裏 千家 長男。 裏千家歴代家元まとめ

「裏千家」の前家元がついに引退を決断か…ささやかれる「裏事情」(伊藤 博敏)

裏 千家 長男

本名、伊住政和。 1958年、裏千家第15代家元鵬雲斎千宗室氏の次男として生まれる。 兄は第16代家元坐忘斎宗室氏。 81年、同志社大学文学部を卒業。 85年、裏千家の伝統により伊住姓を興す。 92年、大徳寺管長福富雪底老大師につき得度し、担泉斎宗晃の斎号を受ける。 裏千家総務として茶道の発展に尽くす一方、伝統文化を多面的にとらえ、その知識や感性を現代に生かす茶美会グループの代表として幅広く活躍。 裏千家淡交会理事長、今日庵副理事長などを務めた。 また、京都商工会議所青年部会長、日本文化デザインフォーラム幹事、京都市の「京都館」(東京・赤坂)館長などを務め、社会活動も勢力的に行った。 03年2月2日、腎不全のため逝去 『』より.

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表千家、裏千家、武者小路千家の違いは?由来や歴史も解説!

裏 千家 長男

「スキャンダル」が次々と… 「裏千家」の前家元に留まらず、日本の伝統を伝える茶道の「顔」とでもいうべき存在が、千玄室・大宗匠である。 肩書が何十とある文化勲章の受賞者。 世界60数カ国を歴訪、指導者たちに茶道を伝え、フランスのレジオンドヌール勲章を始め海外からも数々の勲章を贈られてきた。 戦中に学徒出陣した特攻隊の生き残り。 「鍛えられた海軍魂は今に生きる」と、講演会などで語る通り、背筋は伸び、足取りもしっかりとし、95歳という年齢を感じさせない。 9月15日と16日は、名古屋で「東アジア茶文化シンポジウム」を主催、10月14日からは、ベトナム最大のIT企業「FPTホールディングス」に茶室を寄贈、日越外交樹立45周年記念茶会を開いた。 「人生100年時代」を迎えた今、現役で活動する最も情報発信力のある茶人にして文化人である。 国内外に残した功績を否定する人はいない。 耳は遠くなり、判断力は鈍った。 それでも人前に出て喝采を浴びるのが好きだから、その名前を利用しようとする人たちに踊らされることがあるし、荒稼ぎをする側近も少なくない。 そんな実態が、相次いで暴かれた。 『週刊文春』は、「裏千家大番頭のワイロ授受写真」(18年6月21日号)として、大宗匠の対外窓口である事務総長が、季節ごとに宗家に挨拶に訪れる会員らの寄付金を賄賂として受け取っている疑惑を報じた。 「適切に処理している」と、事務総長は説明したが、報道後に退任した。 『週刊ポスト』は、「95歳千玄室と籠愛女性秘書との関係」(18年10月5日号)と題して、大宗匠が常に連れ歩く60代前半の女性秘書との親密な関係を報じた。 耳の悪い大宗匠の世話係だが、その権力を利用した乱費などもあるとのことで、評判は良くない。 大宗匠は、戦国時代の茶人・千利休の流れを汲む裏千家15代家元で、16年前の02年、長男の千宗室氏(62)にその座を譲ったが、生来控え目で、偉大な父に従ってきた宗室家元は、「裏千家の顔」として動く大宗匠に意見することなどなかった。 だが、さすがに悪評が続き、それが「大宗匠の脇の甘さを利用された結果」(裏千家事情通)だということで、初めてといっていいほど強い口調で迫ったという。 「『もうあまり出歩かず、数多の肩書も外し、静かに余生を送って欲しい』と、申し入れたそうです。 高齢化が進み、茶道人口も減少。 立て直しを図るべき時に、『茶道外交』にうつつを抜かす時代ではない、ということでしょう。 大宗匠も頷くしかなかった」(同) 静かなる引退が現実のものとなった。

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裏千家若宗匠に次男、敬史さん

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名古屋駅のコンコースを、しっかりとした足取りで歩く白髪痩身の老紳士。 その横にぴったりと寄り添う女性は、黒のタイトスカートにヒョウ柄のピンヒールが目を引く。 女性は時折老紳士の腕に触れ、耳元に顔を近づけて何か囁く。 戦国時代の茶人・千利休の流れを汲む茶道の三流派「表千家」「」「武者小路千家」は「三千家」と呼ばれる。 その中で最大規模は、約10万人の会員を抱え、茶道人口の半分を占めるといわれる裏千家だ。 老紳士は、その裏千家で第15代家元を務めた千玄室氏(95)。 2002年に長男・千宗室氏(62)に家元の座を譲ってからは、「大宗匠」を名乗り、茶道文化の発展のため活動している。 女性は玄室氏の秘書を務める佐藤則子さん(仮名)。 60代前半の彼女は、玄室氏の国内外での様々な活動に付き従っている。 「もともと、佐藤さんの父親が関東圏のお寺の住職で、幼少からお茶に親しんでいた。 現在は独身で裏千家の支部の幹部になっていくなかで、献茶会などを通じて玄室氏と顔を合わせるようになった」(裏千家関係者) 玄室氏は1999年に妻を亡くした。 それから3年ほど経った頃に、佐藤さんが秘書役に任命されたという。 家元を譲ってからも、日本・国連親善大使など、国際活動は多い。 冒頭のように2人が名古屋を訪れたのも、南山大学で行なわれた「東アジア茶文化シンポジウム」(9月15〜16日)に参加するためだった。 玄室氏はハワイ大学で学んだ経歴を持ち、思い入れが深い。 裏千家はハワイに支部があり、毎夏現地でセミナーが開かれる。 この支部で数年のうちに複数のスタッフが辞めているという。 裏千家のハワイ支部関係者が明かす。 「現地のセミナーには、佐藤さんも同行します。 ハワイ滞在中、カハラにある大宗匠の個人別荘で、一緒に過ごすことも多く、佐藤さんの息子さんご夫婦が別荘を利用したこともあったといいます。 かつて別荘には、大宗匠の亡くなった奥さまが集めたアンティークの家具などが置かれていましたが、それが東京で購入された高級家具に次々と替わっていった。 佐藤さんがお側につくようになってからのことです。 ハワイ支部には現地在住のスタッフが複数いたが、30年来のベテランも含め、大宗匠と佐藤さんの関係に疑問を感じたからか、退職を願い出た。 その後新たに雇った人も、同様に辞めてしまう」 内部からこうした声があがること自体、組織にとって深刻な意味を持ちかねない。 前述したように、裏千家の会員組織『淡交会』の会員数は約10万人だが、これは25年前の半分だ。 加えて高齢化が目立ち、位が高い順に終身師範会員約5万5000人、終身正会員約2万8000人、正会員約1万8000人という逆ピラミッド型。 「日本の淡交会の先細りは避けられず、今後は海外にも目を向けていかなければならない。 毎年正月に、裏千家の初釜が行なわれます。 その第一席となると、政財界や文化人など各界の著名人が顔を揃える。 その方は、あるアパレルメーカーの社長でした。 大宗匠の後ろ盾がある佐藤さんが招いたのでは、という話でしたが、周囲は何も言えず、組織内の不信ばかり募った。 こんなことが続けば、裏千家の歴史と格式が傾いてしまわないかと現家元の宗室氏も、父である玄室氏と佐藤さんの関係に不安を募らせています」(同前) 宗室氏は裏千家の静かなる危機をどう受け止めているのか。 9月18日朝、裏千家の京都の宗家である「今日庵」から出てきた宗室氏を直撃したが、口を真一文字に閉じたまま何も語らず、お付きのスタッフが「執事(広報)に聞いてください」と言うだけだった。 改めて広報に宗室氏の見解、そして玄室氏と佐藤さんのそれぞれの見解を求めたが、「その件にはお答えしません」という回答だった。 裏千家の茶室が静寂を取り戻し、穏やかに湯の沸く音に耳を傾けられる日は、いつになるのか。

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