オール アバウト マイマザー。 ペドロ・アルモドバル

オール・アバウト・マイ・マザーとは

オール アバウト マイマザー

前述の二人が女優を演じた映画の名前はすぐ思い付いたが、さてロミー・シュナイダーが女優を演じた映画ってなんだっけかな、と思った。 それも映画の初めの方でいなくなってしまうから ただ彼の存在は映画を通して影を落としている 、この映画の主要キャラは全て女 と女になりたい男 である。 といっても女性讃歌みたいなのとはちょっと違う。 マヌエラとエステバンとがエステバンの誕生日に観に行った舞台で且つ映画の中で重要な役割を果たしているのも「欲望という名の電車」である。 どちらも母ものではない。 マヌエラは確かに母親だが直ぐに子供を失った母親となる。 ロサは母親になる前に死んでしまう。 ロサの母は確かに母親だが子供から拒絶された母親である。 ニナは最後母親になったらしいが話の中で語られるだけで画面には登場しない。 彼女が演じるのは勿論ブランチでなくてはならない。 考えてみたらブランチは女優であれば一度は演じてみたい役であろう。 しかし母的なものとは程遠い役柄である。 若い頃演劇をかじりでも母親になったマヌエラが演じていたのはブランチではステラでなくてはならず、ステラを演じたニナは映画の最後で母親となる。 この映画は一風変わっている。 スペイン映画で登場人物も奇天烈なキャラクターばっかり。 でも現実離れしている訳じゃない。 アルモドバル監督はそんな彼女たちを通して素晴らしい、女性のための映画を作り上げた。 主人公のマヌエラは基本的には明るい女性である。 しかし、それとは正反対に彼女はいつも息子の死から立ち直れないでもいる。 彼女の周りにいる友人たちも皆ワケあり。 ウマはレズビアンの大女優でヤク中の彼女に振り回されてばかり。 しかもマヌエラの息子の死の原因である。 シスター・ロサは尼僧なのに妊娠、しかも相手はマヌエラの元夫(今は女)でありエイズまで移されている。 これだけ聞くとなんだか重い話に見えるが、ここにもう一人アグラードがいる。 彼女はゲイの男娼であり、いつも男に殴られてばかり。 でも最高に楽しい人物でもあり、ある意味彼女こそがこの映画の象徴とも言える。 特にウマが自らの舞台に急遽出演できなくなった時に、アグラードが出演するエピソードにすべてが詰まっている。 ありがちな「お涙ちょうだい」映画みたいに無理矢理涙を誘うわけではない。 楽しさの裏に悲しみを潜ませながら、それを打破しようとする女性達への人生賛歌なのだ。 (11年4月4日) これ程に奇怪なストーリーを大真面目に描くアルモドバルは変人か?天才か? 息子の死をきっかけに目をつむってきた自分の人生と向き合うマヌエル、妊娠をして母として新たな人生を歩もうとするロサ、自分の過去を受け入れて恥じることなくさらけ出すアグラード、全ての母なる女性達に送る讃歌だとアルモドバルは高らかに描き出す。 そして、この作品自体にも生も死も人間の多様性も人生のすべてを包み込むような温かさがある。 深刻な場面もそうでない場面もシリアスに描くことでラストシーンをより際立たせ観客を笑顔にさせる。 また、幸せの掴み始めの他愛ない会話で映画は終わり人生の継続性を感じさせる。 所々にも温かさを感じさせる演出が素晴らしい名作。 やはり、天才と変人は紙一重か。 「トークトゥーハー」でも知られるスペインの巨匠、ペドロ・アルモドヴァル監督作品。 主人公の、すさまじいほどの心の広さ。 それは女性の母性。 彼の女性への尊敬のまなざしが全編に満ちている、まさに女性賛歌の映画といえるだろう。 アカデミー外国映画賞受賞作品。 残念ながらこの映画(脚本)自体はあまり自分はグッとこなくて(たいていの男性はそうらしいけど)、ただラテンのスピリットみたいなところは、ちょっといーなーと思う。 どんな嫌なことも、悪いことも(しかもほとんどが自分の努力ではどうにもならないことだ)、すべてをいったん「許して」、さからわず、受け入れて、でも人生楽しいほうがいいだろーよ、と振舞うというあの国々の人々の雰囲気は結構好き。 高く飛ぶには一度大きくしゃがまなくてはならないのだ。

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英語All About(オールアバウト)の意味と使い方 [日常英会話] All About

オール アバウト マイマザー

アメリカの映画批評サイト「rotten tomatoes」の評価も異常に高い。 ペドロ・アルモドバル監督による「女性賛歌三部作」の1作目となる。 2作目にあたる『トーク・トゥ・ハー』も割と有名な作品で、第75回アカデミー賞では脚本賞を受賞している。 『オール・アバウト・マイ・マザー』では女性や同性愛者ばかりが登場するのでてっきり女性監督かと思っていたのだが、彼は同性愛者を公言しているとのこと。 スペインの首都・マドリードに住む移植コーディネーターのマヌエラは、小説家志望の息子・エステバンを女手一つで育ててきた。 エステバンの誕生日の日、お祝いに二人で『欲望という名の電車』の舞台を観に行く。 マヌエラはずっと内緒にしていた父のことについて話そうと決心する。 だがその日の夜、エステバンは舞台の主演女優・ウマのサインをもらおうとして車に轢かれてしまい、命を落としてしまう。 失意のなか、マヌエラは息子の死を伝えるため、元夫を探してバルセロナへ旅立った。 私はそこまでハマれる映画ではなかった。 内容としてはかなり渋め。 謎であったり、どんでん返しのようなハデな展開は見られない。 エンターテイメント性は薄く、人生の節目に苦しむ女性たちの物語となる。 人生の節目というのは、人生において避けられない苦難を意味する。 主人公マヌエラは息子を事故で失い、旅立ち先のバルセロナで再会したマヌエラの親友・アグラードは性同一性障害。 (余談だが、アグラードは性転換者にしか見えないが、実は本当の女性だそう。 後に知ってビックリした) バルセロナで仕事を紹介してもらう流れで知り合った純朴なシスター・ロサもかなりむごい困難を抱えてしまう。 それでも暗い物語になっていないのが素晴らしい。 理由は2つあって、1つは悪意をもったキャラクターが登場しないということ。 マヌエラらの前にハードルとして立ちはだかる女性キャラクターが何人か登場する。 いわゆるこの映画における悪人キャラだ。 だが彼女らもまた人生の節目と戦っていたり、あるいは偏見であったりと、本質的な悪人ではない。 たからマヌエラらは、敵となる人間を決して攻撃したりはしない。 もう1つは、みんな苦しみながらも前向きであるということ。 ここが世間で大きく評価されているポイントの1つだろう。 みんなはとんでもない苦難に直面している。 人によっては心が折れて人生を投げ捨ててしまうかもしれないほどに強大なハードルだ。 それなのに明るい。 みんなが手を取り合い、希望を信じて前向きに歩く。 一時的に弱気になったりしても、すぐに誰かが手を差し伸べる。 彼女らが一致団結したら突破できない困難なんてないんだろうと思ってしまうほど。 こういった構図は、『殺さない彼と死なない彼女』を連想させる。 この映画も人生の節目に苦しむ女子高生らの連絡短編的な物語となっている。 『オール・アバウト・マイ・マザー』ほどではないが、『殺さない彼と死なない彼女』も女性たちがささやかに手を取り合って、人生という巨大な岸壁に立ち向かう姿が見られて素敵だった。 『オール・アバウト・マイ・マザー』は登場キャラクターのほとんどが女性だし、女性ならでは苦難と戦うキャラクターもいる。 私のような男ではなく、女性のほうが心を掴まれるだろう。 そして彼女らから元気を貰えることだろう。 最近はあまりテレビでは見かけない映画評論家おすぎは、この映画をオールタイムベスト1位に挙げているそう。

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オール・アバウト・マイ・マザー

オール アバウト マイマザー

ストーリー [編集 ] に住むのマヌエラは、作家志望の息子・エステバンを女手一つで育ててきた。 エステバンの誕生日、二人は『』の舞台を観に行く。 そして、マヌエラが息子に今まで話さなかった父のことを話そうと決心したとき、エステバンは舞台の主演だった大女優ウマ・ロッホにサインをもらおうとして車にはねられ、そのまま亡くなってしまう。 息子の死を行方不明となっている父に伝えるため、へ旅立ったマヌエラは、ひょんなことから息子の死の原因となったウマの付き人になる。 バルセロナでマヌエラは、ウマのの恋人で麻薬中毒の若手女優・ニナ、性転換した明るいの・アグラード、を抱えて妊娠した純朴なシスター・ロサ、その母親でボケの進んだ夫に手を焼く厳格な贋作画家、そして、今では「ロラ」という名の女性となりロサにエイズをうつした、息子と同名の元夫といった様々な女性たちと出会い、やがて人生への希望を取り戻していく。 キャスト [編集 ] 役名 俳優 日本語吹替 マヌエラ ウマ・ロッホ シスター・ロサ アグラード ニナ カンデラ・ペニャ ロサの母 ロサ・マリア・サルダ ロサの父 エステバン ロラ トニ・カント• その他の日本語吹き替え:////////// 受賞歴 [編集 ]• 外国映画賞• 外国映画賞• 監督賞、外国語映画賞• 作品賞、女優賞• 外国語映画賞• 外国映画賞 評価 [編集 ]• 1988• 素顔の貴婦人 1989• 1990• ナスティ・ガール 1991• 1992• 1993• 1994• 1995• リディキュール 1996• 1997• 1998• 1999• 2000• 2001• 2002• 2003• 2004• 2005• 2006• 2007• 2008• 2009• 2010• 2011• 2012• 2013• 2014• 2015• 2016• 2017• 2018.

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