ベルリン うわの空。 香山哲 ドイツ・ベルリンの新型コロナウィルスの影響を語る

『ベルリンうわの空』 細やかな視点が街の魅力引き出す

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楽天ブックス: ベルリンうわの空

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吉祥寺のブックスルーエに行ったら、著者の香山哲さんの選書したブックフェアをやっていて、飛びついた。 飛びついた理由は 1. 香山哲さんという人を全く知らなかったから。 普通書店でやるブックフェアっていうのは〇〇が選んだ本という場合には、その〇〇には有名人が入るものであって、最近であれば芦田愛菜とか、誰でも知っている人である。 そういうのには全く興味がない。 柴田元幸とか、多和田葉子とか、好きな人ならともかく、有名人の選書は多分に出版社や書店の都合が絡んでいて、鼻白むからである。 しかし、一般的に知られていない人の名前を冠したブックフェアは滅多になく、それだけで心惹かれる。 香山哲さんの選んだ20冊が、本人手書きのPOPとともに平積みされていて、20冊中6冊は読んだ本であったが、どれも好きな本だった。 この人とは合うぞ!という予感。 読んでなかった本が、「これはここで出会わなかったら一生読まなかったかも」と思えるような地味な見た目の本ばかりだったのも良かった。 で、早速この本と、香山さんおすすめの『洞窟オジサン』を買って帰ったが、『お嬢さん放浪記』も買わなかったことを後悔している。 こういう本を置いてる書店、少ないのに! この『ベルリンうわの空』を読んで、特殊メイクでアカデミー賞を取ったカズ・ヒロさんが、日本の文化を嫌いになった、と答えたことを考えた。 カズ・ヒロさんだって、文化と言ったけど、日本の芸術を否定したわけではないだろう。 多分異質なものを否定したり排除する文化、声を上げると その内容にかかわらず 叩かれるような文化にうんざりしたのではないかなあ。 この本で描かれたベルリンは、差別も貧困ももちろんあるが、異質なものを無視したり、声も聞かずに排除したりはしない。 駅のホームで酔っ払ってヤケを起こしてる人に、見知らぬ他人が隣に座って「つらいことあった?」と聞いてあげてる場面、こんなの日本でみたことない。 日本の自殺者が多いのは、これがないからじゃないの? 宗教や人種が違う人、政治信条、性的指向もいろいろで、定住者、旅行者、移民が混じりあって暮らしているから、他人に対して寛容で、ひとつの価値観を押し付けることがない。 私も、言葉さえ何とかなれば、ベルリンに住みたいなと思わずにはいられなかった。 日本は、所謂「普通」の人には居心地良くても、少しでも「普通」から外れれば、それを隠さなければ安らかに生きられないところがある。 ベルリンでは、家庭で不要になったものを外に出して、欲しい人がもらっていくというのが当たり前になっているようだが、まさに私もこういうシステムが欲しいと思う。 要らなくなった本をブックオフで売っても大したお金にならないし、メルカリに出すほどマメでもないし、読みたい人がもらってくれたらうれしい。 自分も読みたい本が出ていたらもらって帰る。 いいな。 実際は捨てるよりマシかとブックオフに持っていき、ゴミ捨て場に大量の本があると人目を盗んで見に行ったりしている。 しかし、実際にそうすると、ごっそり持って行って、価値あるものだけ転売する人が絶対出るよね。 日本なら。 このシステムが成り立つということは、「これは出した人が善意で提供したものだたら、他人がそれで利益を得てはいけない」という道徳がちゃんとあるということだ。 読んでいると日本の息苦しさ、偏狭さにうんざりするが、それはあくまで読み手の私の感想であって、香山さんは安易に日本を批判したりはしない。 そういう心の広さも、この人の魅力だと思う。 以下引用 どの国も「ピンキリ」の上限下限というのは似てる。 すごい凶悪事件や汚職があったり、ノーベル賞とるような人がいたり。 でも「じゃあ結局どこも同じだな」とはならない。 ピンとキリの間の色々が、どんな割合・比重でどうバラけているか。 その微妙な差こそが特徴になる。 P88 国際観光としでもある都市からホームレスを追い出すだけなら簡単だ。 実際に排除をしている街もあるし、「工夫」された構造物 眠れないように仕切りがついたベンチや、傾斜や凸凹のついた建物の軒下など もある。 だけど僕は、目に見える場所に彼ら彼女らがいて、みんなで問題に対面できる環境が好きだ。 P134 こういうブックフェアをやるブックスルーエみたいな書店を応援したい。 Amazonにはできない、書店ならではの企画だと思う。 ジュンク堂書店や紀伊國屋書店ではないところもいい。 それから、このブックフェアの本を、いろんな書店が(自分の本がなくてもいいから コメント付きで紹介してください。 コピーフリーです。 という著者が本当に素晴らしい。 いい本だから、ぜひ買ってほしいという気持ちが伝わる。 久々に書店の企画でワクワクした。 不思議なマンガである。 まずその画風。 主人公である著者はかろうじて人間に見えるが、それ以外の登場人物は、動物だったりロボットだったり、怪物じみた外見の人もいる。 それなのに、描かれているのは紛れもなく現実のベルリンだという実感があって、テレビで見るドイツよりもずっとリアリティというか現実味を帯びている。 その理由は、作者が旅行者としてではなく生活者の目で現地を見て描いているからに他ならない。 当たり前だが、どこの街にもそこに暮らす人々の生活がある。 われわれはちょっと観光しただけでその街について何かを知ったような気になってしまうが(そしてそれが決して間違った認識だとは言わないが)、やはり旅人は旅人であって、住んでいる人間とはレイヤーが異なる。 だから、生活者の視線で描かれると、まったく違った姿が浮かび上がってくるのである。 本書に犬飼道子さんのことが書かれているが、じつは犬養さんこそその先駆者である。 彼女は海外旅行がまだ珍しかった一九四〇〜五〇年代に、自分でお金を稼ぎながらアメリカやヨーロッパを回った。 犬養さんの著作はいまでは手に入りにくいものもあるが、『お嬢さん放浪記』は角川文庫にあるので、ぜひこちらも読んでほしい。

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『ベルリンうわの空』(香山哲)の感想(16レビュー)

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2020年、4月5日(日)いかがお過ごしだろうか。 世の中ではコロナウイルスによるパンデミックにより、その話題で持ち切りだ。 私が住んでいる街、福岡でも週末(土日)の不要不急の外出自粛要請が出された。 とりあえず「19日まで」ということだがきっと延長されることだろう。 なぜなら土日の外出を控えたところで、平日5日間仕事のために外出をしてしまえば、結局コロナウイルスの伝染を本気で食い止める策とはなり得ない。 (ただ感染者数の増加が緩慢になる効果はあるだろう。 それになんの意味があるのかはわからないが) もちろんこれはすべて、現ドケチ政権の招いている愚策のおかげで、(というより端から国民の税金は私物であって、「国民のもの」という認識が彼らにはそもそも備わっていないのだろう。 ) 県単独ではこれ以上の思い切った対策は打ち出せないのだ。 (まあ、この政権下で緊急事態宣言を発令されるのは、また別の点で問題だけど…。 ) CONTENTS• なんで政府は国民への現金給付をしぶるの? 税金の使うタイミングって、「いまでしょ?」なわけだが。 ドケヂ民党は、「なんでワシらの金、おまえらにやらにゃアカンねん」と言わんばかりに財布の紐をきつく絞る。 提案なのだが、名前を「悪党」にしたらどうだろうか。 とまあ、きゃつらの悪逆非道に言及しだしたらキリがないので一度ここで視点を、論点を変えてみるとしよう。 ピンチはチャンスとかいうよね 私はこの言葉が 嫌いだが、あえて使わせていただこう。 みなさんの、国への政府への文句を言いたい気持ちは山々だろう。 それは上記で愚痴ったことからもわかるように私とて同じだ。 しかし、ここではその国に対する不満を述べるのではなく、 それ以前のことに立ち返って話をしたいと思う。 裏を返せば、これは いい機会(チャンス)なのだ。 いや、むしろいい機会ならこれまでに幾度もあった。 だが人々はいまの自分の生活の維持、向上、娯楽に耽溺することに夢中で、そのチャンスを幾度も逃してきた。 そしてここにきて、 無視できない事態に直面したというわけだ。 これほど否が応でも社会に関心を持たざるを得ない機会というのも稀であろうし、これはいままでそうしたことについて考えてこなかった人たちが興味を持ってくれるいいチャンスだと思って本文を書いている。 この機会に一度、難しいことは考えなくていいので、まずはシンプルに考えていこう。 という考えを促すきっかけを与えてくれるのが、まさに本書『ベルリンうわの空』ではないかと思うのだ。 国はあなたのパパやママではない そもそも国(ここでは民主主義としよう)というのは、あなたのことを無償の愛で面倒を見てくれる パパやママではない。 いや、そうあってほしい気持ちはわかるし、建前では国(政府)自身もそのようなイメージ戦略を図っている。 (選挙があるなどの諸々の理由から) だが、もし「 困ったときに面倒を見てほしい」と思うのなら、 平時のときにこそ、意見をしたり、釘を刺したりして、選挙で選んだ人たちを 監視をしていないといけないシステムなのだ。 「 他国ではあんなに保障してくれているというのに!」 「 それに比べて日本は何をやっているんだ!」 こういう怒りのツイートはたくさん見る。 それらの意見は至極ごもっともなのだが、元をたどればその状況を招いたのは実のところ、 我々国民なのだ。 「 私は安倍政権なんか選んでないぞ!」 「 だって、投票したい党がいないんだもん…」 その気持ちも、よくわかる。 だけど、私たちにできることは「投票すること」だけではなかったりする。 私がそうしたことに関心を持ち、知ろうと思ったきっかけとなったのも香山哲さんのおかげだった。 あらすじ(内容) 『ベルリンうわの空』は、ベルリンに移住した香山さんが滞在中に感じたことを綴っている エッセイ風の漫画だ。 日本という国で長年暮らしたあとで、ドイツのベルリンという街に移住したことで見えてくる様々な文化の違いや、福祉制度の違い、民族の多様性などを、彼自身の等身大の感性で感じたことを訥々と綴っている。 香山さん自身、身体が弱い(フィジカルもメンタルも)体質の人なので、非常にマイノリティ寄りの人間だ。 資本主義社会の競争からは距離を取りたいタイプの人だ。 (私もそう) それは、繊細だとか、感性が優れているのだとか、そういう点を強調したいわけではない。 ある意味で怠けものである私たちと同じ目線に立っている人、ということを強調したくてマイノリティ寄りと述べたのだ。 本書でも、そうした描写がたくさん出てくる。 日常の小さなことから、ちょっとスケールの大きい社会のことまで。 一人で考えたり、現地の友達と話したりして、日々頭を悩ませたり、休憩したりする日常が描かれている。 いまここにある日常の風景から見えるもの 日常というのは、少し目を凝らせば、事情を知れば、たくさんの問題で溢れている。 たとえばあなたは、 街頭での「国境なき医師団」による募金活動に耳を傾けたり、足を止めたりしたことはあるだろうか。 あるいは、ゴミをたくさん積んだ自転車を おぼつかない足取りで道行く浮浪者のことを、なぜ彼がそうなってしまったのか、この寒さをどうやって凌いでいるのか、考えたことがあるだろうか。 まったく気に留めることもなく足早に前を素通りしたり、異臭に顔をしかめながら見ないふりをして通り過ぎる。 それは日本という社会を生きてきて、日本人という国民性を獲得した多くの人々にとっては、 当たり前の光景であり、当たり前の行動なのだと思う。 私とて、こうしたことを考えるようになるまでは、ずっと目を背けてきた。 今だって、問題を知ったからといって、なにか社会的な活動に目覚めたり、ボランティア活動を始めたりしているわけではない。 そして『ベルリンうわの空』もそう。 だが我々の多くは 凡人だ。 志の高い人のように、思い立ったその日から慈善活動に身を投じるほどの熱意も勇気もない。 そして社会の問題は一つじゃないと思い知る。 山積みなのだ。 そのあらゆる問題を前に、足がすくむ。 自分なんかが行動を起こしたところで、世の中は変わらないではないかと諦めそうになる。 それは無意味ではないことを本書は教えてくれる。 そう、常に聖人君子のように振舞う必要はないのだ。 私たちには私たちの生活があり、仕事があって、人間関係があって、自分の人生なのだから、それを犠牲にしてまで行動することはないと思う。 それはエネルギッシュで、できる人がやればいいと思う。 ようは役割分担だ。 だけどこの人生が、楽しいと思える人生が生きられているのも、過去の人たちが築いてくれた基盤があるからこそなのだ。 それが傲慢だったり、怠惰だったりする人たちによって破壊されてしまうのは、なんとも悲しいことだと思わないだろうか。 私は少し責任を感じる。 そうした人たちにブレーキをかける機会があったのに、それをしなかったことへの後悔の念が。 それを守れる機会があるうちに、ほんの少しでいいから、日常に潜んでいる社会の問題に目を向けて、小さな行動を起こしてみる。 それはお金が絡まないことであってもいい。 一瞬の出来事における、さりげない優しさであってもいい。 疲れているときは、なにもしなくていい。 自分の心に少し余裕があるとき、機嫌がいいときだけでもいい。 それが、未来の子供たちに恥じない、大人の姿ではないだろうか。 ほんの小さな 無関心の積み重ねが、いまの事態を招いている。 だとしたら、 ほんの小さな関心が、いまの事態を少しでもマシなものに変えていたかもしれない未来があったともいえないだろうか。 本書はそうしたことを考える芽のようなものを、押しつけがましくなく、与えてくれる。

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