小 式 部 内侍 が 大 江山 の 歌 の 事 現代 語 訳。 百人一首の意味と文法解説(56)あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな┃和泉式部

十訓抄『大江山』解説・品詞分解

小 式 部 内侍 が 大 江山 の 歌 の 事 現代 語 訳

大江山を越えて生野を通って行く道は遠いので、まだ天の橋立に行ったこともなければ、母からの手紙も見ていません。 小式部内侍 (こしきぶのないし) ?〜1025 平安中期の歌人。 橘道貞との娘。 年少の頃から歌の才能を現したが、20代で早世。 「の」は、主格の格助詞。 母からの手紙が来ていないことと母のいる天の橋立へは行ったことがないことを表している。 すなわち、作品が代作ではないことを主張している。 日本三景の一。 「ふみ」と「橋」は縁語。 『金葉集』の詞書に、この歌は、歌合の前にが、「代作を頼むために丹後へ人を遣わされましたか」と小式部内侍をからかったことに対する返答として即興で詠まれたものであると記されている。 小倉百人一首 - 番号一覧.

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古今著聞集 小式部内侍が大江山の歌の事 で質問です。現代語訳についても調べ...

小 式 部 内侍 が 大 江山 の 歌 の 事 現代 語 訳

ご休息所へと退出されて、出席者たちが御酒などをお召し上がりになる時 に、親王方のお席の末席に源氏はお座りになられた。 大臣がそれとなく娘について仄めかして申し上げるのだが、 まだ気恥ずかしい年ごろなので、どのようにするかをはっきりとはお答えになられない。 御前から内侍が宣旨を承ってやって来て、 大臣に御前に参られるようにと伝えたので、 大臣は帝の御前へと参上なさる。 御禄の品物を、 帝のお付きの命婦たちが取りついで賜わっている。 白い大袿に御衣装一領、前例のとおりの品物である。 酒のお盃を賜る時に、帝が『幼子の元服の折、 末永い夫婦の仲を、そなたの姫との間で結ぶという約束をなされたのだろうか』という歌をお詠みになられた。 帝がそこまでのお心づかいを臣下に示されたことに対して、 大臣ははっと驚かれた。 『元服の折に約束した心も、深い絆へとなっていくはずです。 その濃い紫の色さえ変わらなければ』 と返歌を奏上した大臣は、清涼殿の階段を降りてから拝礼をした。 左馬寮の御馬、蔵人所の鷹をその時に帝より賜った。 その後、階段の下に並んだ親王たちや上達部たちが、 それぞれの身分に応じた品物・禄を賜った。 この日の饗宴の席での折り詰めのお料理、籠詰めの菓子などは、 みんな右大弁が帝の御命令によって作った物だった。 一般の官吏にも賜った弁当の数、 下賜された絹を入れる箱が多かったというのは、 色々な儀礼上の制約がある東宮の御元服の式と比べても盛大であった。 [現代語訳] その夜、大臣の邸宅に源氏の君を退出させなさった。 婿取りの儀式は世に例がないほど立派に執り行われる運びとなった。 源氏の君がとても若くていらっしゃるので、 姫君はその若い美しさを不吉なまでに魅力的だとお思い申し上げなさっ た。 姫君は少し年長でございましたが、 婿君が非常にお若くていらっしゃるので、 姫君は自分が似つかわしくなくて恥ずかしいとさえお思いになられていた。 この大臣は帝からのご信頼が厚く、 姫君の母宮が帝と同じ母后のお生まれでいらっしゃったので、 どちらから言っても立派な血筋の姫君である。 美しく高貴な源氏の君までがこのようにして婿としてお加わりになったので、 東宮の御祖父で最後に関白として天下を統治なさるはずの右大臣のご威勢も、並ぶべくもなく圧倒されてしまった。 左大臣にはそれぞれの夫人たちに、ご子息がいらっしゃる。 宮が産まれた方は、蔵人少将でたいそう若くて美しい方であり、 右大臣家は左大臣家との仲が悪かったのだが、 他人として放っておくことができず、 大切に育てていた四の君の婿として迎えていた。 源氏の君も蔵人少将もどちらも劣らずに大切に扱われているというのは、 両家にとっても理想的な婿舅の間柄と言える。 源氏の君は、帝がいつもお召しになっていて放さないので、 気楽に私邸で過ごすこともできない。 心中ではひたすらに藤壺のご様子を、 またといない方としてお慕い申し上げていて、 『藤壺のような女性こそ妻にしたいものであるが、 似た方もいらっしゃらないのが残念だ。 大殿の姫君は、 非常に興趣と教養のある女性として大切に育てられている方だと思われる が、少しも私の心が惹かれない』というように感じられ、 幼心に思いつめてしまい、 とても苦しんでしまうほどに悩んでいらっしゃるのだった。 管弦の御遊びの時に、琴と笛の音に心を通わし合い、 かすかに漏れてくるお声を慰めとして、 内裏の生活ばかりを好ましく思っていらっしゃる。 五~六日は内裏に伺候なさって、大殿邸には二~三日ほど、 途切れ途切れに退出していらっしゃるが、 まだ今はお若い年ごろなので、殊更に咎めだてをされることもなく許されており。 婿として大切に世話をされている。 お二方にお付きになる女房たちは、 世間から凡庸ではない優れた人たちを選りすぐってお仕えさせている。 お気に入りになりそうな遊びをして、 一生懸命にお世話をしているのである。 実家のお邸は、 修理職や内匠寮に宣旨が下り、またとないほど立派に改築されている。 初めから木立や築山の様子に趣きがある家だったが、 池を更に広く造り、賑やかな様子で立派に造営されている。 源氏は『このような所に、理想とする女性を迎えて一緒に暮らしたい』 とばかり、胸を痛めながら思い続けておられる。 『光る君という名前は、 高麗人がその美貌と才能を褒めて付けられたものだ』と、 言い伝えられていたということである。 心配した寺の和尚は芳一が寺を抜け出すのを見受けてからこっそり寺男に 後をつけさせる。 そこで寺男が見たのは、阿弥陀寺の墓地の中,安徳天皇の陵の前で、 鬼火に囲まれながら琵琶を演奏している芳一の姿であった。 和尚は芳一を救うために、芳一の全身に経文を書き、 自分が通夜から帰ってくるまで黙って待って居るように命じて出かけた。 果たして平家の亡霊が現れたが、 そこに居る筈の芳一の姿は亡霊には見ることが出来ない 「芳一!芳一!」 武士の亡霊はしきりに芳一を呼んだが、 和尚の言いつけ通り芳一は返事をしない。 その時武士の亡霊は、二枚の耳が宙に浮かんでいるのを見つける。 実は和尚が耳に経文を書き忘れたために、 そこだけ亡霊の目に留まってしまったのだ。 武士の霊は芳一の耳を掴むと、思いっきりそれを引きちぎった。 芳一は耳を失ったが、この話は瞬く間に巷に流れ、 多くの人が芳一の琵琶を聴きに訪れた。 そしてこの時から芳一は 「耳なし芳一」の名前で呼ばれるようになったという。 その娘を於岩といったが、21歳の時、於岩は疱瘡を患い、 それによって片目は潰れ醜い顔になってしまった。 ほどなくして岩の結婚を心配していた又左衛門は死に、 周囲の者は岩を誰と結婚させようかで大いに悩んだ。 皆於岩の面相を怖れて名乗り出るものがいなかったのである。 しかし状況は一変した。 小股潜りの又一という男が一人の浪人を連れてきたのである。 男は伊右衛門と言った。 伊右衛門は岩の容姿については前もって聞かされていたが、 一刻も早く田宮家の跡目を継ぎたいと考えていたこの浪人は、 そのことに関しては左程気にはしていなかった。 かくして岩と伊右衛門は祝言を挙げることとなった。 伊右衛門は座ってうつむいている於岩がどんな女であるのか気になり、 恐る恐る覗いてみた。 すると噂に違わぬおぞましい顔の女だった。 しかしここで取り乱せば結婚は台無し。 伊右衛門は黙って式をすませた。 その頃伊東喜兵衛という老人がいたが、 伊右衛門はこの男と組んで岩を田宮家から追放し、 喜兵衛の妾であった花と婚礼を挙げようと計画していた。 計略とはこうであった。 まず、伊右衛門がわざと遊蕩三昧の生活に耽るようになった。 当然於岩は困り果てるが、 そこへ夜も更けた頃、喜兵衛が田宮家に使いを出し、 岩を自分の家へ招いた。 岩は喜兵衛に、夫の遊蕩ぶりを打ち明け、 喜兵衛も岩にあれこれと助言をした。 翌日、伊右衛門が家に戻り、 岩が夫の居ぬ間に家を留守にしていたことに対して厳しく非難した。 勿論、岩にとってそれは道理に合わないことだったので、 すぐさま伊東の家へ行って夫の非道さを訴えた。 ところが、伊東の態度は昨夜と打って変わり、 家を空けて自分の元へ来た於岩の方を叱り付けた。 そして、かくなる上は伊右衛門と別れ、 自分から田宮の家を出るのが良いと助言した。 岩はそれを承知した。 企みは上手くいき、伊右衛門は於岩を騙して田宮家から追い出し、 花と結婚することに成功した。 追い出された岩は、 騙されたことも知らずに三番町の後家人の家へ縫物奉公として住み込んだ。 そんな折、煙草屋の茂助というものが岩を訪ねてきた。 そこで岩は茂助によって、 喜兵衛と伊右衛門の企みを知ることになる。 怒った岩は髪を振り乱し、周りのものを手当たり次第投げ出して、 恐ろしい形相で後家人の家を飛び出し行方知れずになった。 その後、伊右衛門は花との間に子供をもうけ幸せに暮らしていたが、 田宮家では次々と怪異が起こるようになった。 それによって子供は相次いで死に、 とうとう妻のお花も衰弱死してしまう。 そんな中、伊右衛門自身もふとしたことで怪我をし、 腰骨を打って動けなくなった上に耳を怪我してそこから膿が出るようになった。 そしてそれを嗅ぎつけた数十匹の鼠に襲われ、 長櫃の中で惨い最期を遂げた。 その後伊右衛門の跡取りも相次ぐ不幸でとうとう絶えてしまい、 田宮家は完全に廃れてしまったという。 其の頃、都では謎の婦女行方不明事件が多発していた。 事態を重く見た天皇は、都一の陰陽師・安倍晴明に事件の解明を依頼した。 晴明は、都より西北の方角、丹波の国大江山に住む鬼が行方不明事件に関係していると言った。 公卿達は源頼光と丹後守藤原保昌に鬼の討伐を命じた。 頼光は渡辺綱、坂田公時、碓井貞通、卜部季武の四天王を連れて大江山へ向かった。 しかし、鬼の所在は全く分からなかった。 そうこうしてしばらくの間彷徨っているうちに、 頼光達は一つの洞を見つけた。 洞の中には老翁、老山伏、老僧、 若僧がいたのだが、彼等四人は皆、鬼によって身内や供を失った者達であった。 彼等は酒で頼光達をもてなした。 そして酒食を摂りながらも、 彼らは鬼退治の相談を始めたのである。 四人は頼光達の格好が目立つので、山伏姿に変装して行くとよい、 と助言した。 四人に見送られ、一行は山伏姿で鬼を探した。 すると、川辺で血のついた衣を洗う一人の老女に出会った。 実は老女は鬼に攫われて来た者の一人であったが、 身分賤しく筋が固くて食べられないと言われ、 今まで鬼達の洗濯女として二百年もの間ここで暮らしてきたという。 一行は老女から鬼隠しの里の話を聞き、 山伏姿で見事鬼の城へ潜入することが出来た。 鬼王は童子の姿をしていた。 鬼は一行の訪問を嬉しがり、 自分の身の上話などを語るなど上機嫌であった。 そこで頼光一行が洞の中の四人から貰った酒を鬼に飲ませ酔わせると、 童子は眠くなったといって自分の部屋へと戻っていった。 この好機を逃す手はない。 頼光達は変装を解くと、 鎧兜で鬼の首を討ち取ろうと童子の部屋へ入っていた。 頼光達はそこで恐ろしいものを見た。 そこにはおぞましい鬼の姿になった童子が寝ていたのである。 頼光が一気に鬼の首を落とす。 すると恐ろしい事に鬼の首は宙高く舞い上がり、 頼光の頭に被りついた。 鬼の牙は頼光の頭に至らなかったものの、 兜に噛み付いていて離れなかった。 しかし酒呑童子の命運は最早尽きていた。 鬼は目玉を刳り抜かれ、とうとう力尽きたのであった。 いはんや雨夜の星明りに鉄漿くろぐろとつけたる女の首おそろし。 なんともおろか也」 (鳥山石燕「今昔画図続百鬼」) 大首というのはそのインパクトの強さと視覚的な恐怖の為に、 一度遭遇すれば決して忘れることの出来ない存在であるだろう。 上の鳥山石燕の解説にもあるように、 鉄漿を付けた女の大首が塀の上に乗っかって笑っていたら、 不気味という言葉では片付けられない感想が湧いてくる事と思う。 かの平清盛も屋根の上に乗っかっている大首を目撃したと言うし、 「稲生物怪録」にも薪小屋の入り口を塞がんばかりの 老婆の顔の妖怪が現れる。 真に大首とは、人々の恐怖が凝縮された妖怪である。 この歌の作者こそが今回解説する大魔王・崇徳院である。 崇徳院こと顕仁は鳥羽天皇と中宮璋子との間に生まれた皇子。 しかし、実は中宮と白河上皇との間に出来た子供だという噂があった。 実際、白河上皇は顕仁をこの上なく可愛がったのである。 しかし白河上皇の死後、顕仁の父である鳥羽は、 白河上皇の力によって天皇に即位した崇徳を天皇の座から引き離し、 代わりに體仁(近衛天皇)を天皇にしてしまう。 そして近衛が亡くなると、今度は崇徳の子供の重仁ではなく、 崇徳の弟である雅仁(後白河天皇)を天皇にした。 鳥羽の崇徳に対する嫌がらせは、鳥羽上皇の死後も続いた。 崇徳がその遺体に対面することを遺言で禁じたのである。 とうとう崇徳は怒り、1156年、保元の乱が起こった。 崇徳は負け、讃岐へ流された。 都へ帰る望みを無くした崇徳は、 せめて後世のためにと五部の大乗経を写し都へ送ったが、 少納言信西の計らいで経は送り返されてしまう。 憎しみと怒りに焼かれた崇徳は経を魔道に回向し、 自らの指先を食いちぎり血で願文を書いて、それを海に沈めた。 崇徳の呪いは成就した。 その後、一族の中で唯一後白河の味方をした源義朝は平清盛に討たれ、 経文を撥ね付けた信西は六条河原でさらし首にされたのである。 崇徳は室に閉じこもり、髪も爪も伸び放題の、 生きながら天狗のような姿になり、1164年に亡くなった。 しかし崇徳の呪いはこの世に残った。 崇徳は三百もの眷属を抱える大魔王となり、 様々な祟りを起こしていった。 これを恐れた高倉天皇は、 それまで号を与えられず、「讃岐院」と呼ばれていた崇徳に、 「崇徳院」という号を付けた。 魔王となった崇徳院は様々な文学作品に登場する。 例えばかの三島由紀夫が愛した「雨月物語」(上田秋成)の一篇、 「白峯」では、西行法師と崇徳院との議論が繰り広げられる。 また、曲亭馬琴の「椿説弓張月」・・・ 主人公の為朝に力を貸すほどの、頼もしい大魔王の姿が描かれている。

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十訓抄『大江山』現代語訳

小 式 部 内侍 が 大 江山 の 歌 の 事 現代 語 訳

가곡(カコク)佳谷 慶尚北道英陽郡日月面 里名。 가락(カラク)可楽 ソウル市松坡区 洞名。 百済時代の古墳群がある。 가리왕산(カリワンサン)加里旺山 江原道平昌郡 五臺川沿いの山。 標高1561m。 가야산(カヤサン)伽倻山 忠清南道禮山郡・瑞山郡 標高678m。 가은(カウン)加恩 慶尚北道聞慶市 邑名。 가지산(カヂサン)迦智山 蔚山市蔚州郡上北面 標高1240m。 간성(カンソン)杵城 江原道高城郡 邑名。 간월도(カンゥオルド)看月島 忠清南道瑞山市浮石面 牡蠣の塩辛が名物。 갈현터널(カルヒョントノル)葛峴トンネル 京畿道城南市中院区。 감애리(カメリ)甘厓里 慶尚北道安東市臥龍面 里名。 감은사지(カムンサヂ)感恩寺址 慶尚北道慶州市陽北面龍堂里 神文王(在位681~692)即位の翌年完成。 【右の写真:H】 감포가도(カムポカド)甘浦街道 慶尚北道慶州市 陽北面龍堂里の感恩寺へ続く道。 감호(カムホ)鑑湖 非武装地帯 東海岸部 九仙峰の麓にある。 『関東別曲』に詠われた名勝地。 강릉객사문(カンヌンケッサムン)江陵客舎門 江原道江陵市龍岡洞 高麗末期の木造建築物。 강상무덤(カンサンムドム)崗上墓 中国大連市(遼東市)。 강서큰무덤(カンソクンムドム)江西大墓 北韓南浦市江西区三墓里 高句麗時代の壁画古墳。 강정(カンヂョン)江亭 全羅北道鎮安郡馬霊面 里名。 강진(カンヂン)康津 全羅南道 郡名および郡庁所在地名。 강화도(カンファド)江華島 京畿道江華郡 金浦郡の西にある島。 개경(ケギョン)開京 開城(ケソン)の古名。 개마고원(ケマコ ゥオン)蓋馬高原 北韓 両江道南部と西部、咸鏡南道の北西部、慈江道の東部にま たがる 、朝鮮半島でいちばん広大な高原。 平均標高1340m、広さ14300㎢。 개성 ケソン)開城 北韓 都市名。 朝鮮の太祖・李成桂が王朝を開国した所。 개심사(ケシムサ)開心寺 忠清南道瑞山市雲山面新昌里 百済時代に創建。 朝鮮時代の木造建築、1955に改築。 개암사(ケアムサ)開巌寺 全羅北道扶安郡上西面 禅雲寺の末寺。 개운사(ケウンサ)開運寺 ソウル市城北区安岩洞安巌山麓 1396年無学大師の創建。 거돈사지(コドンサヂ)居頓寺址 江原道原州市富論面鼎山里 新羅後期に創建された寺の址。 単塔伽藍。 거 창 (コチャン)居昌 慶尚南道 郡名および郡庁所在地名。 거칠현동(コチルヒョンドン)居七賢洞 江原道旌善郡 南面の別名。 高麗の滅亡後、不仕二君の文臣たちが隠棲したところ。 건천 (コンチョン)乾川 慶尚北道慶州市乾川邑 격포(キョッポ)格浦 全羅北道扶安郡邊山面 里名。 西海に臨み、彩石江、赤壁江などの景勝地がある。 경복궁(キョンボックン)景福宮 ソウル市鍾路区世宗路。 1395年に完工された3門3朝の王宮。 総面積14万坪(約46万㎡)。 경산(キョンサン)慶山 慶尚北道 市名。 경상남도(キョンサンナムド)慶尚南道。 경상북도(キョンサンブット)慶尚北道。 경주(キョンヂュ)慶州 慶尚北道 市名。 경호강(キョンホガン)鏡湖江 慶尚南道山清郡生草面於西里。 경회루(キョンフェル)慶會楼 ソウル市景福宮内 朝鮮時代の3大木造建築の一つ。 人工池の上に建てられた宴のための楼。 계룡산(ケリョンサン)鶏龍山 忠清南道公州市反浦面・鶏龍面と論山市豆磨面の間にまたがる山。 車嶺山脈の連峰。 標高845m。 周辺一帯は国立公園となっている。 계림(ケリム)鶏林 慶尚北道慶州市校洞 慶州金氏の始祖生誕の地。 고달사지(コダルサヂ)高達寺址 京畿道驪州郡北内面上橋里慧目山。 寺は764年創建。 光宗の勅命で建てられた高麗三院のひとつだった。 고도리(コトリ)古都里 全羅北道益山市金馬面。 고란사(コランサ)皐蘭寺 忠清南道扶餘郡扶餘邑 扶蘇山にある450年創建(?)の寺。 現在の建物は近世のもの。 고려대박물관(コリョデパンムル ゴアン)高麗大博物館 ソウル市高麗大学内。 고령(コリョン)高霊 慶尚北道 郡名および郡庁所在地名。 고부(コブ)古阜 全羅北道井邑市 面名。 고부향교(コブヒャンキョ)古阜郷校 全羅北道井邑市古阜面古阜里 甲午農民戦争の震源地。 고사포해수욕장(コサポヘスヨクヂャン)古沙浦海水浴場 全羅北道扶安郡邊山面雲山里。 고석정(コソクチョン)孤石亭 江原道鐵原郡 新羅の眞平王や義賊・林巨正が遊んだという名勝地。 고선사탑(コソンサタプ)高仙寺塔 慶尚北道慶州市国立慶州博物館内 統一新羅初期の三層石塔。 【右の写真:F】 고성(コソン)固城 慶尚南道 郡名。 고성(コソン)高城 江原道/北韓江原道 郡名。 고운사(コウンサ)孤雲寺 慶尚北道義城郡丹村面 騰雲山にある寺。 義湘が創建。 고창(コチャン)古昌 慶尚北道安東市の古名。 고풍(コプン)高豊 忠清南道瑞山市雲山面 里名。 고한(コハン)古汗 江原道旌善郡 邑名、里名。 炭坑村。 곡성(コ ッソン)谷城 全羅南道 郡名および郡庁所在地名。 곤지암(コンヂアム)昆池岩 京畿道廣州郡実村面 里名。 골굴암(コルクラム)骨窟庵 慶尚北道慶州市陽北面安洞里 統一新羅時代の巨大な磨崖仏がある。 골지천(コルヂチョン)骨只川 江原道旌善郡 臨谷面を巡り流れ、餘糧で松川と合流してアウラヂ川となる。 一名臨谷川。 공산성(コンサンソン)公山城 忠清南道広州市山城洞 錦江に臨む山の上にある。 百済時代の名は熊津城。 当時のもので現存するのは東の石壁の一部のみ。 공주(コンヂュ)公州 忠清南道 市名。 538年に扶餘に都が移る前までの63年間、百済の都だったところ。 관산( コアンサン)冠山 北韓黄海南道殷栗郡 里名。 支石墓が残っている。 관우( コアヌ)観雨 江原道鐵原郡東松邑 里名。 到彼岸寺がある。 관음연봉( コアヌムヨンポン)観音連峰 北韓江原道 金剛山中の峰。 上観音(1137m)、中観音(875m)、下観音(453m)からなり、山腹に屏風のような大岩・六花巌がある。 관촉사( コアンチョクサ)灌燭寺 忠清南道論山市恩津面 般若山にある。 광명사( コアンミョンサ)廣明寺 京畿道南楊州市退渓院面。 광법사( コアンポプサ)廣法寺 北韓平壌市大聖区域大聖洞 廣開土王時代に創建された高句麗の寺。 近年復元された。 광양( コアンヤン)光陽 全羅南道 市名。 광주( コアンヂュ)光州 全羅北道と南道の中間 広域市。 괘릉(ケヌン)掛陵 慶尚北道慶州市外東邑掛陵里 十二支神像、武人石像などがある古墳。 괴정( コエヂョン)槐亭 大田市西区 洞名。 青銅祭器の絵がついたソッテ(祝賀や祈願のために立てる長竿)が見つかっている。 교태전(キョテヂョン)交泰殿 ソウル市景福宮内。 王妃の居住空間。 裏に峨眉山花階という花苑がある。 구강포(クガンポ)九江浦 全羅南道康津郡。 구림리(クリンニ)鳩林里 全羅南道霊岩郡 道岬寺の南麓にある村。 구림리(クリンニ)九林里 全羅南道海南郡三山面。 구례(クレ)求禮 全羅南道 郡名および郡庁所在地名。 구미(クミ)亀尾 慶尚北道 市名。 구선봉(クソンボン)九仙峰 北韓江原道高城郡 金剛山の最南端にある峰。 九人の神仙が碁を打ったという伝説がある山で、麓に鑑湖がある。 구아(クア)舊衙 忠清南道扶餘郡扶餘邑 里名。 百済時代の羅漢像が出土。 구음섬(クウムソム)仇音島 仁川広域市江華郡三山面 煤音里の旧名。 구절(クヂョル)九切 江原道旌善郡北面 里名。 구천동계곡(クチョンドンケゴク)九千洞渓谷 全羅北道茂朱郡雪川面南方 十大観光圏のひとつ。 구포(クポ)亀浦 釜山市北区 洞名。 구형왕릉(クヒョンワンヌン)仇衛王陵 慶尚南道山清郡今西面花渓里 伽倻の最後の王・仇衛のものと伝えられる陵。 구황동(クファンドン)九黄洞(九皇洞) 慶尚北道慶州市 皇龍寺、皇福寺など「皇」の字の入っている寺が9つある。 국내성(クンネソン)国内城 中国吉林省集安通溝 高句麗の王城。 국립경주박물관(クンニプキョンヂュパンムル ゴアン)国立慶州博物館 慶尚北道慶州市。 국립고궁박물관(クンニプコグンパンムル ゴアン)国立故宮博物館 ソウル市景福宮内。 국립중앙박물관(クンニプチュンアンパンムル ゴアン)国立中央博物館 ソウル市景福宮内。 군산(クンサン)群山 全羅北道 市名。 世界で人口の割に最も多くの教会がある都市(ギネス記録)。 군수리폐사지(クンスリペサヂ)軍守里廃寺址 忠清南道扶餘郡扶餘邑軍守里 七堂伽藍の代表例。 군위삼존석굴(クヌイサムヂョンソックル)軍威三尊石窟 慶尚北道軍威郡缶渓面南山里。 굴산사지 クルサンサヂ)掘山寺址 江原道江陵市邱井面鶴山里。 궁남지(クンナムヂ)宮南池 忠清南道扶餘市 百済時代に作られた池。 궁예궁터(クンイェクント)弓裔宮址 江原道鐵原郡 非武装地帯内。 권충재(クオンチュンヂェ)権沖齋 慶尚北道奉化郡奉化邑酉谷。 귀일(クイル)貴逸/帰一 北韓平壌市祥原郡 里名。 標高300~400mの山地で、薬草農業が盛ん。 青銅器時代の支石墓が見つかっている。 규암(キュアム)窺巌 忠清南道扶餘郡 面名。 귤동마을(キュルドンマウル)橘洞村 全羅南道康津郡 茶山草堂に上る途中の村 茶山・丁若鏞 ゆかりの地。 근정전(クンヂョンヂョン)勤政殿 ソウル市。 景福宮の正殿。 韓国に現存する最大の木造建築。 王の即位式、文武百官の朝賀をはじめとする国家の重要な儀式を挙行し、外国の使節に接見した所。 建物の名付け親は鄭道傳。 금강굴(クムガンクル)金剛窟 北韓平安南道妙香山中 西山大師(1520~1604)の修道処で「清虚方丈」という扁額が掲げてある。 清虚は西山大師の雅号。 금강대(クムガンデ)金剛臺 北韓江原道淮陽郡内金剛面 萬瀑洞の、二筋の渓流が合流する地点にある雄大な絶壁。 금강사지(クムガンサヂ)金剛寺址 北韓平壌市清巌里。 금강산(クムガンサン)金剛山 北韓江原道 標高1638m。 東側に水晶峰、文殊峰、勢至峰が、西側に観音連峰が連なり、それらの間を寒霞渓が走る。 금간천(クムガンチョン)金剛川 北韓江原道 内金剛に発し、春川で昭陽江に合流して北漢江に注ぐ川。 금계(クムケ)金渓 慶尚北道安東市西後面 里名。 地元ではコムヂェと呼ぶ。 鶴峰・金誠一の宗家がある。 금마(クムマ)金馬 全羅北道益山市 面名。 馬韓の中心地だったところ。 금산사(クムサンサ)金山寺 全羅北道金堤市金山面金山里 百済時代599年創建。 금성(クムソン)金城 慶尚北道義城郡 面名。 금성산(クムソンサン)金城山 慶尚北道義城郡金城面と舎谷面の境 南韓で噴火口が残っている唯一の山。 금오산(クモサン)金鰲山 慶尚北道慶州市 南山のこと。 금장암(クムヂャンアム)金藏庵 北韓金剛山中 四獅子石塔と石燈は高麗時代の遺物である。 금천계곡(クムチョンケゴク)錦川渓谷 慶尚南道咸陽郡 徳裕山から発し、安義に至る渓谷。 別名安義渓谷。 금하굴(クマクル)金霞窟 慶尚北道聞慶市加恩邑 後百済の王・甄萱にまつわる伝説の地。 금호강(クモガン)琴湖江 慶尚北道 大邱、慶山、栄え山を流れる川。 기림사(キリムサ)祇林寺 慶尚北道慶州市陽北面虎岩里 善徳女王12年(643年)創建。 16世紀初期の乾漆菩薩像がある。 기양서당(キヤンソダン)岐陽書堂 慶尚北道安東市臨東面水谷里 指定文化財韓屋。 기준산성(キヂュンサンソン)箕準山城 全羅北道益山市。 길안(キ ラン)吉安 慶尚北道安東市 面名。 김유신묘(キムユシンミョ)金庾信墓 慶尚北道慶州市忠孝洞。 김제(キムヂェ)金堤 全羅北道 市名。 김제평야(キムヂェピョンヤ)金堤平野 全羅北道金堤市一帯。 김천(キムチョン)金泉 慶尚北道 市名。 마곡사(マゴクサ)麻谷寺 忠清南道公州市 曺渓宗第6教区の本寺。 640年慈蔵が創建したとされる。 마의태자릉(マゥイテヂャルン)麻衣太子陵 北韓金剛山中 毘盧峰頂上から外金剛方面に下る西南側坂道にあり、新羅麻衣太子陵という石碑があるが、築造方式から見ると朝鮮初期の墓と推定される。 마이산(マイサン)馬耳山 全羅北道鎮安郡馬霊面 馬の耳の形をした山。 西峰685m、東峰678m。 마하연(マハヨン)摩訶衍 北韓江原道淮陽郡内金剛面長淵里 金剛山内の寺。 楡岾寺の末寺。 661年に義相が創建。 만경강(マンギョンガン)萬頃江 全羅北道金堤市 金堤平野を流れる川。 만경천(マンギョンチョン)萬景川 北韓 平壌市付近を流れる川で、大同江の第2支流。 全長11. 만경평야(マンギョンピョンヤ)萬頃平野 忠清南道 萬頃江の北に広がる平野。 만덕산(マンドクサン)萬徳山 全羅南道康津郡道岩面。 만리포(マンニポ)万里浦 忠清南道瑞山市 奇岩絶壁のリアス式海岸。 海水浴場もある。 만물상(マンムルサン)万物相 北韓江原道 外金剛の勢至峰と五峰山の間にある峰峰のことで、奇岩怪石が屏風のように立ち並んでいる。 柱状節理が多い。 만상정(マンサンヂョン)万相亭 北韓江原道金剛山中 万物相の入り口にある施設。 4つの道(寒霞渓に沿って下る道、温井嶺登山道、上登峰登山道、万物相登山道)が集まる地点にある。 만석보터(マンソクポト)萬石洑址 全羅北道井邑市梨坪面 泰仁川と井邑川の合流地点で、かつては小さなダムがあった。 만수동계곡(マンスドンケゴク)萬壽洞渓谷 全羅南道潭陽郡南面。 만수산(マンスサン)萬壽山 北韓開城市 松嶽山の別名。 만폭동(マンポクドン)萬瀑洞 北韓江原道淮陽郡内金剛面正陽里 金剛山中にあり、武陵瀑布、銀仙瀑布、游仙瀑布、飛仙瀑布、九層瀑布など数多くの滝が連なる景勝地。 만휴정(マンヒュヂョン)晩休亭 慶尚北道安東市吉安面黙渓里 安東金氏此安公の次男・金係行の遺跡。 망우리(マンウリ)忘憂里 ソウル市中浪区 行政区名は忘憂洞。 망호리(マンホリ)望湖里 慶尚北道安東市一直面 里名。 만장봉(マンヂャンボン)万丈峰 道峰山の峰。 매산(メサン)梅山 全羅北道高敞郡大山面 里名。 매음(メウム)煤音 仁川広域市江華郡三山面 里名。 薄石鉱山がある。 면앙정(ミョナンヂョン)俛仰亭 全羅南道潭陽郡鳳山面斉月里。 명사십리(ミョンサシムニ)明砂十里 北韓咸鏡南道元山市葛麻半島東南側 4kmにわたる砂浜の名。 명성산(ミョンソンサン)鳴聲山 江原道鐵原郡葛末邑 俗称・泣き声山は弓裔(870~918)の恨が籠もった泣き声に由来するという。 標高923m。 명옥헌(ミョンオッコン)鳴玉軒 全羅南道潭陽郡古西面山徳里。 朝鮮時代の園林址。 呉明仲(1619~1655)が造営した園林。 명주(ミョンヂュ)溟州 現在の江原道江陵市。 명천(ミョンチョン)明川 北韓咸鏡北道南東部東海海岸 郡名、市名。 スケソウダラの産地。 명호(ミョンホ)明湖 慶尚北道奉化郡 面名。 명활산성 ( ミョンファルサンソン)明活山城 慶尚北道慶州市千軍洞/普門洞。 모두루(モドゥル)牟頭婁 中国吉林省集安県 文字記録のある古墳が残っている。 모둔곡(モドゥンコク)毛屯谷 中国 高句麗の始祖・東明王が金蛙王のもとから逃げる途中、再思、武骨、黙居という三人の従者を得たとされる場所。 모란각(モランカク)牡丹閣 北韓平壌市 牡丹山にある食堂。 日亭時代に平壌博物館だった建物を転用したもの。 모란봉(モランボン)牡丹峰 北韓平壌市 標高95m。 古くからの名勝地で、牡丹の花のような姿をしているところから付いた名称。 本来の名は錦繍山。 모악산(モアクサン)母岳山 全羅北道完州市九耳面 標高793m。 모양성(モヤンソン)牟陽城 全羅北道高敞郡高敞邑 朝鮮時代初期に建てられた高敞邑城の別名。 목우정(モグヂョン)牧牛亭 慶尚北道清道郡雲門面新院里 雲門寺内。 목포(モッポ)木浦 全羅南道 市名。 몽천사(モンチョンサ)夢泉寺 北韓江原道高城郡 三日浦の北側山麓に9世紀に建立された寺。 1684年の山火事で焼失。 몽촌토성(モンチョントソン)夢村土城 ソウル市松坡区芳荑洞 百済時代の遺跡で、1980年代に発掘調査が行われ、整備・保存された。 現在はオリンピック公園内に位置する。 百済の都城、河南慰禮城だという学説がある。 묘길상(ミョギルサン)妙吉祥 北韓江原道淮陽郡 金剛山の萬瀑洞にある高さ15mの東洋最大の磨崖仏。 10世紀、高麗初期の作と思われる。 (「妙吉祥」は文殊菩薩の別称だが、この磨崖仏は仏陀像である)。 묘향산(ミョヒャンサン)妙香山 北韓平安南道、平安北道、慈江道 観光地としては平安北道香山郡香岩里。 面積375㎢、標高1909m。 무량사(ムリャンサ)無量寺 忠清南道扶餘郡外山面 万寿山にある。 무령왕릉(ムリョンワンヌン)武寧王陵 忠清南道公州市 宋山里古墳公園内。 1971年に発見され、墓誌から武寧王の墓であると確認された。 무릉(ムルン)武陵 慶尚北道安東市南後郡 里名。 무릉계곡(ムルンケゴク)武陵渓谷 江原道東海市。 무열왕릉(ムヨルワンヌン)武烈王陵 慶尚北道慶州市西岳洞 三国統一の基礎を固めた新羅第29代の王武烈(在位654~661)の陵。 무위사(ムイサ)無為寺 全羅南道康津郡城田面月下里。 무장(ムヂャン)茂長 全羅北道高敞郡 面名。 묵계서원(ムッケソ ゥオン)黙渓書院 慶尚北道安東市吉安面黙渓里。 묵방(ムクパン)墨房 北韓平安北道介川郡 里名。 南方式支石墓「枕村型」の変型である「墨房型」の名称はここに由来する。 문복산(ムンボクサン)文福山 慶尚北道清道郡雲門面と慶州市山内面の境 標高1015m。 문흥(ムヌン)文興 北韓平壌市江東郡江東面 里名。 支石墓がたくさん残っている。 물금(ムルクム)勿禁 慶尚南道密陽市 面名。 미천(ミチョン)眉川 慶尚北道 義城、安東、武陵を経て洛東江に流れ込む川。 미천계곡(ミチョンケゴク)米川渓谷 江原道襄陽郡。 미황사(ミ ファンサ)美黄寺 全羅南道海南郡 達磨山の頂上近くにある。 하동(ハドン)河東 慶尚南道 郡名。 하일동(ハイルドン)下一洞 ソウル市江東区 洞名。 하정(ハヂョン)下丁 慶尚南道山清郡新安面 里名。 하진부(ハヂンブ)下珍富 江原道平昌郡珍富面 里名。 嶺東高速道路が通る。 하회마을(ハフェマウル)河回村 安東市豊川面河回里 国指定の民俗村。 【右の写真:H】 학사루(ハクサル)学士楼 慶尚南道咸陽郡郡役所前 戊午士禍の遠因となった楼。 한강(ハンガン)漢江 ソウル市内を貫通し江華島の北を通って京畿湾に出る川。 한라산(ハルラサン)漢拏山 済州島 標高1950m。 한림대(ハルリムデ)翰林大 江原道春川市玉泉洞 私立総合大学。 한벽루(ハンビョンヌ)寒碧楼 忠清北道堤川市清風面勿台里 朝鮮時代、清風県客舎についていた楼。 한산(ハンサン)韓山 忠清南道舒川郡 面名。 한성사범학교(ハンソンサボムハッキョ)漢城師範学校 ソウル市城北区三仙洞。 한탄강(ハンタンガン)漢灘江 京畿道北部 金剛山の麓から発し、平康、鐵原、漣川を経て臨津江へと流れ込む川。 全長136km。 한하계(ハナゲ)寒霞渓 北韓江原道 金剛山の名勝地の一つで、金剛松の林が連なる。 この渓に沿って内外金剛山を繋ぐ温井嶺峠道がある。 함경도(ハムギョンド)咸鏡道 朝鮮民主主義人民共和国の東部。 함양(ハ ミャン)咸陽 慶尚南道 郡名および郡庁所在地。 함열(ハミョル)咸悦 全羅北道益山市 邑名。 함월산(ハムオルサン)含月山 慶尚北道慶州市。 함화당(ハムファダン)咸和堂 ソウル市景福宮内 輯敬堂の西に隣接する建物。 輯敬堂とともに日帝強占期の破壊を免れて残っている。 함흥(ハムン)咸興 北韓咸鏡南道 市名。 합천(ハプチョン)陜川 慶尚南道 郡名 、邑名、里名。 해남(ヘナム)海南 全羅南道 郡名および郡庁所在地。 【右の写真:H】 해명산(ヘミョンサン)海明山 仁川広域市江華郡 分厚い花崗岩の産地。 標高327m。 해미읍성(ヘミウプソン)海美邑城 忠清南道瑞山市海美面邑内里。 1866年の天主教迫害の時には監獄になり、1000余名が処刑された。 現在は公園になっている。 해인사 ヘインサ)海印寺 慶尚南道陜川郡伽倻面緇仁里 世界文化遺産に指定された藏経板殿がある。 해저(ヘヂョ)海底 慶尚北道奉化郡奉化邑 里名。 해주(ヘヂュ)海州 中国黒龍江省付近 渤海5今日5府62州のひとつ。 해태식당(ヘッテシクタン)(漢字表記なし)全羅南道康津郡康津邑 韓定食店。 해평(ヘピョン)海平 慶尚北道亀尾市 面名。 행담도(ヘンダムド)行淡島 忠清南道唐津郡新平面梅山里 1868年、ドイツ人商人オッペルトが拠点とした島。 행주산성(ヘンヂュサンソン)幸州山城 京畿道高陽市徳陽区幸州内洞。 壬辰倭乱の折、数千名の兵が立て籠もった。 향산호텔(ヒャンサンホテル)香山ホテル 平安北道香山郡香岩里 15階建て三角錐型の観光ホテル。 客室数228。 허삼둘 가옥(ホサムドゥルカオク)許三乧家屋 慶尚南道咸陽郡安義面 両班家屋ふうに作った富豪の家。 廃屋化している。 현풍(ヒョンプン)玄風 大邱市達城郡 面名。 형1동삼층석탑(ヒョンイルドンサムチュンソクタプ)県1洞3層石塔 慶尚北道英陽郡英陽邑県1里 基壇部と1層目全体に彫刻が施されている。 호계서원(ホゲソゥオン)虎渓書院 慶尚北道安東市 鶴峰・金誠一の書院。 호법(ホボプ)戸法 京畿道利川市 面名。 호암미술관(ホアムミスル ゴアン)湖巌美術館 京畿道龍仁市浦谷面 三星創業者の李東喆が寄贈した古美術を基に1978年に設立された私立美術館。 홍성(ホンソン)洪城 忠清南道 郡名。 カヤ山の南に位置する。 화개(ファゲ)花開 慶尚南道河東郡 面名。 蟾津江の渡し場はかつての市場址。 화릉(ファルン)和陵 北韓咸鏡道咸興 朝鮮太祖の母である懿惠王后の陵。 화림동(ファリムドン)花林洞 慶尚南道咸陽郡西下面。 錦川渓谷の一部で、八潭八亭の景勝地。 화암약수(ファアムヤクス)画岩薬水 江原道旌善郡東面画岩里。 화엄사( ファオムサ)華厳寺 全羅南道求禮郡馬山面黄田里 智異山中にある華厳10大寺刹第1の寺。 新羅景徳王代544年創建。 【右の写真:H】 환벽당(ファンビョクタン)環碧堂 全羅南道潭陽郡南面芝谷 甑岩川の川辺にある堂。 金允悌が書斎として建て、蟄居したところ。 환희대( ファニデ)歓喜臺 忠清南道禮山郡徳山面斜川里 修徳寺内の堂。 元の名は見性庵。 황강(ファンガン)黄江 居昌、陜川を通り洛東江に注ぐ川。 111km。 황금( ファングム)黄金 大邱市壽城区 洞名。 황도(ファンド)黄島 忠清南道泰安郡安眠邑 イシモチ漁が盛ん。 황룡강(ファンニョンガン)黄龍江 全羅南道、光州市 榮山江の第一支流。 황룡계곡( ファンニョンケコク)黄龍渓谷 慶尚北道慶州市 吐含山北東。 황룡사지( ファンニョンサヂ)皇龍寺址 慶尚北道慶州市九 皇洞 古新羅善徳女王時代の遺跡。 【右の写真:F】 황복사지( ファンボクサヂ)皇福寺址 慶尚北道慶州九 皇洞 三層石塔が残っている。 황산(ファンサン)黄山 中国安徽省南東部 世界文化遺産。 標高1860m。 황이리토종꿀단지 ファンイリトヂョンクルダンチ)黄耳里養蜂団地 江原道襄陽郡米川谷。 황주(ファンヂュ)黄州 北韓黄海北道 郡名。 황초령(ファンチョリョン)黄草嶺 北韓咸鏡南道咸州郡(現栄光郡)と長津郡の境界 標高1206mの峠。 新羅の王・眞興王の巡狩碑があったが19世紀に破壊された。 황토현(ファントヒョン)黄土峴 全羅北道井邑市 甲午農民戦争の激戦地だった峠。 「甲午東学革命碑」がある。 회양(フェヤン)淮陽 北韓江原道 郡名。 후조당(フヂョダン)後凋堂 慶尚北道安東市臥龍面烏川里 文化財団地にある祭祀用の建物。 扁額は退渓の親筆。 휴천(ヒュヂョン)休川 慶尚南道咸陽郡 面名。 一帯は寺址村と呼ばれ、古い寺址が多く残る。 흠경각(フムギョンカク)欽敬閣 ソウル市景福宮内 世宗20年(1438)に蒋英實が作った玉漏機輪(自動天文水時計)が設置されていた建物。 흡곡(フプコク)歙谷 北韓江原道 通川郡に廃合された朝鮮末期の行政区。 흥덕(フンドク)興徳 全羅南道羅州潘南面 里名。 百済時代の石室墓が見つかっている。 /全羅北道高敞郡 面名。 흥법사지(フンボプサヂ)興法寺址 江原道原州市地正面安昌里。 희양산(フィヤンサン)曦陽山 慶尚北道聞慶市加恩邑院北里。 판관대(パン ゴアンデ)判官垈 江原道平昌郡蓬坪面 申師任堂が栗谷を懐妊した屋敷跡。 팔당댐(パルダンデム)八堂ダム 京畿道河南市拜謁尾洞・南楊州市烏安面陵内里 南北漢江の合流地点の下流7km。 팔석정(パルソクチョン)八石亭 江原道平昌郡蓬坪面 朝鮮時代の名筆・楊士彦(蓬莱)を記念して建てられた亭。 평사(ピョンサ)平沙 慶尚南道河東郡岳陽面 里名。 평창(ピョンチャン)平昌 江原道 郡名。 평촌(ピョンチョン)坪村 1. 慶尚南道山清郡今西面の里名。 慶尚南道山清郡三壮面の里名。 江原道平昌郡蓬坪面の里名。 포항(ポハン)浦項 慶尚北道 市名。 표훈사(ピョフンサ)表訓寺 北韓江原道淮陽郡内金剛面正陽里 長安寺址とは車で10分弱の距離にある。 풍기(プンギ)豊基 慶尚北道榮州市 邑名。 浮石寺、紹修書院見物には豊基駅からタクシー利用が便利。 풍남토선(プンナムトソン)風納土城 ソウル市松坡区風納洞 百済初期の遺跡。 慰禮城説がある。 풍산(プンサン)豊山 慶尚北道安東市 邑名。 両班の同姓村が連なっている。 풍산들판(プンサントゥルパン)豊山平野 慶尚北道安東市 北部慶北最大の穀倉地帯。 탁청정(タクチョンヂョン)濯清亭 慶尚北道安東市臥龍面烏川里 文化財団地内にある金綏が建てた優雅な亭。 탄금대(タングムデ)弾琴臺 忠清北道忠州市。 탑곡(タプコク)塔谷 慶尚北道慶州市排盤洞 玉龍庵の俗称。 磨仏像群がある。 탑리오층석탑(タム ニオチュンソクタプ)塔里五層石塔 慶尚北道義城郡金城面塔里里 新羅形式の石塔。 태기산(テギサン)泰岐山 江原道横城郡と平昌郡の境界。 태백산(テベクサン)太白山 江原道・慶尚北道 太白山脈を形成する山の一つ。 標高1561m。 태봉사(テボンサ)胎峰寺 全羅北道益山市 蓮洞里。 태안(テアン)泰安 忠清南道 泰安郡泰安邑東門里に百済時代の磨崖三尊仏がある。 태안사(テアンサ)泰安寺 全羅南道谷城郡竹谷面元達里。 태인(テイン)泰仁 全羅北道井邑市 行政区域名は新泰仁。 満空和尚(1872~1946)の出身地。 테성(テソン)台城 北韓平安南道江西郡 里名。 壁画古墳が残っている。 태천(テチョン)泰川 北韓平安北道 郡名。 支石墓が残っている。 토산(トサン)兎山 黄海道(北韓) 県名。 토성(トソン)土城 江原道鐵原郡 里名。 北方形式の支石墓が残っている。 통거우(トンコウ)通溝 中国吉林省集安県。 통고산(トンゴサン)通高山 慶尚北道蔚珍郡西面 自然休養林となっている山。 標高1066m。 통도사(トンドサ)通度寺 慶尚南道梁山市下北面芝山里。 통천(トンチョン)通川 北韓江原道北部 郡名、邑名。 차령산맥(チャリョンサンメク)車嶺山脈 江原道の五臺山に発し、忠清南道中央部を通って西海湾に至る山脈。 차일봉(チャイルボン)遮日峰 北韓江原道 金剛山中の峰。 標高1529m。 창경원(チャンギョンゥオン)昌慶苑 ソウル市 動物園、植物園を併設した遊園地。 창동(チャンドン)蒼洞 江原道平昌郡蓬坪面 里名。 作家・李孝石の生地。 창터(チャント)倉址 北韓 郡名。 채석강(チェソッカン)彩石江 全羅北道扶安郡邊山面格浦里 西海に臨む景勝地。 천군동삼층석탑(チョングンドンサムチュンソクタプ)千軍洞三層石塔 慶尚北道慶州市千軍洞 東塔と西塔の2つ。 천등산(チョンドゥンサン)天燈山 慶尚北道安東市 鳳亭寺のある山。 標高575m。 천마총(チョンマチョン)天馬塚 慶尚北道慶州市古墳公園内。 천불동(チョンブルドン)千佛洞 江原道雪岳山中 雪山中の景勝地。 천선대(チョンソンデ)天仙臺 北韓江原道 金剛山万物相にある台地。 海抜は936mだが、ここから金剛山のすべての峰が一望できる。 천수만(チョンスマン)浅水湾 忠清南道 安眠島と洪城郡の間の湾。 천은사(チョヌンサ)泉隠寺 全羅南道求禮郡光義面放光里。 천일각(チョニルガク)天一閣 全羅南道康津郡道岩面萬徳里 丁若鏞ゆかりの場所。 九江浦が見おろせる。 천지(チョンヂ)天池 中国と北韓の国境 白頭山の頂上にある池。 천호(チョノ)千戸 ソウル市江東区 洞名。 철원(チョルオン)鐵原 江原道 郡名。 1945年の解放後に北韓の地となり、朝鮮動乱後に南韓の地となった。 片側は非武装地帯と民統線(民間人出入統制線)となっている。 첨성대(チョムソンデ)瞻星台 慶尚北道慶州市仁旺洞 新羅善徳女王(在位632~646)時代に建てられた天文台の象徴的建物。 【右の写真:H】 청계서원(チョンゲソゥオン)清渓書院 慶尚南道咸陽郡。 청기천(チョンギチョン)青杞川 慶尚北道英陽郡。 청도운문사(チョンドウンムンサ)清道雲門寺 慶尚北道清道郡雲門面新院里。 청량산(チョンニャンサン)清涼山 慶尚北道奉化郡明湖面 南側 標高870m。 小金剛ともいう。 청령포(チョンニョンポ)清涼浦 江原道寧越郡南面廣川里南漢江上流 端宗が配流された地。 청송보호감호소(チョンソンポホカムホソ)青松保護監護所 慶尚北道青松郡眞寶面 刑期満了後の監護対象者を収容する施設。 청암사지(チョンアムサ ヂ)青岩寺址 北韓平壌市 高句麗の寺址。 1塔3金堂様式。 청와대(チョンワデ)青瓦臺 ソウル市鍾路区 大統領府。 청운동(チョンウンドン)清雲洞 ソウル市鍾路区 旧名壮洞。 安東金氏の拠点。 청천강(チョンチョンガン)清川江 北韓平安南道 妙香山から発して南西方向に流れ、西海に注ぐ川。 청평사(チョンピョンサ)清平寺 江原道春川市北山面清平里 五峰山中にある973年創建の寺。 神興寺の末寺。 청풍(チョンプン)清風 忠清北道堤川市 面名。 청풍계(チョンプンゲ)清風渓 ソウル市鍾路区清雲洞 安東金氏此安公の孫・金璠一族の居住地。 청풍한벽루(チョンプンハンビョンヌ)清風寒碧楼 忠清北道堤川市清風面勿台里 高麗時代の楼閣。 청하(チョンハ)清河 慶尚北道浦項市北区 面名。 체화정(チェファヂョン)棣華亭 慶尚北道安東市豊山邑上里里 入り口にある亭。 촉석루(チョクソンヌ)矗石楼 慶尚南道晋州市 嶺南3大楼閣の一つ。 총석정(チョンソクチョン)叢石亭 北韓江原道通川郡通川邑 関東八景の一つ。 추령고개(チュリョンコゲ)秋嶺峠 慶尚北道慶州市 吐含山北東の皇龍渓谷にある峠。 추지령(チュヂリョン)楸地嶺 北韓江原道通川郡 通川邑の南14㎞地点。 標高645m。 축석령(チュクソンニョン)祝石嶺 京畿道議政府市 天寶山の山腹にある峠。 춘궁(チュングン)春宮 京畿道河南市 洞名。 ある学者は百済の河南慰禮城のあった所としている。 춘양(チュ ニャン)春陽 慶尚北道奉化郡 面名。 충주댐(チュン ヂュデム)忠州ダム 忠清北道忠州市 忠州湖のダム。 취가정(チュイガヂョン)酔歌亭 全羅南道潭陽郡南面芝谷 甑岩川の川辺にある亭子。 金晩植が1890年に祖先の金徳齢を讃えて建てたもの。 칠량면(チルリャンミョン)七良面 全羅南道康津郡。 칠성문(チルソンムン)七星門 北韓平壌市 高句麗様式の城門。 かつての平壌城の北門。 칠송대 암각여래상(チルソンデ アムガクヨレサン)七松臺巌閣如来像 全羅北道高敞郡雅山面禅雲山 高麗時代の巨大仏像。 침락정(チンナクチョン)枕洛亭 慶尚北道安東市臥龍面烏川里 文化財団地内にある金光継の建てた亭。 침촌(チムチョン)枕村 北韓黄州市 里名。 南方式の支石墓「枕村型」の名称はここに由来する。 자금성(チャグムソン)紫禁城 中国北京。 1420年に完工された皇宮。 総面積24万坪(79万㎡)。 자경전(チャキョンヂョン)慈慶殿 ソウル市景福宮内 嬪宮たちの居住空間。 美しく装飾された塀で知られる。 자선당(チャソンダン)資善堂 ソウル市景福宮内 王世子が起居した東宮の建物。 자양산(チャヤンサン)紫陽山 慶尚北道英陽郡青杞面 青杞川の川辺に立つ山。 자운봉(チャウンボン)紫雲峰 道峰山の峰。 자인(チャイン)慈仁 慶尚北道慶山市 面名。 자하동(チャハドン)紫霞洞 京畿道 果川から冠岳山恋主峰に向かう途上にある深い渓谷。 잠두산(チャムドゥサン)蠶頭山 江原道平昌郡 五臺川沿いの山。 標高1243m。 장계(チャンケ)長渓 全羅北道長水郡 面名。 장단(チャンダン)長湍 京機道 旧郡名。 現在の坡州市。 장릉(チャンヌン)荘陵 江原道寧越郡 朝鮮第6代の王・瑞宗の墓。 장수(チャンス)長水 全羅北道 郡名、邑名。 장안사지(チャンアンサヂ)長安寺址 北韓江原道金剛郡内剛里 6殿7閣2楼2門の大寺だったが、現在は礎石のみが残る。 장연사지(チャンヨンサヂ)長淵寺址 北韓江原道金剛郡内剛里 新羅後期に金剛山入り口に創建された寺。 3層石塔が残る。 장원봉(チャンゥオンボン)壮元峰 全羅南道潭陽郡南面 標高386m。 장전(チャンヂョン)長箭 北韓江原道 東海に面した港町。 外金剛探勝の拠点。 장평(チャンピョン)長坪 江原道平昌郡 里名。 嶺東高速道路のインターチェンジがある。 장하리(チャンハリ)長蝦里 忠清南道扶餘郡場岩面 定林寺五層石塔風の石塔がある。 장항리사지(チャンハンニサヂ)獐項里寺址 慶尚北道慶州市陽北面獐項里 7世紀後半の新羅文化の特質を反映する遺跡。 【右の写真:H】 장흥(チャンフン)長興 全羅南道 郡名。 재령산(チェリョンサン)戴霊山 北韓咸鏡南道高原郡と平安南道陽徳郡の境 標高1208m。 재령평야(チェリョンピョンヤ)載寧平野 北韓黄海南道載寧郡・安岳郡一帯 載寧川流域の平野。 재산( チェサン)才山 慶尚北道奉化郡 面名。 재송평(チェソンピョン)栽松坪 江原道鐵原郡鐵原邑内浦里。 저전동(チョヂョンドン)苧田洞 慶尚北道安東市西後面 行政区域名は苧田里。 地元ではモシパッと呼ぶ。 적벽강(チョクピョッカン)赤壁江 全羅北道扶安郡邊山面格浦里 西海に臨む景勝地。 전곡(チョンコク)全谷 京畿道漣川郡 邑名、里名。 旧石器時代の遺跡が発見されている。 전라남도(チョルラナムド)全羅南道。 전주(チョンヂュ)全州 全羅北道 市名。 점촌(チョムチョン)店村 慶尚北道聞慶市 洞名。 정려각( チョンニョカク)旌閭閣 慶尚北道安東市臨東面水谷里 指定文化財韓屋。 정릉사지(チョンヌンサヂ)定陵寺址 北韓平壌市力浦区域龍山里 高句麗の遺跡。 1塔3金堂様式の寺で、東明王陵を守護する寺だった。 20世紀の末に核心建造物のみ復元。 정림사지(チョンニムサヂ)定林寺址 忠清南道扶餘 郡扶餘邑東南里 百済の武王(在位600~641)時代の優雅な五層石塔がある。 정방산(チョンバンサン)正方山 北韓黄海北道黄州郡と鳳山郡の境 標高481m。 정산(チョンサン)定山 忠清南道青陽郡西亭里。 정선(チョンソン)旌善 江原道 郡名。 旌善アリランで知られている。 정안( チョンアン)正安 忠清南道公州市 面名、平野名。 栗の名所。 정암사(チョンアムサ)浄巌寺 江原道旌善郡古汗邑 建材に瑪瑙が使われている水瑪瑙塔(1972年に復元)がある。 韓国の五大眞身舎利処のひとつ。 정양사(チョンヤンサ)正陽寺 北韓江原道淮陽郡内金剛面正陽里 内金剛の核のような寺。 寺内の歇星楼からは「金剛の全山の真の姿が見える」と『擇里志』にある。 정여창 고택(チョンヨチャンコテク)鄭汝昌故宅 慶尚南道咸陽郡池谷面介坪里 慶尚南道の指定文化財。 정읍(チョンウプ)井邑 全羅北道 市名。 정지산( チョンヂサン)艇止山 忠清南道公州市 南側山腹に武寧王陵がある。 名前の由来は、船の形をしている公州の、錨を下ろした位置に当たることから。 정혜사(チョンヒェサ)定慧寺 忠清南道禮山郡徳山面斜川里 修徳寺の末寺。 満空和尚(1872~1946)の舎利塔と弥勒像がある。 제민천( チェミンチョン)済民川 忠清南道公州市 市内を貫いて流れ、コムナルで錦江に合流する。 제비원(チェビゥオン)燕飛院 慶尚北道安東市泥川洞 泥川洞 (イチョンドン)石像がある。 제주도(チェ ヂュド)済州島 韓国南端 島名。 조계산(チョゲサン)曺渓山 全羅南道順天市 標高884m。 조양강(チョヤンガン)朝陽江 江原道旌善郡 アウラヂ川の下流、南漢江の上流。 조치원(チョチゥオン)鳥致院 忠清南道燕岐郡 邑名。 조탑동(チョタプトン)造塔洞 慶尚北道安東市一直面 造塔里の通称。 조탑동오층전탑(チョタプトンオチュンヂョンタプ)造塔洞五層塼塔 慶尚北道安東市一直面造塔里 統一新羅時代の塼塔(煉瓦を積み上げて作った塔)。 졸본(チョルボン)卒本 中国遼寧省桓仁地域か? 高句麗の最初の都邑。 종묘(チョンミョ)宗廟 ソウル市 朝鮮王朝歴代の王と王妃の霊廟。 1395年落成。 주곡(チュコク)注谷 慶尚北道英陽郡日月面 里名。 地元ではチュシルと呼ぶ。 卓越した人物が多く出ている文郷。 주암댐(チュアムダム)住岩ダム 全羅南道昇州市 支石墓100基が水没している。 주왕산(チュワンサン)周王山 慶尚北道青松郡府東面 奇岩と滝が多い景勝地。 標高721m。 죽령(チュンニョン)竹嶺 豊基と丹陽の間。 죽림헌(チュンニムホン)竹林軒 慶尚北道清道郡雲門面新院里 雲門寺内。 줄포만(チュルポマン)茁浦湾 全羅北道扶安市 干潟。 중계(チュンゲ)中渓 全羅北道扶安郡邊山面 里名。 コバノイヌツゲの群落地(天然記念物第124号)がある。 중부휴게소(チュンブヒュゲソ)中部休憩所 忠清北道陰城郡三成面徳井里。 중산(チュンサン)中山 慶尚南道山清郡矢川面 里名。 智異山登山のための集団宿泊施設がある。 중정(チュンヂョン)中井 忠清南道扶餘郡扶餘邑 里名。 百済時代の火葬墓が見つかっている。 증산(チュンサン)甑山 江原道旌善郡南面。 旌善線の駅がある。 증암천(チュンアムチョン)甑岩川 全羅南道潭陽郡南面芝谷里 光州ダムに向かって流れる川。 古名は紫薇灘。 지곡(チゴク)芝谷 全羅南道潭陽郡南面 里名。 光州市無等山の北側山麓に面する村。 지례(チレ)知禮 慶尚北道安東市臨東面 旧里名。 1993年に朴谷里に編入。 지례예술촌(チレ ィエスルチョン)知禮芸術村 慶尚北道安東市臨東面 知禮にあった建物20余りを移築し芸術家たちのアトリエにしたもの。 지리산(チリサン)智異山 慶尚南道・全羅南道・全羅北道。 主峰は 標高1915mの天王峰。 一帯は韓国随一の広さを誇る国立公園。 지포(チポ)芝浦 江原道鐵原郡 里名。 支石墓が残っている。 직지사(チクヂサ)直指寺 慶尚北道金泉市代項面雲水里 黄嶽山にある寺。 진도(チンド)珍島 全羅南道 郡名。 진보(チンポ)眞寶 慶尚北道青松郡 面名。 진석(チンソク)眞石 北韓平壌市 洞名。 小説家・金東仁(キムドンイン)の生地。 진안(チナン)鎮安 全羅北道 郡名、邑名。 진전사지(チンヂョンサヂ)陳田寺址 江原道襄陽郡降峴面屯田里 9世紀初め頃の創建。 三層石塔が残っている。 진주성(チンヂュソン)晋州城 慶尚南道晋州市南城洞/本城洞。 진파리(チンパリ)眞坡里 北韓平壌市力浦区域龍山里 5c. ~6c. の石室封土古墳群がある。 진평왕릉(チンピョンワンヌン)眞平王陵 慶尚北道慶州市普門洞 新羅第26代眞平王(在位579~632)の陵。 【右の写真:H】 집경당(チプキョンダン)輯敬堂 ソウル市景福宮内。 隣の咸和堂とともに本来は嬪宮たちの居住空間だったが、高宗期には外国の賓客接見に使われた。 아산(アサン)牙山 忠清南道 市名。 カヤ山の北東に位置する。 아차산성(アチャサンソン)阿且山城 ソウル市廣津区廣壮洞 三国時代の石築山城遺跡。 악양(アギャン)岳陽 慶尚南道河東郡 面名。 안강(アンガン)安康 慶尚北道慶州 邑名。 안동(アンドン)安東 慶尚北道 市名。 안동삼태사묘(アンドン サムテサミョ)安東三太子廟 慶尚北道安東市西後面 古昌戦闘で王建を救援し勝利に導いた功労者3人(権幸、金宣平、張吉)の墓。 안동시내태사묘(アンドンシネテサミョ)安東市内太子廟 慶尚北道安東市 廟堂、祭室、宝物閣などがある。 안막재(アンマッチェ)安幕峠 慶尚北道安東市安幕洞 安東から陶山書院へ行く途中にある峠。 안면도(アンミョンド)安眠島 忠清南道泰安郡安眠邑 イシモチ漁が盛ん。 TVドラマによく登場する島。 113. 46㎢。 안무재(アンムヂェ)雁霧嶺 北漢金剛山中 内金剛と外金剛を結ぶ峠。 안악3호무검(アナクサムホムドム)安岳3号墓 北韓黄海南道安岳郡大楸里 レプリカが中央歴史博物館に展示されている。 안압지(アナプチ)雁鴨池 慶尚北道慶州市 新羅第30大文武王が674年に三国統一を記念して造った離宮の跡。 1929年に修復。 【右の写真:F】 안의(アヌイ)安義 慶尚南道咸陽郡 面名。 かつては郡名。 안주평야(アンヂュピョンヤ)安州平野 北韓平安南道 清川を抱いて広がる平野。 載寧平野・南勿原と並ぶ穀倉地帯。 안학궁지(アナククンヂ)安鶴宮址 北韓平壌市大聖区域大聖洞 大聖山の南山麓に427~586の160年間あった高句麗の宮殿の址。 암곡동(アムゴクトン)暗谷洞 慶尚北道慶州市暗谷洞 昔、高仙寺やム藏寺の合ったところ。 ム藏寺の三層石塔が残っている。 암태도(アムテド)巌泰島 全羅南道新安郡巌泰面 1920年代の小作争議で知られる。 압량들(アムニャンドゥル)押梁平野 慶尚北道慶山市。 압록(アムノク)鴨緑 全羅南道谷城郡 里名。 宝城江と蟾津江の合流地点。 앙강들(アンガンドゥル)安康平野 慶尚北道慶州市。 앙계들(アンゲドゥル)安渓平野 慶尚北道義城市。 앞산공원(アプサンコンゥオン)前山公園 大邱市。 애일당(エイルダン)愛日堂 慶尚北道安東市 陶山面汾川里 朝鮮時代の楼閣。 聾巌・李賢輔ゆかりの建物。 약수리벽화무덤(ヤクスリピョクファムドム)薬水里壁画墓 北韓南浦市江西区域。 양계(ヤンケ)両渓 忠清南道霊岩郡新北面 里名。 百済時代の甕棺墓が見つかっている。 양근(ヤングン)楊根 京畿道楊平郡楊平邑 里名。 양소당(ヤンソダン)養素堂 慶尚北道安東市豊山邑素山里 安東金氏の宗宅。 양수리(ヤンスリ)両水里 京畿道楊平郡楊西面 里名。 양양(ヤンヤン)襄陽 江原道 郡名。 양평(ヤンピョン)楊平 京畿道 郡名、邑名。 어 서(オソ)於西 慶尚南道山清郡生草面 里名。 伽倻古墳群がある。 어일(オイル)魚日 慶尚北道慶州市陽北面 陽北面の面事務所所在地。 억성사(オクソンサ)億聖寺 江原道雪岳山。 엄전사터(オムヂョンサト)厳田寺址 慶尚南道咸陽郡休川面。 엄호수(オムホス)掩淲水 鴨緑江北東部 高句麗の始祖・東明王が金蛙王のもとから逃れるとき、魚とスッポンが橋の役をして渡してくれたとされる川。 広開土王碑文には奄利大水とある。 여강서원(ヨガンソゥオン)廬江書院 慶尚北道安東市 虎渓書院の旧名。 여근곡(ヨグンゴク)女根谷 慶尚北道慶州市。 여량(ヨリャン)餘糧 江原道旌善郡北面 里名。 旌善アリランで知られる。 여미산(ヨミサン)餘美山 忠清南道公州市 別名燕尾山。 여산(ヨサン)礪山 全羅北道益山市 湖南高速道路の休憩所がある。 연광정(ヨン ゴアンチョン)錬光亭 北韓平壌市 平壌城の東将臺。 연곡사(ヨンゴクサ)鷰谷寺 全羅南道求禮郡土旨面内東里 蟾津江の川辺、智異山の山麓にある名刹。 6・25で廃寺になっ たが1980年代に大規模な再建工事が行われた。 9世紀後半の浮屠が残っている。 【右の写真:H】 연기 (ヨンギ)燕岐 忠清南道 郡名。 연당리(ヨンダンニ)蓮塘里 慶尚北道英陽郡立岩面 東莱鄭氏の同姓村。 韓国庭園の白眉、瑞石池がある。 연동(ヨンドン)蓮洞 全羅北道益山市三箕面 里名。 연동마을(ヨンドンマウル)蓮洞村 全羅南道海南郡海南邑 孤山・尹善道の故宅・緑雨堂がある。 연편도(ヨンピョンド)延坪島 仁川市甕津郡延坪面 大小二つの島でイシモチ漁の拠点。 연풍(ヨンプン)延豊 忠清北道槐山郡 面名。 영남루(ヨンナムヌ)嶺南楼 慶尚南道密陽市 嶺南3大楼閣の一つ。 영남산(ヨンナムサン)暎南山 慶尚北道安東市 安東市東方に位置する山。 標高252m。 영동고속도로(ヨンドンコソクドロ)嶺東高速道路 江原道 東の江陵から西の原城郡まで江原道を貫く道路。 영랑생가(ヨンナンセンガ)永郎生家 全羅南道康津郡康津邑南城里221 詩人金永郎(1903~1950)の生家。 【右の写真:H】 영묘사(ヨンミョサ)霊妙寺 慶尚北道慶州市のどこか 現存せず。 영산포(ヨンサンポ)榮山浦 全羅南道羅州市。 영산강(ヨンサンガン)榮山江 全羅南道 潭陽郡龍面の龍湫峰に発し、光州、羅州を経て黄海に注ぐ。 全長115. 5km。 영아지(ヨンアヂ)影娥池 北韓江原道淮陽郡内金剛面 萬瀑洞にある池。 高麗時代に懐正禅師が水に映った観音菩薩を見たという伝説のある場所。 영양(ヨンヤン)英陽 慶尚北道 郡名および邑名。 영원사터(ヨンゥオンサト)霊源寺址 慶尚南道咸陽郡馬川面三丁里 海印寺の末寺。 영월(ヨンゥオル)寧越 江原道 郡名。 영은사(ヨンウンサ)霊隠寺 忠清南道公州市錦城洞 雙樹山の公山城内にある。 曺渓宗麻谷寺の末寺。 영일(ヨンイル)延日 慶尚北道浦項市 邑名。 영제교(ヨンヂェキョ)永齊橋 景福宮内。 興禮門と勤政門の間を流れる明堂水に架かる橋。 4匹の天禄彫刻がある。 영주(ヨンヂュ)榮州 慶尚北道 市名。 영지산(ヨンヂサン)霊芝山 慶尚北道安東 禮安面と陶山面の間にある山。 標高443m。 영천(ヨンチョン)永川 慶尚北道 市名。 영풍(ヨンプン)栄豊 慶尚北道 旧郡名。 1995. 1栄州市と統合。 영호루(ヨンホル)映湖楼 慶尚北道安東市 洛東江河畔にある嶺南3大楼閣の一つ。 再建されたため昔の面影はない。 예고개(ィエコゲ)禮峠 慶尚北道 安東市と榮州市の中間にある峠。 예덕상무사기념비(ィエドクサンムサキニョムピ)禮徳商務社記念碑 忠清南道禮山郡徳山面の面役所裏庭 褓負商の記念碑。 예산(ィエサン)禮山 忠清南道 郡名。 예안(ィエアン)禮安 慶尚北道安東市 面の名。 かつては郡だったが1914年に安東郡に編入された。 예천(ィエチョン)醴泉 慶尚北道 郡名および邑名。 오금산성(オグムサンソン)五金山城 全羅北道益山市 三国統一後、高句麗王族の安勝が報徳国を起こしたところ。 오대산(オデサン)五臺山 江原道江陵市・洪川郡・平昌郡 標高1563m。 오 대천 (オデチョン)五臺川 江原道 五臺山に発し、長大な渓谷を成して南に流れる川。 오덕(オドク) 五徳 北韓黄海北道燕灘郡 里名。 北韓式の支石墓「五徳型」 の名称はここに由来する。 오동도(オドンド)梧桐島 全羅南道麗州市水晶洞 椿と篠竹で有名。 오록(オロク)悟麓 慶尚北道奉化郡物野面 里名。 오미(オミ)五美 全羅南道求禮郡土旨面 里名。 오미동(オミドン)五美洞 慶尚北道安東市豊山邑 五美里のこと。 豊山金氏の同姓村。 오봉산(オボンサン)五峰山 北韓江原道 金剛山中にあり、友誼峰、無碍峰、天真峰、天柱峰、天女峰の五峰からなる。 標高1264m。 오색약수(オセクヤクス)五色薬水 江原道雪岳山 五色川のほとりに湧きでる泉。 오어사(オオサ)吾魚寺 慶尚北道浦項市烏川邑。 오지(オヂ)吾池 忠清南道瑞山郡 里名。 画家・李鍾九の生地。 오천(オチョン)梧川 全羅北道鎮安郡鎮安邑 里名。 오천군자리(オチョングンヂャリ)烏川君子里 慶尚北道安東市臥龍面 烏川里の俗称。 安東ダムで水没することになった地区の重要な建物を移築した、建築文化財団地の所在地。 【右の写真:F】 옥녀봉(オンニョボン)玉女峰 北韓江原道 金剛山中の峰 標高1423m。 옥녀세두분(オンニョセドゥブン)玉女洗頭盆 北韓江原道淮陽郡内金剛面 萬瀑洞にある池。 金剛山の妖精である普徳姫が髪を洗ったという伝説のある場所。 옥룡암(オンニョンアム)玉龍庵 慶尚北道慶州市排盤洞 古新羅仏址の一つである磨崖仏像群がある。 옥류관(オンニュ ゴアン)玉柳館 北漢平壌 大同江の川辺にある韓屋式建物の大食堂。 옥산서원(オクサンソ ゥオン)玉山書院 慶尚北道慶州市安康邑玉山里 1572年に李彦迪が設立。 【右の写真:H】 온달산성(オンダルサンソン)温達山城 忠清北道丹陽郡永春面 高句麗の山城。 온정(オンヂョン)温井 北韓江原道 長箭港から6kmの地点にあり、外金剛探勝の 拠点。 온정령(オンヂョンニョン)温井嶺 北韓江原道 金剛山の峰の一つ。 標高857m。 この峰を通る峠道は内外金剛山を繋ぐ唯一の貫通路で、106のカーブがある。 온혜(オンヘ )温恵 慶尚北道安東市陶山面 里名。 退渓の宗家がある。 올림픽공원(オルリムピクコンゥオン)オリンピック公園 そうるし松坡区芳荑洞一帯。 1988年にオリンピックが行われた場所を、その後、公園にしたもの。 옹천(オンチョン)甕遷 北韓江原道高城郡 東海岸の絶壁上を通る狭い間道。 鄭敾(정선)に「甕遷波濤図」がある。 와룡(ワリョン)臥龍 慶尚北道安東市 面の名。 臥龍米で知られる稲作地帯だが、最近はブドウ畑が増えている。 와수(ワス)瓦水 江原道鐵原郡 里名。 支石墓が残っている。 와우섬(ワウソム)臥牛島 北韓江原道高城郡 三日浦に浮かぶ4つの島の一つ。 横たわる牛の姿をしている。 왕궁평오층석탑(ワングンピョンオチュンソクタプ)王宮坪五層石塔 全羅北道益山市王宮面。 왕방산(ワンバンサン)旺方山 京畿道抱川郡青山面琴洞里 標高737m。 용강(ヨンガン)龍岡 北韓平安南道 郡名。 용곡서원(ヨンゴクソゥオン)龍谷書院 北韓平壌市郊外 龍岳山中にある。 17世紀の大学者鮮于浹(선우협)を祀った書院で、1656年建立、1713年再建。 용당(ヨンダン)龍堂 慶尚北道慶州市陽北面 里名。 용당(ヨンダン)龍塘 全羅南道木浦市 1963年に務安郡二老面より編入 した里名。 용당포(ヨンダンポ)龍堂浦 慶尚北道慶州市陽北面 文武王の散骨処・大王岩のあるところ。 용두산공원(ヨンドゥサンコンゥオン)龍頭山公園 釜山市 용문산(ヨンムンサン)龍門山 京畿道楊平郡竜門面 標高1157m。 용수사(ヨンスサ)龍壽寺 所在地? 1972年に発見された鳳亭寺の上棟文に「龍壽寺の大禅師笠曇が1363年に改修した」とある。 용악산(ヨンアクサン)龍岳山 北韓平壌市郊外 平壌の西12㎞にある山。 標高294m。 山上に法雲庵、麓近くに龍谷書院がある。 弄鶴山(농학산)ともいう。 용운(ヨンウン)龍雲 全羅南道康津郡大口面 里名。 沙堂里と並ぶ高麗青磁の原産地。 용장사지(ヨンヂャンサヂ)茸長寺址 慶尚北道慶州市内南面茸長里 三層石塔、谷石佛座像、磨崖如来像などが残る。 용주사(ヨンヂュサ)龍珠寺 京畿道華城市台安邑 華山の山麓にある寺で、正祖が父である思悼世子(荘祖)の墓を移して建てたもの。 용화산(ヨン ファサン)龍華山 全羅北道益山市 弥勒山(標高430m)の本来の名。 완도(ワンド)莞島 全羅南道 郡名。 道岩湾出口にある島名。 우동(ウドン)牛東 全羅北道扶安郡保安面 里名。 粉青沙器の 原産地。 1月15日には綱引きとソッテ立ての祭事が行われる。 우반동(ウバンドン)愚磻洞 全羅北道扶安郡保安面 우동(牛東)の別名。 운문사(ウンムンサ)雲門寺 慶尚北道清道郡雲門面新院里 560(眞興王2)年創建 寺名は高麗の太祖・王建が付けたもの。 운조루(ウンヂョル)雲鳥楼 全羅南道求禮郡土旨面五美里。 운흥사(ウヌンサ)雲興寺 全羅南道羅州市南平。 울소(ウルソ)鳴淵 北韓江原道淮陽郡 長安寺と表訓寺の間にある淵。 岩の間を流れる急流が人の泣き声のように聞こえることからついた名前。 金同居士と三人の息子の伝説が残る。 울진(ウルチン)蔚珍 慶尚北道 郡名、邑名。 웅신단(ウンシンダン)熊神壇 忠清南道公州市 百済時代の遺物と推定される石熊のレプリカを祀った祠堂。 通称熊祠堂。 웅진(ウンヂン)熊津 忠清南道公州市 洞名。 百済時代に都邑があったところ。 원수(ウォンス )源水 全羅北道益山市礪山面 里名。 원오(ゥオノ)元五 北韓平安南道平原郡徳山面 里名。 塑像仏像群が発掘された。 월남사지( ゥオルラムサヂ)月南寺址 全羅南道康津郡城田面月南里。 월봉산(ゥオルポンサン)月峯山 忠清南道禮山 (同名の山は他の土地にもある。 ) 월성나원리( ゥオルソンナゥオルリ)月城羅原里 慶尚北道慶州市見谷面羅原里 慶州一帯では最大規模の五層石塔がある。 월송정(ゥオルソンヂョン)越松亭 慶尚北道蔚珍郡平松邑月松里 関東八景の一つ。 월정사( ゥオルヂョンサ)月精寺 江原道平昌郡珍富面東山里 五臺山中にあり、韓国の五大眞身舎利処のひとつとされている。 월출봉(ゥオルチュルボン)月出峰 北韓江原道 金剛山中の峰。 標高1580m。 월출산( ゥオルチュルサン)月出山 全羅南道康津郡・霊岩郡。 標高809mの山および国立公園。 道岬寺、無為寺、月南寺址がある。 월하(ゥオルハ)月下 江原道鐵原郡鐵原邑 里名。 民統線内にある村。 위도(ゥイド)蝟島 全羅北道扶安郡蝟島面 美しい砂浜、林、奇岩奇石を誇る名勝地。 위천수(ゥイチョンス)渭川水 慶尚南道咸陽郡。 유경호텔(ユギョンホテル)柳京ホテル 北韓平壌市 普通江の河畔にある三角錐型高層ホテル。 105階建て。 유달산(ユダルサン)儒達山 全羅南道木浦市 標高228m。 유선여관(ユソンヨ ゴアン)遊仙旅館 全羅南道海南郡三山面 頭輪山の山麓にある伝統韓屋の旅館兼食堂。 【右の写真:H】 유점사(ユ ヂョムサ)楡岾寺 北韓江原道 金剛山中の寺。 유천(ユチョン)柳川 全羅北道扶安郡保安面 里名。 高麗時代の象徴である象嵌青磁の原産地。 유평국민학교(ユピョンクンミンハッキョ)油坪国民学校 慶尚南道山清郡三壮面油坪里 愛称「落ち葉国民学校」。 육십령고개(ユクシムニョンコゲ)六十嶺峠 慶尚南道咸陽郡西上面と全羅南道長水郡渓南郡の境界 標高734m。 육육봉(ユギュクポン)六六峰 慶尚北道奉化郡明湖面 清涼山の峰。 율곡사(ユルコクサ)粟谷寺 慶尚南道山清郡新等面粟峴里 大雄殿が宝物第375号に指定されている。 은산(ウンサン)恩山 忠清南道扶餘郡 面名。 은진(ウンヂン)恩津 忠清南道論山市 面名。 은해사(ウネサ)銀海寺 慶尚北道永川市清通面治日里。 을밀대(ウルミルデ)乙密臺 北韓平壌市 高句麗時代に築かれた平壌城の楼台。 戦時には望楼として、平時には亭子として使われた。 읍청정(ウプチョンヂョン)挹清亭 慶尚北道安東市臥龍面烏川里 文化財団地内の建物の一つ。 金富儀の亭。 응 복산(ウンボクサン)鷹伏山 江原道 襄陽郡と洪川郡にまたがる山。 標高1360m。 의성( ゥイソン)義城 慶尚北道 郡名および邑名。 의성탑리 ゥイソンタブニ)義城塔里 慶尚北道義城郡金城面塔里里 統一新羅初期の五層石塔が残っている。 이견대(イギョンデ)利見臺 慶尚北道慶州市陽北面龍堂里。 이목소(イモクソ)璃目沼 慶尚北道清道郡雲門面新院里 雲門寺極楽橋の下にあった沼。 海龍の璃目が住んでいたという。 이성산성(イソンサンソン)二聖山城 京畿道河南市の春宮洞、草一洞、広巌洞一帯 三国時代の石築山城遺跡。 이승복반공기념관(イスンボクパンゴンキニョム ゴアン)李承福反抗記念館 江原道平昌郡龍坪面路洞里。 이원(イゥオン)泥院 忠清北道報恩郡内北面 里名。 이천동석불상( イチョンドンソクプルサン)泥川洞石仏像 慶尚北道安東市泥川洞 破格的な高麗仏像。 映画『春夏秋冬、そして春』に効果的に使われている。 通称「燕飛院石仏」 【右の写真:F】。 이화령(イファリョン)梨花嶺 慶尚北道聞慶市と忠清北道槐山郡の境 国道3号が通っている。 이화여대(イファヨデ)梨花女子大 ソウル市西大門区新村洞。 익산미륵사지(イクサンミルクサ ヂ)益山弥勒寺址 全羅北道益山市金馬面箕陽里 武王(在位600~641)期の九層石塔がある。 인각사(インガクサ)麟角寺 慶尚北道軍威郡古老面華北里 一然法師の浮屠と碑が残る。 인사동(インサドン)仁寺洞 ソウル市 鍾路区 古美術街。 인수봉(インスボン)仁壽峰 ソウル市江北区牛耳洞 北漢山の峰。 標高804m。 인제군(インヂェグン)麟蹄郡 江原道 郡名。 인조대왕개마비(インチョデワンゲマビ)仁祖大王蓋馬碑 全羅南道潭陽郡古西面山徳里。 人集めのため当地を訪れた仁祖が馬をつないだ銀杏の木を示す碑。 인홍사(イノンサ)仁弘寺 大邱市達城郡瑜伽面。 일민미술관(イルミンミスル ゴアン)一民美術館 ソウル市鍾路区世宗路 1996年に金相万を記念して設立された。 일월산(イルオルサン)日月山 慶尚北道英陽郡日月面・青杞面 標高1219m。 일죽(イルチュク)一竹 京畿道安城市 面名。 일지암(イルチアム)一枝庵 全羅南道 海南郡三山面 大興寺内の庵 草衣和尚(1786年羅州に生まれる)の隠棲処。 임청각(イムチョンガク)臨清閣 慶尚北道安東市法興洞 1515年に建てられた固城李氏の大規模な両班邸宅。 【右の写真:F】 임하(イムハ)臨河 慶尚北道安東市 面名および里名。 임하댐(イムハデム)臨河ダム 慶尚北道安東市臨河面臨河里 半邊川上流18km地点にある多目的ダム。 1993年12月31日竣工。 【右の写真:F】 사간(サガン)司諫 ソウル市鍾路区 洞名。 사곡(サコク)舎谷 慶尚北道義城郡 面の名 大蒜、柿の特産地。 사당(サダン)沙堂 全羅南道康津郡大口面 里名。 高麗青磁の原産地。 사리원(サリゥオン)沙里院 北韓黄海北道 市名。 載寧平野の中心地で農畜産物の集積地。 사북(サブク)舎北 江原道旌善郡 邑名、里名。 かつては炭坑村として栄えた。 사비(サビ)泗沘 全羅南道 扶餘の古名。 사월(サゥオル)沙月 慶尚南道山清郡丹城面 里名。 綿花始培地が遺跡地として整備されている。 사자사지(サ ヂャサヂ)獅子寺址 全羅北道益山市。 산동(サンドン)山洞 全羅南道求禮郡 面名。 산정호(サンヂョンホ)山井湖 京畿道抱川郡雲川里 近年になって名所になった。 산천재(サンチョンヂェ)山点斎 慶尚南道山清郡矢川面糸里 徳川の川辺にある南冥・曺植の書斎だったところ。 土壁に古い壁画が残る。 살수대첩(サルスデチョプ)薩水大捷 中国遼東半島 大洋河の支流。 삼가(サムガ)三嘉 慶尚南道陜川面 里名。 삼랑진(サムナンヂン)三浪津 慶尚南道密陽市 邑名。 삼릉계(サンヌンケ)三陵渓 慶尚北道慶州市拜洞 石佛座像がある。 삼부연폭포(サムブヨンポッポ)三釜淵瀑布 江原道鐵原郡。 삼불암(サムブラム)三仏岩 北韓江原道金剛山中 長安寺と表訓寺の間にある三角錐の岩で、高麗末の退廃した世相を反映した三体の磨崖仏彫刻が彫られている。 삼산벌(サムサンボル)三山原 全羅南道海南郡三山面 藘嶺山脈の外れ、頭輪山の麓にある盆地。 삼선암(サムソナム)三仙巌 北韓江原道金剛山中 万物相の入り口近くにある三つの奇岩。 卞寛植(변관식)がここを題材にして「外金剛三仙巌秋色」を描いている。 삼소재(サムソヂェ)三素齋 慶尚北道安東市豊山邑素山里 先安東金氏の宗宅。 삼일포(サミルポ)三日浦 北韓江原道高城郡 周囲8km、深さ9~13㍍の湖で、なだらかな峰峰に囲まれた名勝地。 湖の真ん中に、ここを訪れて三日間遊んだ花郎たちがその名を岩に刻んだという「丹書岩」がある。 삼장(サムヂャン)三壮 慶尚南道山清郡 面名。 삼장사지(サムヂャンサヂ)三壮寺址 慶尚南道山清郡三壮面 三層の石塔のみが残る。 삼전도(サムヂョンド)三田渡 ソウル市松坡区石村洞 漢江の船着き場だったところ。 丙子胡乱の折に仁祖が膝を屈して降参した所。 現在は「石村古墳公園」に吸収されている。 삼척(サムチョク)三陟 江原道 日本海(東海)に面する都市。 삼청각(サムチョンガク)三清閣 ソウル市 鍾路区三清洞 三清閣公園内のホテル。 삼풍백화점(サムプンペッ クファヂョム)三豊百貨店 ソウル市瑞草区 1995. 30に崩壊事故を起こし500余名の死者を出した。 삼향면(サムヒャンミョン)三郷面 全羅南道務安郡 草衣和尚の頃(18世紀)は羅州域内。 삼화령(サム ファリョン)三和嶺 慶尚北道慶州市 南山の峠。 ここにあった童子仏(生義寺彌勒三尊)は現在慶州博物館に陳列されている。 삼화묵장(サムファムクチャン)三和牧場 忠清南道瑞山郡雲山面、海美面一帯 金鍾泌が手がけた総面積638万坪の牧場。 삽교천(サプキョチョン)挿橋川 忠清南道 洪城郡の烏棲山に発して北流し、牙山湾に注ぐ川。 全長61km、流域面積1619㎢。 상갑(サンガプ)上甲 全羅北道高敞郡雅山面 里名。 三韓時代辰国の支石墓群がある。 상대온천(サンデオンチョン)上大温泉 慶尚北道慶山市。 상등봉(サンドゥンボン)上登峰 北韓江原道 金剛山中の峰。 標高1229m。 상림공원(サンニムコンゥオン)上林公園 慶尚南道咸陽郡 6万5千坪の土地に100四種の闊葉樹が植えられている人工林。 新羅の眞聖女王時代に崔致遠が造林したもの。 상봉산(サンボンサン)上峰山 仁川広域市江華郡 花崗岩の産地。 標高316m。 상원(サンゥオン)祥原 北韓平壌市 郡名。 旧石器時代の遺跡が残る。 상원동계곡(サン ウオンドンケコク)上院堂渓谷 北韓平安南道妙香山中 数多くの滝、上院庵、引虎臺などの名所がある景勝地。 상원사(サンゥオンサ)上院寺 江原道平昌郡珍富面東山里。 상주(サンヂュ)尚州 慶尚北道 市名。 서계서원(ソゲソゥオン)西渓書院 慶尚南道山清郡。 서라벌(ソラボル)徐羅伐 慶尚北道 慶州一帯をさす古くからの地名。 서산(ソサン)瑞山 忠清南道瑞山市雲山面龍賢里 百済の武王期に制作された磨崖三尊仏像がある。 서석지(ソソクチ)瑞石池 慶尚北道英陽郡立岩面蓮塘里 朝鮮時代における民間の蓮塘庭園の最高傑作。 鄭榮邦が造成。 【右の写真:F】 서포항(ソポハン)西浦項 北韓咸鏡北道先鋒郡屈浦里 青銅器層の下から新石器層が出土、さらにその下から旧石器遺跡が発見された。 서하당(ソハダン)棲霞堂 全羅南道潭陽郡南面芝谷 甑岩川の川辺にある堂。 金成遠が住み、湖南歌壇の名士が集ったところ。 서해(ソヘ)西海 韓国西側の海 黄海ともいう。 석굴암(ソックラム)石窟庵 慶尚北道慶州市進峴洞吐含山中 8世紀新羅景徳王時代建立。 本尊は純白の花崗岩製釈迦如来座像。 석남사(ソンナムサ)石南寺 慶尚北道蔚山市 蔚州郡上北面 迦智山中にある寺。 創建は824年。 석성(ソッソン)石城 忠清南道扶餘郡 面名。 석보(ソッポ)石保 慶尚北道英陽郡 面名。 作家李文烈の故郷。 석불사(ソップルサ)石佛寺 慶尚北道慶州市進峴洞吐含山中 一般に石窟庵と 呼ばれている。 석빙고(ソッピンゴ)石氷庫 慶尚北道慶州市仁旺洞 新羅時代の氷貯蔵庫。 석사리재(ソクサリ ヂェ)束沙里峠 江原道平昌郡龍坪面束沙里 嶺東高速道路の途中にある峠。 석왕사(ソグワンサ)釈王寺 北韓江原道安邊郡雪峰山 李成桂が朝鮮王朝建国前に建てた寺。 석장리(ソッチャンニ)石壯里 忠清南道公州市長岐面 錦江の北岸にある旧石器時代の遺跡地。 석천정사(ソッチョンヂョンサ)石泉精舎 慶尚北道奉化郡奉化邑酉谷。 석촌(ソッチョン)石村 ソウル市松坡区 洞の名。 もとの名はトルマウルもしくはトルマリ。 百済時代、支配層の共同墓地だったところ。 現存するのは8基のみ。 一帯は「石村洞古墳公園」になっている。 선덕여왕릉(ソンドクヨワンヌン)善徳女王陵 慶尚北道慶州市普門洞 善徳女王(在位632~646、真平王の娘)の陵。 선림원지(ソルリムゥオンヂ)禅林院址 江原道襄陽郡西面黄耳里 弘覺禅師浮屠などが残っている。 선방곡(ソンバンゴク)禅房谷 慶尚北道慶州市 古新羅時代の三尊仏がある。 선산(ソンサン)善山 慶尚北道亀尾市 邑名。 선수대교(ソンスデキョ)聖水大橋 ソウル市 城東区聖水洞と江南区狎鴎亭洞をつなぐ橋。 1979年竣工。 선암사(ソナムサ)仙巌寺 全羅南道順天市昇州邑。 【右の写真:H】 선암서원(ソナムソ ゥオン)仙巌書院 慶尚北道清道郡錦川面薪旨里 1568年に梅田面東山洞に立てたものを577年に移築。 선운사(ソヌンサ)禅雲寺 全羅北道高敞郡雅山面三仁里 577年黔丹によって創建された百済の古刹。 磨崖仏から出てきた「秘機」が丁若鏞 の『牧民心書』だったという伝説がある。 선원전(ソン ゥオンヂョン)璿源殿 朝鮮時代に太祖以下の王と王后の御真影を奉安した建物。 선월사(ソヌゥオルサ)禅月寺 京畿道江華郡。 설악산(ソラクサン)雪岳山 江原道 最高峰の標高1708mの連峰。 설월당(ソルゥオルダン)雪月堂 慶尚北道安東市臥龍面烏川里 文化財団地の韓屋の一つ。 金富倫の四阿。 섬진강(ソム ヂンガン)蟾津江 求礼、谷城、南原に沿って流れる川。 성불사(ソンブルサ)成佛寺 北韓黄海北道沙里院市廣城里 正方山にある寺。 898年道詵国師の創建とされる。 성수대교(ソンスデキョ)聖水大橋 ソウル市 城東区聖水洞と江南区押鴎亭洞を結ぶ橋。 1994. 21に崩壊し32名の死者を出した。 성주사지(ソンヂュサ ヂ)聖住寺址 忠清南道保寧市聖住面聖住里 禅門九山の一つ。 百済時代の創建。 세브란스병원(セブランスビョンゥオン)セブランス病院 ソウル市江南区 ソウル大付属病院。 세종호텔(セ ヂョンホテル)世宗ホテル ソウル市中区忠武路2街。 소광(ソ ゴアン)召光 慶尚北道蔚珍郡西面 里名。 春陽木で知られる。 소백산(ソベクサン)小白山 忠清北道 ・慶尚北道 標高1439m。 소산(ソサン)素山 慶尚北道安東市 豊山邑 里名。 安東金氏の同姓集落。 소쇄원(ソセウォン)潚灑園 全羅南道潭陽郡南面芝谷里 梁山甫(1503~1557)が造営した園林。 1400坪。 소수서원(ソスソ ウ オン)紹修書院 慶尚北道榮州市順興面内竹里 1543年に周世鵬が建てた韓国最初の書院。 소양(ソヤン)所陽 全羅北道完州郡 面名。 소주방(ソヂュバン)焼厨房 朝鮮時代に宮中の料理を調理した所。 소호헌(ソホホン)蘇湖軒 慶尚北道安東市一直面望湖里 朝鮮中期の別堂書室建築。 속리산(ソンニサン)俗離山 忠清北道・慶尚北道 標高1058m。 속초(ソクチョ)束草 江原道 市名。 송광사(ソン ゴアンサ)松廣寺 全羅南道順天市松 広面新坪里 韓国三大名刹の一つ 高麗時代に16人の国師を輩出。 【右の写真:H】 송국(ソンクク)松菊 忠清南道扶餘郡草村面 里名。 百済時代の青銅器遺物が見つかっている。 송도(ソンド)松都 北韓 高麗の首都。 現在の開城市。 송산리고분공원(ソンサルリコブンコンウ オ ン)宋山里古墳公園 忠清南道公州市 武寧王陵がある。 宋山は旧里名(現錦城洞)。 송야천(ソンヤチョン)松夜川 慶尚(北道安東市 金渓付近を流れる小川。 慶北線(かつて金泉と安東を結んでいた鉄道)鉄橋の橋脚が廃墟として残っている。 송천(ソンチョン)松川 江原道 発旺山から発し九切里へと流れる川。 一名臨渓川。 송호서원(ソンホソウ オン)松湖書院 慶尚南道咸陽郡。 수곡(スゴク)水谷 慶尚北道安東市臨東面 里名。 地元ではムシルと呼ぶ。 수다사지(スダサヂ)水多寺址 江原道平昌郡 慈蔵法師が晩年に建てて住んだ寺の敷地址。 수덕사(スドクサ)修徳寺 忠清南道禮山郡徳山面斜川里。 수라관(スラカン)水刺館 朝鮮時代に宮中の料理を整えた所。 調理を行った所は焼厨房。 수산리벽화무덤(スサンニピョ クファムドム)水山里壁画古墳 北韓南浦市江西区。 수석사(スソクサ)水石寺 忠清南道公州市反浦面 鶏龍山にある寺。 수성당(スソンダン)水聖堂 全羅北道扶安郡邊山面格浦里 西海の守護神「開洋ハルミ」を祀る祠。 수원사지(スウ オンサヂ)水源寺址 忠清南道公州市 『三国遺事』の花郎の弥勒仙花思想について述べた件に出てくる由緒のある寺。 수애당(スエダン)水涯堂 慶尚北道安東市臨東面水谷里。 指定文化財韓屋。 수정봉(スヂョンボン)水晶峰 北韓江原道 高城郡 金剛山の入り口温井里の裏山で、外金剛名勝区域の一つ。 標高773m。 수정전(スヂョンヂョン)修政殿 ソウル市景福宮内。 訓民正音の作られた集賢殿のあった所。 世祖時代には藝文館として使われ、興宣大院君時代に復元され、修政殿という名で便殿として使われた。 수종사(スヂョンサ)水鐘寺 京畿道楊平郡楊西面両水里 正祖時代に制作された金銅仏がある。 순안(スナン)順安 北韓平安南道 平壌の北方にある市。 순창(スンチャン)淳昌 全羅北道 郡名および郡庁所在地名。 순천(スンチョン)順天 全羅南道 市名。 순화강(ス ヌファガン)順和江 北韓平壌付近。 순흥(スヌン)順興 慶尚北道榮州市 面名。 숭복사(スンボクサ)崇福寺 慶尚北道慶州市外東邑。 승가사(スンガサ)僧伽寺 ソウル北漢山 승안사터(スンアンサト)昇安寺址 慶尚南道咸陽郡 三層石塔と石造如来像が残っている。 승일교(スンイルキョ)昇日橋 江原道鐵原郡 朝鮮動乱中に平安南道で行方不明になった朴昇日連隊長にちなんだ名称。 승주(スンヂュ)昇州 全羅南道順天市 邑名。 시목동(シモクトン)枾木洞忠清南道公州市反浦面馬岩里 百済時代の石室墓が見つかっている。 시천(シチョン)矢川 慶尚南道山清郡 面名。 息影亭全羅南道潭陽郡南面芝谷 甑岩川の川辺、切り立った崖の上にある亭子。 1560年に金成遠が岳父である林億齢のために造ったもの。 신계(シンゲ)新渓 慶尚北道義城郡玉山面 里名。 신계사지(シンゲサヂ)神渓寺址 北韓江原道 外金剛山にある新羅後期(9世紀)の寺址。 3層石塔は金剛山三古塔のひとつ。 正祖が1789年に思悼世子の霊魂を祀るために御香閣を建てた寺。 신당동(シンダンドン)新堂洞 ソウル市中区。 신륵사(シルルクサ)神勒寺 京畿道驪州郡北内面川松里。 신수(シンス)新水 慶尚北道義城郡安寺面 里名。 신원(シヌゥオン)新院 慶尚北道清道郡雲門面 里名。 신의주(シヌイヂュ)新義州 北韓平安北道 道庁所在地。 신촌(シンチョン)新村 全羅南道羅州市潘南面 里名。 신태인(シンテイン)新泰仁 全羅北道井邑市 邑名、里名。 신흥(シヌン)新興 全羅南道海南郡三山面 里名。 실상사(シルサンサ)實相寺 全羅北道南原市山内面立石里 佛国寺釈迦塔を模した9世紀の石塔がある。 쌍계사(サンゲサ)雙磎寺 慶尚南道河東郡花開面雲樹里 蟾津江の川辺、智異山の山麓にある名刹。 曺渓宗第13教区の本寺。 쌍기둥(サンキドゥン)雙楹塚 北韓平安南道南浦市龍岡邑 壁画古墳群が残っている。 쌍봉사지(サンボンサヂ)雙峰寺址 全羅南道和順郡梨陽面甑里。 박곡(パッコク)朴谷 慶尚北道安東市臨東面 里名。 地元ではパクシルという。 박연폭포(パギョンポッポ)朴淵瀑布 北朝鮮開城市 朴淵里 高さ20m。 滝の下に直径40mの淵がある。 紅葉が絶景。 박지산(パッチサン)博芝山 江原道平昌郡 五臺川沿いの山。 標高1391m。

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