自粛警察。 RIETI

コロナで厄介な「自粛警察」の正義感 自宅に電凸やゴミ散布

自粛警察

Contents• 自粛警察とは 『自粛警察』という言葉は、国内での新型コロナウイルス感染拡大に伴って生み出された新語です。 特に緊急事態宣言発令後に急速に広がりを見せました。 Wikipediaでは以下のように定義されています。 自粛要請に応じない人を誤った正義感や嫉妬心、不安感から攻撃する風潮を指す俗語・インターネットスラング 自粛とはあくまでも、本人の意思に基づく行動であるべきにも関わらず、行き過ぎた正義感や嫉妬心、不安感から、他人の行動に干渉してしまう行為・風潮のことなんですね。 実は、同じような風潮が第二次世界大戦下でも起こっていたようで、当時は『隣組』と呼ばれていたそうです。 自粛に伴う社会全体の閉塞感から、同調圧力、相互監視といった風潮が強くなっています。 また、考えたくはありませんが、誰かを非難したり処罰することで自粛のストレスを発散している側面もありそうです。 自粛警察の原因は? こういった現象は心理学の観点から説明できるようです。 自己犠牲を払い誰か(社会)のために行動している人が、突如理不尽な行為に直面した際、自身の不利益(損失)に関わらず「相手に目にもの見せてくれよう」という行動に出てしまうことが実験で明らかになっています。 これらの行動は、体内で生成されている「セトロニン」という脳内物質が関係している、とされています。 「セトロニン」は精神安定剤と構造が似ており、この量が多い程、利他的行為(他者に対しての自己犠牲)を行う半面、理不尽な行為への許容度が低い傾向があります。 そして、日本人は世界的に見てもこの「セトロニン」が少ない民族なのです。 自粛とはある意味、自己犠牲の上に成り立っていますから、そういった中で、他者が自粛もせずに振る舞っていることが「理不尽」と映るのかもしれません。 そういう点では『自粛警察』とは日本人特有の現象と言えるような気がします。 Twitterで見られる『自粛警察』まとめ 管理人がTwitter上で見つけた『自粛警察』事案を以下にまとめていきます。 特に面白かったり、酷かったりするインパクトの大きなものを集めていきたいと思います。 これらを反面教師として、思いやりのある社会生活を心掛けていきたいものですね。 マスク警察。。。 おはようございます。 自粛警察が嫌がらせ通り越してバイクのタイヤにハサミを突き刺す器物破損!しかし警察は対応せず! — こぐま速報📸話題のニュースや動画を毎日更新📺 kogumasokuhou 浜松は同じ静岡の仲間だから。。。 「静岡県民は来ないでください」自粛警察が地理知らなすぎ問題・・・w — こぐま速報📸話題のニュースや動画を毎日更新📺 kogumasokuhou 非難に対する執念が半端ない。 フォント、フォント色、フォントサイズを使い分け、 きれいに中央揃え 素敵な文書だ。 自粛警察 24時』 『実録!! 俺の友だちが、とうとうマイカーに貼ったらしい。 悲しい夜の中になったもんやな。 県外ナンバー車を煽る。 県外ナンバー車を傷付ける。 県外ナンバー車のドライバーに罵声を浴びせる。 おばあちゃんが細々やってる駄菓子屋さんにこれを貼るとはね。。 自粛警察を自粛させようよ。 物申す系YouTuberとか思考停止の自粛警察に凸して動画流してやればいいのに — もえみ moemoejapan その他にも新型コロナに関する記事を書いています。 お時間がある方はご覧ください。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・•

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神戸新聞NEXT|総合|「自粛警察」がバイクにマジックで落書き 所有者の憤りツイートが反響

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市民の相互監視とも言えるこの状況に警鐘を鳴らす声も多いが、戦前との比較で危惧を表明する専門家がいる。 近代日本の軍事史に詳しい埼玉大学の一ノ瀬俊也教授がその人だ。 「かつて太平洋戦争を遂行させるために作られた『隣組』と共通するところがある」。 戦後75年を迎えようとしてもなお、人々の意識が変わっていないという。 その核心は何か。 一ノ瀬教授に聞いた。 「人の役に立ちたい」欲求 そもそも「隣組」は自然発生的に発足し、機能していた地域住民組織だった。 ところが、太平洋戦争が開戦する1年前の1940年、政府の訓令によって正式に組織化される。 10戸前後で組織するよう指導され、全戸の加入が義務付けられた。 「回報」の回覧による情報の一元化、配給の手続きのための重要な基礎組織として位置付けられた。 隣組の役割について、一ノ瀬教授はこう解説する。 「大きく2つの役割が期待されていました。 1つは地方自治の末端組織として、配給などを住民自らに担わせること。 もう1つは、政府の方針を国民1人ひとりに行き渡らせること。 つまり、国民の自治精神を利用して、戦争遂行を図るために作られたわけです。 戦争になれば、国家の国民生活を隅々まで統制しないといけない。 食料などの配給制度は最たるものです。 しかし、政府や地方自治体だけで統制をやるのは非常にきつい。 そこで隣組を使い、国民の協力を得て統制をやろうとしたわけです。 上意下達と下意上達を組み合わせ、ある程度、国民の意見も取り入れて、ガス抜きするような形で戦争の遂行を図っていったところがあります」 戦中の隣組と現在の「自粛警察」。 どこに共通点があるのだろうか。 「隣組では、戦争を批判するような発言を住民が聞きつけて、憲兵や特高警察に密告する行為はよく見られました。 今と共通しているのは、通報する人たちが『お国のため、全体のために』と考え、よかれと思ってやっている点です。 いわゆる自粛警察をやっている人たちはそれが行きすぎて、個人の自由や人権を損なう事態を引き起こしている。 そのへんがかつての隣組と共通している。 『お国のため』という大義名分を得て、人権弾圧などがエスカレートしていくわけですね」 今年8月、日本は戦後75年の節目を迎える。 社会の中核を担う世代は着実に交代していっているのに、住民が相互監視するような社会は繰り返されているように映る。 その原因は「人間の本質にある」と言う。 「人間の中に『人の役に立ちたい』『みんなに貢献したい』という欲求はいつの時代にも存在します。 それがちょっとしたきっかけで、変な方向に暴走する。 人間の本質や性格は何年経っても変わりません。 コミュニティーの役に立ちたいという思い、それ自体は今も昔も悪いことではないんですが……」 新型コロナウイルスに関する国や都道府県の対応は、主に「改正新型インフルエンザ等対策特別措置法」に依拠している。 都道府県知事は同法24条9項に基づき、休業の協力を要請してきたが、協力に応じなかった事業者に対しては、施設使用の制限などの措置を要請できるとの規定がある。 続く第4項は「特定都道府県知事は、第2項の規定による要請 中略 をしたときは、遅滞なく、その旨を公表しなければならない」としている。 この規定に基づき、東京都や大阪府などは休業要請に応じなかった施設の名称を公表した。 施設名が公表されたパチンコ店の前には人々が集まっては「営業やめろ」「帰れ」などと叫び、店側やほかの客らと怒鳴り合う事態も発生した。 こうした様子はテレビやYouTubeでも盛んに流されたので、目にした人も多いだろう。 施設名公表は「私刑」招きかねない 「要請」に従わない店名を行政が「公表」するという条項には、「自主」と「強制」が同居しているように映る。 日本社会に根付く「同調圧力の強さ」を背景に、相互監視を推し進めた素地があるようにも見える。 「自粛は要請だったはずなのに、それに応じない店名を公表する行為には、間違いなく、同調圧力に期待しての部分があったと思います。 『要請に従わない店は周辺から白い目で見られる』という雰囲気ができるのを行政はわかっていてやっている。 それは、私刑 リンチ の誘発に繋がりかねないんじゃないか。 店名の公表はやはり望ましくなかったと思います。 日本は近代法治国家ですから、私刑はあってはならない。 私刑を誘発しかねない方法を選ぶ行政、私刑で誰かを処罰するような社会は望ましくないと思います」 住民による扶助組織の起源をさかのぼれば、江戸時代の「五人組」「十人組」に行き着く。 その慣習が「隣組」へと引き継がれ、戦後は「町内会」「自治会」という形で残った。 「現在の自治会が担っている防犯活動にもいい面と悪い面、両方あります。 自治会が防犯活動することによって地域の治安が保たれる。 ただ、地域の安全を守る活動を自治会に頼りすぎると、地域から浮いている人が排除されるという懸念も出てくる。 コロナ対応時に浮き彫りになったように、どこまで曖昧さを認め、どこからルールで線を引くのか。 難しい問題だとは思います」 地域の安全を住民の手で守ろうとする動きがエスカレートしたらどうなるか。 一ノ瀬教授の念頭にあるのは、関東大震災 1923年 時の混乱と虐殺だ。 大地震の混乱に乗じて朝鮮人が日本人を殺そうとしているとのデマが拡散。 民間の自警団や憲兵によって、朝鮮人や朝鮮人と誤認された日本人が多数殺害された。 ただし、一連の出来事は住民の活動のみで動いていたわけではない。 大震災に際して政府が発した1本の通達。 その影響も大きかったという。 宛先は各地の警察。 治安維持に努めるよう指示する中で「混乱に乗じた朝鮮人が凶悪犯罪、暴動などを画策しているので注意すること」という内容が記載されていたのだ。 「関東大震災のときの自警団は、最初のころ、行政が治安維持に利用しようとしていたわけです。 ところが、自警団に加わった住民の行為をだんだん行政は止めることができなくなった。 そして虐殺に至るわけです。 配給などで『食料をあげない、もらえない』みたいな事態になれば、個人の生活が損なわれるからです。 だから、誰も後ろ指を刺されたくない」 「過去に学ぶことは本当に重要」 こうした「社会の暴走」はもちろん、日本だけのものではない。 「第2次大戦中のドイツにおけるユダヤ人に対する密告は日本の比ではありませんでした。 アメリカでも黒人へのリンチが歴史上何度もあったし、今も起こっています。 いつの時代も、どの国でも、ちょっと方向を誤ったり、変なふうに火がついてしまったりするだけで、たやすく社会は暴走します」 「コロナ関係で自粛警察なる動きをする人々についても、その心情は『よかれと思って』でしょう。 国が呼び掛けている方針に『みんなで従いましょうよ』というのが出発点にある。 でも、かつての隣組が『配給食料をやるか、やらないか』という些細なことで人権弾圧みたいなのものを発生させたように、あるいは関東大震災後の自警団が虐殺に手を染めていったように、簡単にエスカレートしていく危険性がある。 歴史を研究している立場からすると、過去に学ぶことは本当に重要なんです」 結局、今は何をすればいいのか。 「政府や地方自治体の自粛要請をめぐる対応がどう行われ、その結果、どういう効果や弊害が生じたのか。 きちんと記録に残すことが第一歩です。 その記録を基に、議論することが必要です。 5月中旬までに400件超 ・警視庁によると、新型コロナウイルス関連の110番が急増。 東京都などに緊急事態宣言が発令された4月7日〜5月6日の1カ月間で計1621件に。 次発見すれば、警察を呼びます。 近所の人」という貼り紙 ・大阪府の要請に従って時間短縮で営業していたラーメン店に匿名の手紙。 「あなたの店の客が大声で会話している。 『繁盛』イコール『公害』であることを忘れるな」 ・営業中の店舗に嫌がらせが続出。 長野県では「コロナ」の名を付した飲食店に3月から無言電話やネットでの中傷的な書き込みが相次ぐ。 横浜市の飲食店では扉に「バカ、死ね、潰れろ!」の落書き ・東京都の商店街の組合に「商店街すべてをなんで閉めさせないんだ、すぐに閉めさせろ。 県外ナンバーの車への嫌がらせが相次いだためという。

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「自粛警察」危うい正義感 強まる圧力「店シメロ」―専門家が警鐘・新型コロナ:時事ドットコム

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自粛警察とはある種のである。 概要 の感染拡大に伴い、での、さらにはからのを受けての外出や店舗の時間短縮・休業が続いているわけだが、こうした状況下で自警団気取りの輩が出るようになった。 な事例を挙げると• 高円寺ので配信を行っている最中に「店を閉めろ、次はを呼ぶ」と貼り• の要請を遵守しながら営業しているにも貼り。 店側が反論の貼りをしたらが• 以前からたちのことを考えて休業しているにも貼り• 他の県のを付けたに傷が付けられていたりが割られるが ちょっと待って さて、こうした事について、聡明な方は分かるはずである。 店舗への貼りは 、最後のに関しては にあたる。 もとより上やでもな権限を持たない以上、一般がこのような行為をすることは愚行に当たる。 また、はしているのだが、「を含めた飲食店は 適切な感染防止対策を行った上でから8時まで(類のは7時まで)の営業にするよう要請」「は休業要請対だが、 従業員の店舗の立ち入りや配信はの状態を発生させない状態であれば問題はい」と明示されている。 県外ーについても、 単身赴任で他県に来ていたり、会社のの都合で来ている事情なども考えなければならない。 他にもの事情としてのうち 一般に分類されるものについては法の規定で保健衛生上必要な施設と位置づけられていることから営業が認められている。 それに該当しないの中にはの判断で営業するようにめられているもある。 店にしても、 専門であれば対には当たらないし、なにより 食事という生活を上で必要なものをする一種のを閉じてしまっては大問題だろう。 ただでさえ昨今の情勢で休業せざるを得ない店舗が増えてきており、その分店舗側も収入が得られない状況である。 収入が得られない以上仕入れの代や従業員への給料、賃などを払えないわけで、一部で行われているでのの模索が功を奏するならともかく、協で全てまかなえる訳でもない。 結果を決断せざるを得ない店舗も出てきている。 こうした状況にさらに追い打ちをかける行為だと言わざるを得ない。 翻ってみれば、既に分かると思うが、こうした自警団行為は が出ているの外出に該当する。 このような自己した愚行を行い、撃されて現行犯されるならまだ、こうした行動が原因で何らかの形でに感染した、あるいは感染しているにもかかわらず出歩いて感染拡大の要因となったら……責められるのは論その当人であるのは間違いないだろう。 少し考えてみよう 様々な活動がや休止に追い込まれ、外を出のもままならない状況であるのは確かである。 の中で々と過ごすことで憤も溜まるだろう。 「自分が慢しているのになんでが」と思う気持ちも分からなくもない。 もちろん特有のもあるだろうし、からされるやを駆け巡る話を受け取りすぎている、踊らされているきらいもある。 だが、一度立ち止まって考えてみて欲しい。 こうした事を起こしても、一ッとするだろうが実は自分には何の得にもなっていない。 それどころか自分が起こした行動が元でただでさえ停滞しているその周囲のや文化、生活活動を悪化させかねない。 もちろん上記に述べたとおり営業する根拠があるからこそ、等に従う形で営業を続けることができる以上非難を受ける言われもい。 まずは自分の考えを問い直してみてはどうだろう。 換気がてらを開けて、外のを吸って深呼吸し、落ちついた行動をする、愚行に走らないようすることが一番大事なことかもしれない。 関連項目•

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