小林 快次。 CiNii Articles

小林快次 『恐竜まみれ―発掘現場は今日も命がけ―』

小林 快次

壁や境界を越え新しい道を拓(ひら)く。 「叶(かな)える」人だけがわかる世界とはどんなものだろう。 ざわつき、先の見えにくい時代の一年の始まりに、北海道から挑み、大地の恵みに向き合い、未来図を描く人たちに会いに行った。 カナダから米アラスカ、モンゴル・ゴビ砂漠へ。 小林快次・北海道大学総合博物館准教授(45)は昨年も約3分の1を海外の化石の発掘現場で過ごした。 恐竜が絶滅する直前の白亜紀末(7210万年〜6600万年前)を主なテーマに、調査で世界を飛び回る生活がもう十年続いている。 恐竜から鳥類への進化の過程の分野で注目される気鋭の恐竜研究者だ。 一躍世間を驚かせたのが、腕の骨しか発見されておらず、50年近く「謎の恐竜」と呼ばれた「デイノケイルス」の全身骨格の解明だった。 国際チームでのゴビ砂漠の発掘で、2006、09年に2体の化石を発見し、長い両腕と背中に帆を持つ奇妙な恐竜の全貌(ぜんぼう)が明らかになった。 発見した新種は10種以上になる。 「ファルコンズ・アイ(ハヤブサの目)」。 貴重な化石をよく見つける小林さんをモンゴルの研究者がそう呼び始めた。 「化石はある」と信じ、地層をしっかり見て、人と同じ場所は探さない。 「見つからなければ、別の場所で見つかる確率が上がったということ。 つらい一歩が、楽しい一歩になる」 共同研究する穂別博物館(むかわ町)の桜井和彦学芸員(50)はこう評する。 「恐竜の骨格が全て頭に入り、バラバラでも何の骨か的確に判断できる。 世界を飛び回り、いつ勉強しているのかと思うくらい知識が豊富。 一般の人にかみ砕いて伝える力もある」 * 福井県の中学1年の時、担任と理科クラブの化石探しに参加して見つけられず、帰り道に「もう一度行きたい」と訴えた。 たくさんの石を割り、ついに小さなアンモナイトを見つけた。 薄汚い石からきれいな昔の生物が出てきた「まるで宝探し」が原体験だ。 日本の大学入学後、恐竜の研究者はほとんど前例がないと言い訳ばかりしていた。 だが、「自分は何をやりたいのか」を考え抜いた末、図書館で子ども向けの恐竜図鑑を開いた瞬間に心が動いた。 「恐竜研究者になれなくても自分に誇りを持てる行動をしよう」 米国の大学では最前列で講義を受けテープに録音して暗記した。 大学院のゼミでは証拠がそろっていないのに「妄想のような仮説」を発表し、教員に「だめだ。 やめろ」と言われ続けた。 「逃げない」。 目の前のことをやるうちに道が開けた。 留学前、知り合いの研究者から「戻って日本のレベルアップをしてくれ」と送り出された。 近年、研究が進み、町おこしなどでも恐竜はより身近な存在になってきた。 教えを請いたいと学生が全国から集まる。 * 北海道でも世界級の化石の調査に関わっている。 むかわ町では14年までに、白亜紀末の植物食のハドロサウルス科恐竜のほぼ全身とみられる化石が発掘された。 余分な岩を除くクリーニング作業が進む。 この時代の恐竜の全身骨格は日本で初めてという画期的な研究だ。 同じ頃、北米では肉食恐竜のティラノサウルス、モンゴルではよく似たタルボサウルスも闊歩(かっぽ)していた。 「穂別の恐竜の研究で、北海道にどこから恐竜が来たかがわかる」 昨年12月、同町で調査の様子を紹介する講演会の講師に招かれた。 講演会が終わると、子どもが駆け寄り、写真をせがんだ。 「どうしたら恐竜博士になれますか?」。 幼稚園児から中高生まで、全国の「恐竜少年」からも手紙が届く。 子どもたちが差し出す色紙にはこう書く。 「Carpe Diem(カルペ ディエム)」(ラテン語で「今をつかめ」) 今をしっかり見れば道は続いていく。 自身の歩みそのままのメッセージだ。 「光栄です。 「解明されているのは氷山のごく一角。 わからなすぎておもしろい。 ただおもしろくて続けてきた『20年坊主』なだけ」 「恐竜は極地でも越冬できる適応能力があった。 生物として非常に優秀だったが滅びた。 「できることが残っているなら全てやった。 やって駄目ならそれでいい。 足元を見て1ミリでも進めば、高さは関係ない。 「興味を持って本を読み、先生に聞き、講演に行ってほしい。 自分なりに調べて考察する行為がサイエンスのおもしろさ。 恐竜はサイエンスの入り口としてすごくいい」 * こばやし・よしつぐ 1971年、福井県生まれ。 95年、米ワイオミング大地質学地球物理学科卒。 2004年、米サザンメソジスト大地球科学科で日本人初の恐竜の博士号を取得。 05年に北大総合博物館へ。 NHKラジオ「夏休み子ども科学電話相談」に出演。 著書に「恐竜は滅んでいない」(角川新書)、「恐竜時代1 起源から巨大化へ」(岩波ジュニア新書)など多数ある。 意外にも、過去の自分をそう振り返った。 「今できる限りのことをやる」。 退路を断ち、そう決めた後の小林さんは、常に進み続けている。 「研究者としても歩き続けないといけない。 そうすれば、誰も経験していない自分の一歩に誇りを持てる」と。 小林さんの言葉からは研究する喜びがあふれ出ている。 講演会で子どもを見つめるまなざしは温かい。 「サイエンスのおもしろさを伝えたい」。 小林さんの姿こそが、次世代が育つ原動力なのだと感じた。 (連載では毎回、叶えるための「力」について、共通の6項目を5点満点で自己分析してもらいました).

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GWをおうちで過ごす子どもたちへ。世界的研究者がTwitterで【激ムズ恐竜クイズ】を毎朝出題中。

小林 快次

外に出なくても「進化できる」 今回の新型コロナウイルス、メディアでも言われているように、対策は簡単です。 人との接触をしないことです。 それでも、新型コロナウイルスは、今もヒトからヒトへと感染しています。 なぜなら、ヒトは一人では生きていけないからです。 誰かと接していたい、通じていたい、誰かといることで自分の存在を実感したい、ウイルスはそういったヒトの習慣を利用して感染していきます。 私も皆さんに直接会って、恐竜の面白さ、楽しさを伝えたいです。 でも、今はその時期ではありません。 私は、これまで立ち止まることなく恐竜発掘調査を続けていました。 でも今は、 「Stay home」をすることで、ちょっと立ち止まり、これまでの調査で集めたデータを集積し分析しています。 これまでとは違った研究スタイルによって、今までわからなかったことが明らかになっています。 私は、こういう状態でも「進化」できているんだと思います。 そこで、 外に出なくても「進化できる」ということを皆さんと一緒に共有したく、この 「ダイナソー小林からの挑戦状」を思いつきました。 クイズやミッション、そして写真で見る恐竜発掘調査。 難易度は様々ですが、これをきっかけに、棚に眠っている恐竜図鑑や本をもう一度開いてみてください。 こういう時だからこそ、「一度読んだから知ってる」と思ったことを見つめ直してください。 新しい発見があるかもしれません。 そして、もっと恐竜が好きになるかもしれません。 「外に出られないから退屈」ではなく、「外に出られないから進化する」んです。 これをチャンスと思い、進化してみよう。 そして、お友達と目一杯遊べる日が来た時には、「進化した君」を披露しよう。

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新着情報: 【動画】むかわ竜を新属新種の恐竜として「カムイサウルス・ジャポニクス(Kamuysaurus japonicus)」と命名(総合博物館 小林快次教授インタビュー)

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なぜそんな偉業を? 実際の発掘現場は? 若き日本人恐竜博士に密着! 新種の恐竜を数々発見し、9種類もの恐竜の名付け親となった日本人恐竜博士がいる。 その方は北海道大学総合博物館の小林快次准教授。 今、世界が注目する若き古生物学者である。 なぜ、小林先生は次々と偉業を成し遂げられるのか? 番組では、カナダでの発掘調査に同行し、密着取材をさせて頂いた。 すると、これまで私たちが知らなかった恐竜の新常識が次々と! 貴重映像も満載! ハヤブサのような鋭い目を持ち、貴重な恐竜の化石を次から次へと見つけることができる能力があることから「ファルコンズ・アイ」と呼ばれている恐竜学者、小林快次准教授についてご紹介します。 小林快次さん wikiプロフィールやインスタ画像 名前:小林 快次(こばやし よしつぐ) 生誕:1971年生まれ 年齢:46歳or47歳 出身地:福井県 職業:北海道大学准教授 専門分野:古脊椎動物学 ・ ・ ・ Amazonで探す>>> 楽天で探す>>> Yahooで探す>>> 小林快次さんの経歴 元々理科が好きだった小林准教授は、中学1年生の頃に化石に出会いました。 理科クラブに入部していた小林准教授は、クラブ活動の一環でアンモナイトの化石を採集することになりました。 今では、ハヤブサの目のように、次から次へと化石を発見することから、ファルコンズ・アイと呼ばれていますが、当時の小林准教授は、みんなが化石をたくさん見つけているのに、ぜんぜん化石を見つけることができず、とても悔しい思いをしました。 悔しい思いをした小林准教授は、引率の先生にお願いして、後日同じ発掘場所に連れて行ってもらうのですが、その時も化石を見つけることができなかったそうです。 化石を発見する能力がないとガッカリしていた小林准教授に対して、引率の先生は、アドバイスをしてくれたそうで、そこから小林准教授は、毎日のように化石を採集するようになりました。 そこから、ファルコンズ・アイと呼ばれるようになるまで相当な努力をされたのでしょうね。 横浜国立大学に入学した小林准教授は、大学入学後1年も経たずに渡米をします。 「ワイオミング大学地質学地球物理学科」に入学した小林准教授は、なんと飛び級で学士優秀賞を取得され1995年に晴れて大学を卒業しました。 卒業後、アメリカダラスに所在するサザンメソジスト大学の大学院の地球化学科に進学し、2004年に日本人初の恐竜の博士号を取得しました。 当時、アメリカ出版の世界をリードする33人の古生物学者として紹介されました。 そして、現在は北海道大学総合博物館で准教授として活躍されています。 中学生時代に化石を見つけることができず悔しい思いをしてから、積極的な行動力と努力をされ今やファルコンズ・アイとまで呼ばれている小林教授は、海外の研究者と比べて身長が低い事から化石を見つけることができやすいと考えているそうです。 それ以外に、人と同じところを探さないように、同じ場所を通らないようにしたり、とにかく歩いて広い表面積に行き届いた注意力で目を通すなど、やはり努力をしているのすね。 — 最新版恐竜の世界 uptodatedinos [もっとも賢い恐竜] 中生代を通してもっとも頭がよかった恐竜といわれるトロオドン類。 アジアで見つかったトロオドン類で最大の恐竜が、ザナバザールだよ。 — 最新版恐竜の世界 uptodatedinos ・ ・ Amazonで探す>>> 楽天で探す>>> Yahooで探す>>> 【関連記事】.

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