芥 正彦。 【3/20】トークイベント「前衛と現代」ゲスト:芥正彦 聞き手:中島晴矢

【芥正彦】プロフィール(年齢・ツイッター・映画・ドラマ)

芥 正彦

討論が行われたのは1969年5月、有名な「安田講堂陥落」の約4カ月後、そして自衛隊市ヶ谷駐屯地(現・防衛省本省)での三島の割腹自殺の約1年半前のことだ。 「世界的な文豪の三島を論破して立ち往生させ、舞台上で切腹させる」と意気込んで東大駒場キャンパス900番教室に集った学生が1000人に上る中、三島はたった一人で乗り込んだ。 「そんなゴジラvsキングギドラみたいな対決があったなんて!」と衝撃を覚えていたら、今年3月20日から総勢13名の当事者・識者の解説が加えられた劇場作品として公開されるという。 映画館には三島由紀夫ファンはもちろん、リベラル・左派的な価値観の人も多く訪れるだろうが、本作は「口汚く罵り合うだけの左翼も右翼も大嫌い!」という人にこそ観てほしい作品だと感じた。 実際、全共闘側は終始三島をボロクソに罵っているのだが、三島はユーモアも交えながら自分の言葉を切り返す。 その堂々とした姿に思わず「三島先生」と口走ってしまう学生も登場し、討論は意外にも理性的なムードで進んでいる場面も多く、SNSではなく対面だからこその「罵り合い」ではない、「対決」の息遣いが感じられる。 「この作品を2020年に観ることにどんな意義があるのか」というテーマを中心に、本作の監督・プロデューサーに話をうかがった。 聞き手・文:神保勇揮 写真:赤井大祐 豊島圭介 1971年静岡県浜松市生まれ。 東京大学在学中のぴあフィルムフェスティバル94入選を機に映画監督を目指す。 卒業後、ロサンゼルスに留学。 AFI監督コースを卒業。 帰国後、篠原哲雄監督などの脚本家を経て2003年に『怪談新耳袋』(BS-TBS)で監督デビュー。 以降映画からテレビドラマ、ホラーから恋愛作品まであらゆるジャンルを縦横無尽に手掛ける。 映画は『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』(10)、『ソフトボーイ』(10)、『花宵道中』(14)、『ヒーローマニア-生活-』(16)、『森山中教習所』(16)など。 刀根鉄太 富山県生まれ。 東京大学卒業後、TBSに入社。 主なプロデュース作に、『スマホを落としただけなのに』(18)、『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~』(19)。 三島由紀夫の映像がTBSの中にいっぱいあると。 こうした映像が各テレビ局にふんだんにあるわけではなくて、TBSにこの討論を含めて4時間を超える「三島に関する映像」があり、討論に関しては90分程の素材がありました。 2年ちょっと前ですかね。 そうした中でちょうど去年、討論本編の約80分のフィルム原盤も見つかって、実際に観てみると、内容にわからない部分があっても当時の臨場感がリアルに伝わってきて、面白くて仕方なかったんです。 加えて2020年が三島由紀夫の没後50年ということで、証言者の皆さんも「節目だから話そう」と思ってくれるかもしれないという期待もありました。 加えて、僕と豊島監督は東大の同学年同士だったんですよ。 知り合ったのは仕事を始めてからですけど、まだ50歳にはなっていない、それどころか当時生まれてすらいなかった自分たちが、50年前の素材を引き継いで下の世代に渡していくみたいな意識もやはりありました。 豊島:話を持ちかけられた時は冗談だと思いました(笑)。 僕自身、これまで一生懸命政治や学生運動について考えたことはありませんでしたし。 ただ、あさま山荘事件についてはトピックとしても面白いですし、我々の親世代の監督たちも映画をたくさん作ってきましたよね。 あさま山荘事件』(02年)、若松孝二『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08年)がありました。 豊島:ええ。 完成には至っていませんが、さんが1980年代からずっと連合赤軍ものの映画を構想していて、僕も長谷川さんの下でシナリオ作りをしたことがあったんです。 その時に連赤については一通り勉強したんですけど、その直前にあった学生運動のことはよく知らなくて。 これも一つの日本の大きな歴史的なムーブメントですから、そのことを一生懸命調べてみてもいいかなというのはきっかけとしてありましたね。 ただ、三島由紀夫にしろ全共闘にしろ、関わっていた存命の方も多いし、僕なんかよりその人物・出来事をよく知る人たちがいくらでもいる。 そんな中でやらなきゃいけないというのは、ある種の恐怖ではありますよね。 刀根:二人で打ち合わせをしていた時に「(識者・当事者に)教えてもらうスタンス」というワードがでてきて、「これだ」と。 もちろん、僕らもたくさん勉強して準備はしてきましたが。 難解な議論を、スポーツ実況解説のように読み解く 豊島:討論の90分の映像を観ているだけだと、やっぱり言っていることのすべては分からないわけです。 語彙のボキャブラリーもそうだし、当時の時代背景や文化も観客全員が知っているわけではないですし。 特に東大全共闘側で三島と鋭く舌戦を繰り広げた芥正彦さんはすごい。 写真左が芥正彦氏。 豊島:そうですよね。 彼の発言に触れると最初は人の揚げ足を取るとか、言葉でもって目くらましするというようにもみえてしまうんですけど、ご本人に直接会って話を聞くと、やはり彼の言いたいことは一貫しているということがわかるんです。 僕の理解としては「芸術家として何を信じるべきなのか」という話を、ずっとしていたんだと思いました。 刀根:していましたね、芥さんは。 写真左は今でも比較的手に入りやすい、討論の妙録本『美と共同体と東大紛争』(KADOKAWA)、写真右は討論から30年後に、本作にも出演した東大全共闘メンバーが中心となって当時を振り返る『三島由紀夫vs東大全共闘 1969-2000』(藤原書店)。 こちらはやや入手困難 豊島:三島と芥さんの育ちや文化的背景はもちろん違うので、共有するボキャブラリーはないはずだけど、三島は芥さんの話を必死に聞いている。 で、必死に自分のことに置き換えて会話していくという、あの感じをある時に自分でもやっと理解できたんです。 それで「やっとこのフィルムの意味が分かったな」と思って。 要するに、「これはコミュニケーションの在り方の一つの美しいサンプルである」みたいなことがだんだん見えてくる瞬間があって、そういう発見に至るまでの間、分からないことを教えてもらうという旅みたいな感じではありましたね。 例えば「三島は『天皇を天皇と諸君が一言言ってくれれば、私は喜んで諸君と手をつなぐのに』と発言していましたが、これは全共闘に対して反米という観点ではシンパシーを感じていたからなんです」というような解説に「なるほど!」と思ったりですとか。 スポーツの実況解説のような感じで、本当にわかりやすかったです。 刀根:そう捉えていただけると嬉しいですね。 あれは豊島監督の見事な仕事です。 当初は全編で3時間、4時間のバージョンもあったんですが、なるべく観客が実際にあの場にいるように感じられる臨場感を殺さないよう、苦心して編集してくれました。 スポーツで思い出したんですけど、豊島監督との打ち合わせで、僕が大好きな『モハメド・アリ かけがえのない日々』(1996年)というドキュメンタリーの話をしましたよね。 1974年のという、アリが当時のヘビー級チャンピオン、ジョージ・フォアマンに劇的なKO勝利を収めた試合を描いたものです。 豊島:そうだそうだ。 確かにしていましたね。 刀根:時々、すごい迫力がありましたよね。 豊島:そうそう。 取材をしていても「俺のことはどうでもいい。 とにかく三島先生のことを勘違いしてくれるな。 君たちにそれだけは託したよ」と皆から本気で言われました。 試写会で会った時に「本編で使えなかった取材のシーンがあってすみません」と謝りつつ映画の感想を聞いたら「先生が生き生きと映っていたからそれでいいんだ」ということをおっしゃっていた。 刀根:「もう一回、生きている三島先生に会えた」ということもおっしゃっていましたね。 豊島:僕らとしては複雑で難解な討論のガイドブックのようなものをまずは作ろうと思ったし、加えて三島の死後50年の今、我々が映画を作る意味として、今につながる何か道しるべみたいなものが作れないかと思ってひとまずの結論を描きました。 なので必ずしも僕らが意図はしていなかった部分もあるんですが、彼らのリアクションを見て「我々がしたのは、ある種50年後に三島由紀夫を生き返らせる作業だったんだな」という発見もありました。 この作品を多くの人に観てもらいたいと思う一方で、そもそも「政治的な事柄に興味を持つ」ということ自体が周囲にバカにされるということが結構ありますよね。 そうした現代において、火花を散らしながらの「政治的討論の舌戦」を幅広い層の人に観てもらうために、どんな風にこの作品の魅力を語れば良いのかなと。 刀根:確かに、僕らぐらいの世代が、逆に一番嫌っていたような気がしますね。 学生運動とか。 豊島:そうですね。 カッコ悪いと思っていましたからね。 刀根:思っていましたね。 僕がTBSに入社した当時は、まだ学生運動をやっていた上司がいて「あの人の前で学生運動の話だけはするな。 本気で議論を吹っかけられるし、お前ごときが絶対にかなわない」と先輩から言われたこともありました。 それを「へえ~」と言ってポカンと聞いていたような、ある種遠ざかっていた感じがあったので、逆にもっと下の世代の方が真剣に考えているなと感じることが多いですね。 働き盛りの40~50代、ましてやスーツ姿の人はほぼ見かけません。 確かに仕事に子育てにとある中で、皆が平日の18時、19時にそうした場に行けるわけじゃないというのは十分わかるんですが。 豊島:そのあたりは世代的なものもちょっとありそうですね。 僕らの親の世代がまさに学生運動世代で、卒業してからの姿をたくさん見てきたので。 例えば僕のおじは法政大学で学生運動をやってきたけど、「なんにもならなかった」と言って田舎に帰ってきて印刷屋になったという人でした。 あとは元全共闘の小阪修平さん(2007年に亡くなっている)は僕の浪人時代、駿台の小論文の先生だったりして、当時みんなが指を差して、「小阪は全共闘崩れなんだ」と言っていたわけです。 そういう人たちが他にもたくさんいた。 僕自身も「闘って負けた人たちは予備校の先生になるのか」みたいなイメージも正直なところあって。 だから我々は一番、「自分が何をしても変わらないんじゃないか」というしらけムードみたいなものを共有しちゃった世代なのかなとも思いますね。 刀根:働く前は「バブルだ、バブルだ」「別にいいんだ、闘わなくても」と言われていた。 豊島:快楽だけを求めるという。 刀根:そう思って会社に入ったら、バブルが終わったっていうね(笑)。 豊島:いや、僕は『パラサイト 半地下の家族』みたいな生活でしたよ(笑)。 そうした冗談はさておき、例えば今の香港のデモと当時の学生運動が似て見えるところがあるとすれば「あからさまな分かりやすい、強大な敵がいる」ということだと思うんです。 去年の年末にという全国の全共闘・学生運動参加者の450超のアンケートをまとめた大著が出たんですけど、その出版記念パーティに参加させてもらったんですよ。 その場で東大のビラ研究部だという20代の子と元全共闘メンバーの対談コーナーがあって「どうして参加したんですか?」と彼が聞いたところ「分かりやすい敵がいたんだよ」「楽しかったんだ」と答えていて、要するに燃えるんだと。 ただ全共闘は特に有名な東大闘争なら医学部学生・研修医の待遇改善を訴えていたり、日本大学では大学上層部が入学金や授業料などの一部を着服して裏金として使っていたということへの抗議で始まったりと、今で言うところの「医学部入試での女性差別問題」「英語入試改悪問題」などへの抗議に近い性質があったと思います。 豊島:確かに、テレビで流れるのは安田講堂での学生と機動隊との殴り合いだけですし、そこの事実関係というか歴史の流れは、興味がない人はほとんど知らないですよね。 今でいえば「女性だというだけで医学部入試の点数が引かれてたらそりゃ怒るよね」みたいな感じといいますか。 豊島:そうですね。 当時の学生たちには「戦後民主主義の理念の下に蝶よ花よと育てられてきたけれども、まさに今ベトナムで人が殺されている時に俺たちは東大に安穏と通っていていいのか」という不安みたいなものが世代的に共有されていて、僕らの時はたぶんそれが無かった。 けどSEALDsの子たちをなんか見ていると、またそうした若者が出てきたのかなとも思ったりします。 豊島:「この討論を2020年に観る意義」という話の続きをすると、三島は討論開始直前のスピーチで「私は暴力を肯定する。 ただしそれは合法的にではなく非合法に行う、つまり何かの目的を達成するために人を殺した時は、おまわりさんに捕まる前に自決でも何でもして死にたいと思っている」という趣旨の発言をし、「私と君たちが共有するのは暴力の肯定である」と言うところから話を始めるわけです。 どういうかたちで「暴力を肯定する」と言っていいか分からないんです、僕は。 三島は最後の方で「私は諸君の熱情は信じます。 これだけは信じます。 他のものは一切信じないとしても、これだけは信じるということはわかっていただきたい」と発言します。 決して揚げ足を取らず、とにかく必死に聞いて理解して必死に返すという、三島のあのコミュニケーション形式とか言葉を大切にする姿勢は50年後の今、本当に観る意義があるなと思っていて。 それこそ国会の空転する議論を聞くにつけ、あの場にいる全員にDVDを差し上げたくなる。 バレたところで悪びれもしないですし、有権者も「社会なんてどうせそんなもんだろ」と諦めて誰も信じなくなっただけでなく、それを批判する人をあげつらうのが「俺たちは青臭い、できもしない理想論なんか唱えない。 世界のリアルをわかってる大人同士だよね」と確認し合うサインのようなものになってしまって久しいようにも感じます。 豊島:「言葉」というものに関してよく覚えているのが3. 11の原発事故のことで、政府や東電は「メルトダウンしていない」とずっと言っていたけれど実際はウソで、3月14日にはメルトダウンしていたことがわかっていたにも関わらず、その後2カ月ぐらい隠蔽していた。 その時「終わったな…」と強く思ったんです。 だからこそ、この作品の現代的な意味みたいなことを考えるにあたって、事象として起こるデモとか警察との衝突よりも、三島が討論の最後の最後に「私がその言葉を、言霊をとにかくここに残して私は去っていきます。 そして私は諸君の熱情は信じます」と語り、900番教室では暴力の衝突でなく対話ができるかもしれないという可能性を捨てなかったこと、そのことに意味があるんじゃないかと思ったんです。 刀根:みんなで考えたキャッチコピーですけど、「圧倒的熱量を、体感。 」という、とにかく体感してくださいと。 文字だけじゃなくて、4Kでリマスターした映像を大スクリーンで映すと三島の熱もより直接的に伝わると思いますし、表情の小さな揺れとか、タバコの煙のもくもくとした空気感まで全部がフィルムに収まっています。 10分ぐらいしか撮れないフィルムを何本も何本も回して、百分弱の素材を残してくれている。 しかもクリアに音声を録って、照明もきっちり当ててというところで、昔の人たちも捨てたもんじゃないよと。 本当に歴史的価値があるものだし、普通のテレビでは流せないような過激な一面もあるので、テレビ局員としては「最近のテレビはつまんねえな」と思っている人には「テレビ局の素材としてこういうものもあるんだよ」というのをぜひ見てもらいたいと思いますね。 豊島:韓国映画を観ていると、「日本の俳優の顔が負けているな」といつも思うんですね。 濃厚な俳優の顔をした俳優たちがいっぱい出てくるので。 でも、例えば『仁義なき戦い』を見ると濃いおじさんたちがいっぱいいて、日本でもそれに引けを取らない人たちが映っていた。 でも、それは50年後の日本でも本当は変わっていないはずで、この映画では解説役としてそこそこの年齢を刻んだ濃いおじさん・おばさんたちがいっぱい映っている。 その人たちを見に来るだけでもすごく面白いんじゃないかというふうに思いますね。 カッコいいから体感してみてほしい。

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芥正彦の子供は娘?天才と呼ばれた男の現在は

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三島を追いつめる芥正彦 1969年5月13日。 東大駒場キャンパス900番教室。 東大全共闘が作家の三島由紀夫を招いて公開討論会を開いた。 この年の1月には、全共闘と機動隊との間で安田講堂攻防戦が展開され、東大入試は中止。 翌年の11月25日には、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で三島が割腹自殺。 まさに激動の時代の真っただ中で行われた歴史的イベントだった。 本作は、この伝説的討論会を記録した秘蔵フィルムに、当時の全共闘メンバーや楯の会1期生、識者らの証言、解説を加えて構成したドキュメンタリーである。 何と言っても、TBSが撮影したという討論会の映像が面白い。 三島の冒頭スピーチを受け、司会の木村修が質問し、三島が答える形で進行。 論敵の三島をつい「三島先生」と呼んでしまう木村が慌てて弁解する姿に、会場からどっと笑いが起こる。 その後、討論は盛り上がりを欠き、欠伸が出そうな時間が流れかける。 空気を変えたのが、芥正彦だ。 自分の子だろうか、赤ん坊を肩車し、討論を見守っていた長髪の男。 突然、議論に割って入るや、それまでの発言者とは全く役者が違うところを見せつける。 「あなたは日本がなければ存在しない人間」。 「ぼくの祖先は日本にもどこにも見つからない」。 そんなちょっとトリッキーな表現で三島の限界を突くと、返す言葉を探しあぐねた三島が、テーマを変えて自分のペースに引き込もうとする。 しかし、芥はことごとく論駁する。 すると三島は苦しまぐれに問題をすり替え、そこをまた芥が突く。 間髪を入れず、難解な哲学用語を駆使し、精緻な論理を組み立てる芥。 全共闘きっての論客相手に、文豪・三島が苦戦する。 論理で畳みかける芥に、最後は防戦一方の三島。 ついに芥は「もう俺帰るわ、退屈だから」という捨て台詞を吐き、会場を去ってしまうのである。 当時、芥は全共闘でオルグ活動をする傍ら、前衛劇団を主宰していた。 言葉に攻撃力、説得力があるのも頷(うなず)ける。 現在も演劇や舞踏の世界で活躍する芥は、討論参加者の一人として、今回撮影されたインタビュー映像にも登場し、相変わらず切れ味鋭いコメントを発している。 討論会は「右と左の議論ではなかった」と、芥は振り返る。 「三島は既成の右翼が全部アメリカ万歳になったことに怒り、真の独立性を目指す全共闘と一緒にやってもいい」と考えていたと言うのだ。 「では共通の敵とは何だったのか?」との問いに「あやふやで猥褻な日本国」と即答。 割腹事件についてはどう思ったのか。 「何か演説している、鉢巻きして。 また馬鹿やってるなと思った。 その後、死んだって。 あ、ついにやった、よかった、よかったと思った」 「よかった。 よかった?」と訊かれると、「だってさ、大願成就じゃない。 一世一代の大芝居を打ったんだ」。 全共闘は敗北したと言われている。 インタビュアーがその点にふれると、「知らないよ、そんなこと。 君たちの国ではそういうふうにしたんだろうが、俺の国ではそうなっていない」 51年前、「ぼくの祖先は日本にもどこにも見つからない」と言い放った芥の面目躍如たる発言だ。 全共闘の魂は今も生きているのだ。 『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』(2020、日本) 監督:豊島圭介 出演:三島由紀夫、芥正彦、木村修、橋爪大三郎、篠原裕、宮澤章友、原昭弘、椎根和、清水寛、小川邦雄、平野啓一郎、内田樹、小熊英二、瀬戸内寂聴 ナレーション:東出昌大 2020年3月20日 金 より、TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー。

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芥 正彦

現在の芥正彦史 フランスのオランド大統領が、「これは戦争だ」と議会で演説していた。 フランスは決してテロに屈しない。 闘う!と宣言した。 聞いていた議員は全員立ち上がって、大統領に拍手した。 そして、突然、皆が国歌を歌いだす。 大統領も歌う。 「自然の流れ」の中で、感極まって一人が歌い出すと、それにつれて皆も歌い出す。 あっ、こんな光景を私も前に見たな、と思った。 2003年だ。 フランスの国民戦線30周年記念大会に招待されて、一水会の木村代表と2人で、フランスのニースに行った。 ルペン党首(今の党首のお父さん)が2時間以上の大演説をしていた時だ。 大熱弁だ。 話してる途中で、感極まって、国歌を歌い出す。 その瞬間、全員が立ち上がり、斉唱する。 勿論、私も歌った。 そして、座席の前にあったフランスの国旗の小旗を打ち振った。 椎根和さん と同時に、「日本では無理だろうな」と思った。 日本では、堅苦しく考えるからか。 演説の途中で歌をうたうなんて(たとえ国歌でも)、不謹慎であり、不真面目だと思われるのだろう。 では、三島ならどうか。 いや、三島でもやらなかったし、どんな場合でもやらなかっただろう。 三島は市ヶ谷で演説し、その後、天皇陛下萬歳をやり、そのあと自決した。 演説の前後に、あるいは演説中に、天皇陛下萬歳を言うのはいい。 しかし、国歌はダメなのだ。 そのことを三島に聞いてみたかった。 11月14日(土)、貴重な「三島体験」をした。 いや、追体験か。 自決の1年前、1969年(昭和44年)5月12日、東大全共闘に呼ばれて三島は東大に行き、激論を闘わせた。 その「現場」に我々はいるのだ。 そこで、「国際三島シンポジウム」に参加している。 横山郁代さん 檀上では、46年前の「全共闘vs三島」のビデオが流されている。 そして、何と、三島と激論した東大生の芥正彦氏がここに現れ、「解説」をする。 当時の思い出、三島との闘いについて語る。 さらには、ドナルド・キーンさんが出て演説する。 又、平野啓一郎さんが演説する。 夢のようだ。 何と贅沢なシンポジウムか。 この日は、ちょっと早く着いたので、壇上に上がってみた。 机の前に立つ。 会場を見渡す。 まるで、三島になったような気分だ。 ここに三島は単身乗り込んで、闘ったのか。 46年前の大演説会を思い出していた。 東京大学駒場キャンパス講堂(900番教室)が、そこだ。 この900番教室こそが、「全共闘vs三島」の戦った場所だ。 戦場だ。 三島に会った頃の郁代さん こんな機会でもないと入れない。 ありがたかった。 それにしても、これだけの国際的なシンポジウムをよくやったもんだと思う。 「生誕90年、没後45年。 国際三島由紀夫シンポジウム2015」だ。 外国からも講師を呼んで3日間にわたって行われた。 11月14日(土)が900番教室。 15日(日)が東大駒場キャンパス18号館ホール。 22日(日)が青山学院アスタジオ地下多目的ホールだ。 それぞれ、錚々たる講師が来て、演説し、討論する。 私は第1回目しか出れなかった。 でも、この日が最高だと思った。 会場もいいし、講師もいい。 又、昼食の時は、講師と一緒に私も誘われて、昼食会に出た。 そこで、ドナルド・キーンさんや平野啓一郎さんともお話が出来た。 感激した。 11月14日(土)のプログラムから紹介しよう。 900番教室は満員だった。 ネットで事前登録制だし、入れなかった人も多かったようだ。 私は、やっとのことでネットで申込みが出来た。 椎根さん。 みたらいさん。 2日目、3日目もそうだ。 よく、これだけの規模の、質の高い集まりがやれたものだと感心した。 私は第1日目しか出れなかった。 それも、14:30頃に中座した。 池袋での高木さんの勉強会があったので…。 檀上には、外国人の参加者にも分かるように、こう書かれている。 「International MISHIMA Symposium 2015」。 どの講演も素晴らしかった。 必死にメモを取りながら聞いた。 学生に戻ったような気持で、聞いた。 一番衝撃的なのは「東大全共闘vs三島」だ。 2時間半、激論した。 当時、ビデオはなくて、ただTBSが「映画」として全て撮っている。 だから時々、同局のニュースなどでは流す。 ただし、10分とか20分だ。 2時間半の全てを放送することはない。 夜は高木氏主宰の勉強会 ただ、活字にはなっている。 三島全集にも出てるし、この討論だけでも単行本になり、文庫本になっている。 あの激論から46年の今。 同じ教室で、あの闘いのビデオを見ている。 言ってる言葉も難しい。 特に全共闘だ。 抽象的だし、訳が分からない。 普通の講師なら、怒って帰る。 三島は何と忍耐強いのかと思った。 全く、訳の分からない質問にも、キチンと付き合っている。 ただ、難解で抽象的な議論の中に、パッと、一か所でも、輝くものがある。 その1点だけを求めて三島は、じっと我慢して話し合ったのかもしれない。 この日、流されたビデオの中では、芥氏が執拗に三島に問いかける。 「全共闘C」というのが芥氏だ。 あっ、そうだ。 「三島vs芥」の部分は、当日配付された袋に入っていた。 とにかく凄い人だと思う。 白杵陽さんの講演 三島 なるほど、なるほど。 そうするとだね、それが持続するしかないということは、それの本質的な問題ではないわけ? 全共闘C 時間がないのだから、持続という概念自体おかしいのじゃないですか。 三島 そうすると、それが三分間しか持続しなくてもあるいは一週間あるいは十日間持続しても、その間の本質的な差は、全然次元としての差すらないですか? 全共闘C たとえば、あなたの作品と、現実のずっと何万年というのと比べろと言ったって、これはナンセンスでしょう。 おそらく。 三島 ところがだね。 おれの作品は何万年という時間の持続との間にある一つの持続なんだ。 ぼくは空間を意図しないけれども、時間を意図している。 そして解放区というのは空間を意図するものならだね、それがどこで時間に接触するかということを興味をもってだなあなたに聞きたい。 〉 白杵さん、高木氏、礼仁氏、アーチャリーも 全共闘があれこれと吹っ掛ける議論に、三島は忍耐強く付き合っている。 いや、楽しんでさえいる。 「解放区」には時間があるのかと逆に問いかける。 全共闘C(芥さん)は、「いや時間じゃなくてむしろ現象形態の事物なり、空間でしょう」と答えている。 さらにこう言う。 〈だからまだ全共闘のバリケードにしろ一つの歴史の認識の一形態として、狙撃銃的な認識でなくて、散弾銃により走りながらの認識。 サルトル以降の認識の形態だと思う。 三島 あれが、非常に新しい認識の形態だとすると、それにもし持続というものを加えたいという気は、全く初めから毛頭ない。 そこで意思の介入する余地はないわけですか?〉 二次会です なにやら凄い話をしてるな。 芥さんも真っ向から三島に向かって闘っている。 一歩も引かない。 それに、「狙撃銃的な認識」とか「散弾銃による走りながらの認識」なんて、よくも考え付くものだ。 それも、その場で瞬間的に発した言葉だ。 優秀な人たちだと思った。 2時間半の長い闘論についても、三島は、うんざりしたのではなく、かなり満足したのかもしれない。 今は、そう思う。 この場を去る時、三島は、こう言っている。 悪口にせよ、「天皇」という言葉がこれだけ発せられたことはない。 ここの教室に満ちていると。 〈言葉は言葉を呼んで、翼をもってこの部屋の中を飛び廻ったんです。 この言葉がどっかにどんなふうに残るか知りませんが、私がその言葉を、言霊をとにかくここに残して私は去っていきます。 そして私は諸君の熱情は信じます。 これだけは信じます。 ほかのもの一切信じないとしても、これだけは信じるということはわかっていただきたい〉 高橋京子さん三回忌• 11月16日(月)午前中、原稿。 「週刊アエラ」(11月23日号)発売。 私は書評を書いてます。 小林よりのり、宮台真司、東浩紀『戦争する国の道徳=安保・沖縄・福島』(幻冬舎新書)の書評。 過激で面白い本だ。 午後6時、京橋テアトル試写室。 アンジェリーナ・ジョリー監督作品『不屈の男 アンブロークン』の試写を見る。 47日間の漂流。 そして日本軍に捕まり捕虜として大森収容所に送られる。 そこで執拗な虐待を受ける。 数奇な運命に翻弄されながらも屈することなく、自らが信じる道を選んだザンペリーニの生涯。 これは実話だ。 そして、さらに生き抜き、何と長野オリンピックの時には日本に来て、聖火ランナーとして走る。 実に感動的な映画だ。 だが、日本での「収容所での生活が描かれている」「反日だ」という人がいるらしい。 そんなことは全くないのに。 お墓の前で• 11月19日(木)午前11時、打ち合わせ。 午後から学校へ。 3時、「現代文要約」。 5時、「読書ゼミ」。 森達也さんの『「テロに屈するな!」に屈するな』(岩波書店)を読む。 それから急いで神田の学士会館へ。 6時半から始まっていた。 1時間ほど遅れて参加する。 〈「インサイダー」創刊40周年記念パーティ〉。 編集長の高野孟さんが挨拶していた。 田原総一朗さん、島田雅彦さん、鳩山由紀夫さん、二木啓孝さん…などが祝辞。 木村三浩氏も来ていた。 今日の昼、モスクワから成田に着いたという。 元気だ。 40年の歴史を持つ「インサイダー」について、皆と話し合う。 奥田瑛二さんとも話をした。 終わって、木村氏たちと他の店に。 お寺の前で• 11月20日(金)午前中、原稿。 午後2時、東京プリンスホテル・鳳凰の間が満員だった。 800人近くの人がいる。 やっとのことで席を見つけて座る。 〈創立40周年。 大地を守る感謝の集い〉 午後2時、第1部。 記念セレモニー。 「大地を守る会」代表取締役の藤田和芳さんが、この40年の歩みを話す。 はじめは、藤本敏夫さんが始めた。 「元全学連委員長が始めた」「過激派が何をやるんだ」「ゲバ棒をダイコンに持ち替えたのか」と散々、批判された。 しかし、日本の農を守り、無農薬・有機農業をやり、全国に多くの会員が増えた。 そして外国にも広がっている。 その生産者も全国から来た。 東京都立大学教授・枝廣淳子さんの記念講演。 さらに、ソウル市長からのお祝いビデオも紹介される。 休憩の後は、第2部。 記念パーティ。 女優の木内みどりさんが挨拶。 大地の会の全国の生産者によりリレートーク。 「読書ゼミ」のお知らせ そして、加藤登紀子さんの特別ライブがあった。 前日に「40周年」をやった「インサイダー」の高野孟さんも来ていた。 2日間続けて40周年だが、他にも、40周年を迎える新聞や出版社がかなりあるそうだ。 11月21日(土)午前中、原稿。 午後2時、取材。 打ち合わせ。 午後5時、銀座に、人間国宝の志村ふくみさんの個展に行く。 「文化勲章、おめでとうございます」と言いました。 とても素晴らしい個展でした。 11月22日(日)午前中、原稿。 午後2時、新宿西口公園。 ヘイトスピーチ反対の集会とデモ。 私も車に乗って喋り、そして歩きました。 沢山の人々が「反ヘイトスピーチ」で集まり、声を上げました。 秋のブラック祭。 11月23日(月)「秋のブラック祭」。 昼の部。 左談次・ブラック二人会(13時)。 夜の部。 鈴木邦男・ブラック二人会(17時)。 各部2500円。 神田・で。 11月24日(火)三島由紀夫・森田必勝両烈士顕彰祭。 午後6時半開会。。 (第1部)顕彰祭。 斎主・島田康夫(譲葉神社禰宜)。 (第2部)記念講演。 講師・田母神俊雄氏。 演題「現代日本を予見した三島の檄文の洞察力」。 お問い合わせ、参加希望者は、一水会事務局へ。 03(3364)2015• 11月25日(水)憂国忌。 午後6時より、星稜会館。 村松英子さん、西尾幹二さん、ヘンリー・ストークさん、細江英公さん、玉利齋さんなどの追悼挨拶が予定されています。 11月28日(土)「三島由紀夫と若松孝二を語る」。 聞き手・花田光。 話し手・瀧沢亜紀子。 参加費・1500円。 場所・「」(世田谷区若林4の27の2。 松陰神社そば)。 12月13日(日)「天皇と軍隊」特別上映会。 14時15分から。。 中ホール。 上映後、鈴木邦男のトークイベントがあります。 一般・学生999円。 (先週、会場を「浦和市民プラザ」と書きましたが、間違いです。 すみません。 「浦安市民プラザ」です。 埼玉ではなく、千葉県です)。 12月19日(土)。 午後3時。 〈音楽寺子屋。 年末スペシャル。 三島由紀夫自決から45年。 鶴田浩二「傷だらけの人生」から45年〉。 二つの事件はなぜ起こり、どう関連していたのか。 白井伸幸(「傷だらけの人生」を創った男)と鈴木邦男が対論する。 驚きの事実が明かされる。 入場料1500円。 ところ。 学び舎遊人。 (千代田区西神田2-4-1 東方学会新館)。 主催・ユージンプランニング。 申し込みは、tel 03-3239-1906。 12月20日(日)午後2時より。 名古屋市伏見区の長円寺会館で、快楽亭ブラックさんの落語会があります。 落語のあと、ブラックさんと私のトークがあります。 12月29日(火)「竹中労について徹底的に語り合う会」。 パネラーは、武田砂鉄(作家)。 昼間たかし。 鈴木邦男他。 午後1時から、ネイキッドロフトで。 1月14日(木)午後7時。 「三島由紀夫night in銀座」。 椎根和さん、みたらいさん、瀧沢さん、鈴木が出演予定。 1月16日(土)「前田日明ゼミin西宮」。 14時、。 ゲストは山口二郎さん(法政大学教授)。 テーマは、「日本の議会制民主主義の崩壊」。 1月16日(土)高円寺シンポジウム。 午後1時より、高円寺の「」(高円寺駅北口より徒歩5分)で。 蓮池透さん、原渕勝仁さん、鈴木邦男。 司会は椎野礼仁さん。 「今だから語る、拉致問題と北朝鮮の真実」• 1月19日(火)山梨県立大学で講演。 2月5日(金)18時。 長野市で長野茶話会。 上祐史浩さんと鈴木邦男のトークがあります。 2月17日(水)午後7時。 代官山「」。 上祐史浩さんと鈴木邦男のトークがあります。

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