんでも治療を始めない。 QOL(日常生活の質)を落としている症状がある場合に、治療開始を検討する。 (2)症状がなくても、治療を希望する人は少なくない。 その場合、合理性を失わない限りで治療する。 (3)がんを放置して様子を見る場合、診察間隔はがんの進行度による。 早期がんなら6カ月に1度、進行がんや転移がんなら3カ月に1度程度の間隔で診察を始め、徐々に間隔を延ばすようにする。 それでは、なぜがんを放置しておくのか。 それを理解するために、がんには「本物のがん」と、「がんもどき」があることを理解してほしい。 これは放っておいても「無害ながん」と「有害ながん」に分けられると考えてもいい。 検診で見つけるようなものはだいたい無害ながんで、放っておいていいものだ。 今日ではいろいろな治療法があるので初発病巣のがんそのもので亡くなることはかなり珍しい。 がんで命の消長に直結するのは、他臓器転移だ。

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