担降り キンプリ。 担降りブログ

突然ですが担降りすることになりました。

担降り キンプリ

ジャニオタ界隈でときどき見かける「担降りします」「担降りしました」という言葉。 担降りという言葉には少なからずネガティブな感情が含まれていて、見かけると相手が見ず知らずの人であってもその理由やきっかけについて考えてしまいます。 所属のアイドルを応援している人で、いわゆるジャニヲタである自覚がある人は必ずいつか出会うであろう担降り。 なぜあんなに好きだった人から担降りするのでしょうか。 そのきっかけや理由について、自分のこともふくめてまとめてみます。 そもそも「担降り」って何?意味と使い方 では、次のように書かれています。 担降り 読み方: ジャニーズファンによるで、そのの()であることをやめる()という意味で用いられている語。 「担降り」のをなどで、にうとするもいるという。 自分が一番に応援しているアイドルをジャニーズファンは「担当する」といいます。 「Aちゃんは嵐の大野君担当」 「Bちゃんはキンプリの平野担」 のように使います。 ほかの事務所でいう「推し」という表現と近いです。 その一番に推していたアイドルのファンを辞めること、 またはそのアイドルが自分の中の1番手ではなくなってしまったときに 担当を降りる、つまり「担降りする」のです。 なぜ担降りするのか? ジャニーズを応援する中で、「担当」を名乗ることは、自分の中の一つの契約です。 そのアイドルを応援し続ける• 他のアイドルじゃなくてあなたについていくよ 担当を名乗ることは、恋愛でいうと「付き合っている」と公に宣言することに似ています。 おおげさかもしれないけれど一人の人だけを愛することを誓うことでもあると思います。 なので、ほかの子も同じ熱量で応援する「掛け持ち」という応援の仕方のファンを良く思わない人がいるのも事実です。 そんな気持ちで担当していた人から離れてしまうきっかけには、次のようなものがあります。 他のアイドルの方が好きになってしまった よくあるのは、「タッキーからの阿部君に担降りします」のように、 別なアイドルの方に好きな気持ちがうつってしまった場合です。 相手は、内の別なアイドルである場合が多いです。 一方で、別事務所のアイドルや俳優である場合もあります。 「わたしは〇〇君担当」という気持ちで応援してきても、番組や舞台などで別な気になるアイドルを見つけてしまい、気になって気になってどうしようもないという状態に。 自分の正直な気持ちで、「今までの担当よりも別な子の方がすきになってしまった」ということ、自分でも信じられないけれどありますよね。 メンバー脱退・退所など、グループの活動状況の変更 グループの活動状況に変化が起こったときには、担降りを考える人が多くなります。 最近だと、• 嵐の活動休止• の退所• のの事務所退所• の活動休止・解散、の退所• の契約解除 などをきっかけに、担降りをした人がいたのではないでしょうか。 該当メンバーを担当していた場合はもちろん、グループの中でメンバー脱退が起こったときにもそのグループのファンが担降りすることもあります。 グループ担当という気持ちで応援している人にとっては、大好きで応援してきたグループの形が変化するのは悲しい出来事。 今までと同じ熱量で応援し続けられなくなる人がいるのは当然。 アイドルの熱愛発覚で担降り 担当していたメンバーの熱愛報道をきっかけに担降りをすることも。 先にも述べたとおり、人によっては担当=恋人のような気持ちで真剣に応援しているファンもたくさんいます。 そんなファンにとって、担当の熱愛報道は裏切り行為のように感じてしまいます。 アイドルにもプライベートの時間があって当然という考え方は理解していますが、応援しているアイドルが恋人といい感じだという話は聞きたくないもの。 担当と熱愛報道された女性はどうしても呪ってしまうし、同じ気持ちで担当を応援し続けることができなくなり、担降りを決める人もいるでしょう。 (熱愛報道はだれもしあわせにならないので、できれば今後もう聞きたくないと個人的には思います) 恋愛・結婚・進学・転職など、自分の環境の変化 ここまでは、主にアイドル側に原因がある場合についてお話してきましたが、応援している側に理由があることもあります。 担当を名乗るほどジャニーズのアイドルを真剣に応援している人は、どうしても「他人軸」で生きがちです。 自分の予定よりも担当のコンサートスケジュール優先• コンサートに備えて、休みを取りやすい職場を選ぶ• 仕事後に観劇に行ける場所に転職をする など、ジャニーズ優先の生活を送っている人は意外と多いのではないでしょうか。 わたしの周りには、次の仕事がはっきりと分からないジャニーズJr. ファンの友人が多くいました。 ジャニーズJr. だと、「出演者として名前は載っていなかったのに、初日のステージに担当の〇〇くんがいた!」という恐ろしいことが頻繁におきます。 なので、そんな急なスケジュールにも合わせられるだけの環境をつくっておかなければと思うと、どうしても他人軸になりがちだし、自分のスケジュールは担当の予定が分かってから決めるものとなりがり。 そんな状況から自分軸の生活にシフトできたときに担降りしていく人がいます。 恋人ができて、そちらを優先するようになった• 進学や就職でジャニーズ事をする時間の余裕がなくなった などが挙げられるでしょう。 担当していたアイドルを嫌いになったわけではないけれど、自分のことを優先した結果、これまでよりは距離をとって応援することになる形です。 今までよりは会いに行く頻度を減らして応援を続ける人• ファンであることをすっぱりやめてしまう人 といろいろなパターンがありますが、いい形の担降りと言えるでしょう。 担降り=心境・環境の変化 基本的にはつらいもの 担当は自分の時間もお金も情熱もかけてきたもの。 全ての趣味にもいえることかもしれませんが、ジャニオタの場合、趣味の対象が恋させるのが上手なかっこいい男子たち。 恋愛感情ではなくとも、一緒にうれしいこともつらい時期も乗り越えてきた仲間のような感覚をもっている人は多いのではないでしょうか。 理由は何にせよ、それだけ自分のいろいろなものを注いできたものから離れる(=担降りする)というのはつらいものです。 彼がアイドルである限りずっと担当したいと思っていた。 そんな人をさまざまな理由で応援できなくなってしまう、自分の心変わりに苦しむ人も少なくないと思います。 また、応援するグループから離れることで、友人関係が変わることもあるでしょう。 担降りは、ジャニヲタの生活すべてを大きく変えてしまう出来事である場合もあるのです。 そんな気持ちになんとか区切りをつけて、前を向いて進んでいきたいと思う気持ちから、担降り時にブログを綴るという行動になるのでしょう。 担降りブログってそういう心の動きに共感してしまうので、ついつい読んでしまいます。 自分の考えを書くことは、気持ちの整理に効果的であるという研究も多数でています。 ブログのように人に公開するのは恥ずかしい人は、紙にかきだすのでもいいでしょう。 人間ですので、永遠だと思っていた気持ちが変わることも当然あります。 担降りをした人、担降りを考えている人も、自分を責めずに前を向いて進みましょう。 担降りについてもうちょっと考えてみたい方は、も合わせて読んでみてくださいね。

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私にとっての担降りとは

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最初にお伝えしますが、結果的に担降りはしていません。 耐えて持ち堪えたタイプのオタクです。 そしてではありません。 髙橋海人くんを貶すようなことはありませんのでご安心ください。 なぜこのブログをこのタイミングで書き始めることになったのか。 それは、新しいグループ2組デビューし、当時の私と同じような状況にあるファンの方を多く見かけるからです。 時代から長く応援してきたのに・・・ めちゃくちゃ好きだったはずなのに・・・ 様々な理由から気持ちが離れかけているあなたに読んでほしいです。 まずは自担の紹介をさせていただきます。 髙橋海人(21) 1999年4月3日生まれ 神奈川県出身 A型 身長175cm 体重55kg 2013年7月24日入所 King&Princeに所属し、 メンバーカラーは ひまわりイエローです。 海人くんの魅力はこちらにまとめてありますので、お手隙の際に良ければ読んでみてください。 髙橋海人くんの魅力を布教します。 - かいとくんと私。 私が海人くんを好きになったきっかけは、元々応援していた関西ジャニーズJr. 彼の目線使いに堕ちたのを今でもよく覚えています。 Prince公演から海人くん単推しとなりました。 海人くんに出逢わせてくれた紫耀くんに感謝です。 正直、 vs Mr. Princeが結成された辺りからいつデビューするか分からない状態だったので、 「今会えるうちに」「後悔することだけはないように」と、ライブも舞台もイベントも毎月の少年収も、悔いの残らない公演数は入っていました。 海人くんは私の青春そのものでした。 2017年前後のJr. 戦国時代は人生で1番充実した毎日でしたよね。 にズブズブの毎日はかなり金銭的に厳しいことも多く、「ヲタ卒したい」と何度も口にしていました。 楽しすぎる今の代償はきっと大きすぎる。 でも実際は、海人くんから離れられる訳ないって本気で思っていました。 しかしその日はいきなりやってきました。 東京での番協は基本、関東住みの若い子しか当たりません。 交通の便の良さを考慮していることと、よく歓声の上げてくれることが分かりきっている若い子が選ばれます。 キャピキャピした声のよく出る若い子をサプライズ発表のあの場に置きたいのは分かる。 ・・・分かるけど。 どうしても拭えない不信感がいくつもありました。 こっちは長く長く長く応援してきた自担のデビューシングルだからと、大ヒットを祈願して100枚買って、一つ一つ応募してそれが実って、当たって。 そうです。 私が不信感を募らせ、応援することに冷めだしたきっかけは、せっかく購入特典の連動イベントでハイタッチ会をすると堂々と宣伝して販促しているのに、他に番協イベントありすぎて特典イベントの特別感がない。 という1つのことからでした。 同時デビューでよく見かけたのは、 売上には貢献したい。 推しグループにももラジオもももカラオケもルックアップも全て1位取らせてあげたい。 でも自分の熱量が足りてないのか、そこまで必死になれない。 周りのファンと温度差を感じる。 あれ?もしかして私ってそんなに好きじゃなかった・・・? 本人たちは変わらなくても周りが変わると、自分の気持ちまで変わってくる。 まさにその通りです。 デビュー前後で爆発的に増えた若い層のファンの方々。 分かる。 私自身、キスマイが横アリでデビューが決定した姿を見てファンになって、なぜか一緒にCDデビュー日を迎えて喜んだオタクなので。 なぜかデビュー前からのファン感出せるし。 そんなキンプリデビュー前後でファンになったような若い子に 「CDいっぱい買ってハイタッチ会に行ってもキンプリ達は絶対に喜ばないと思う!」とか 「何枚も買うのは理解できない。 そりゃ何枚も買ったらイベント当たるだろうけど、そんなの運じゃないし嬉しくない。 」なんて言われて。 それもかなり賛同されてて。 何枚も買えない気持ちも分かりますが、自分の尺度で全てを測ろうとするのは良くないよと言いたいのです。 大好きな大好きな自担のデビューを大ヒットで飾りたい・飾らせてあげたいと思う人もたくさんいるのです。 またその逆も然り。 同時デビューでよく見かけたファンの中の温度差にも言えるのですが、たくさんの部門で1位を取らせてあげたいのでたくさんの協力が必要なのは分かる。 でもその中で、それをしないファンを虐げるのは違う。 人には人の考え方と応援の仕方がある。 運営に加え、私と考え方の違うファンの存在にも疲れ始めていました。 私は しょうれんお兄ちゃんに甘やかされる海人という三兄弟の図が大好きだったので、キンプリにいる海人くんは正直あまり好きじゃなかったんです。 では「いつも構ってくれて受け入れてくれる紫耀くん」、「絶対に話題を振ってくれてボケを拾ってくれる廉くん」だったのに、キンプリ結成したばかりの2人は、岸くんの天然ボケへのツッコミや、無口な玄樹くんへの気配りフォローで手いっぱい。 海人くんのボケは岸くんの影に隠れるし、可愛さは玄樹くんに負ける。 海人くん自身も悩んでいる時期だったんじゃないかなと思います。 が上手くてギャグ線の高い5人に置いていかれる海人くんを見ているのは本当に本当にしんどかった。 そして、そんな中で1stツアーが決まりました。 「King&Prince 1st Concert Tour 2018」 (2018年8月10日 横アリー9月22日 宮城) どんなに冷めていたってライブの発表は嬉しいものです。 なんと言っても自担の1stツアーです。 21公演全ステする!と、とてつもなく気合いが入っていました。 しかし、そんな願いも虚しくまさかの 全滅でした。 時代は全滅という言葉とは無縁の人生を送っていたのに、デビューした途端この仕打ち・・・ あぁ、私はもう海人くんにとって必要のない存在となってしまったのか・・・と自然とヲタ卒を考えだしたのです。 FCの会員数は、発足してすぐに先輩方の会員数を抜かしてしまうほどの人数となり、ライブの倍率が爆上がりしました。 現場大好き人間の私にとって、これが海人くんを応援することを冷めるようになった2段階目でした。 モチベーションややる気を失っていた私でしたが、様々なご縁があり、1stコンサートには4回入れることになったのですが、 メンバーが何度も言っていた 「平成最後の夏、キンプリ最初の夏!」という言葉。 どんどん大きくなって進み続けるキンプリたちとは反対に、私はこの時代に置いていかれるんだなぁ・・・と、会場にいながら勝手に心を痛めていたのです。 横アリの私的初日ではせっかくセンターのアリトロ横だったのに、横アリでの演出上、まさかの海人くんが一度も通らない。 外周たら普通に埋もれ席だったので気付いてもらえない。 構ってもらえないことの方が極端に少なかったJr. 担を過ごし、デビュー後の1stコンで元々冷めかけの私がセンター席で気付いてもらえず。 このツアーが終わったら私の海人担人生も終わりにしよう。 と心に決めたのです。 入所10ヶ月の頃から全身全霊で応援してきた弟のカイ()の背中がこんなに遠くに見えた(物理的にも、精神的にも)のは初めてでした。 海人くんが悪いのではなく、純粋にキャパが広くなったことと同担の母数が増えたんですよね。 あと横アリでのアリトロ演出が残念。 (城ホからはアリトロ曲が増え、改良もされていた) 大好きだった不思議系おバカMCも全く見れず。 その上、新曲ばかりのため、知らない曲に全然テンション上がらず、さらにモチベーションは下がり続けていました。 どこまで落ちたかと言うと、 他担は興味無し・双眼鏡で自担ロックオンタイプの私が、公演中一度も双眼鏡を覗かずに全体をぼーっと見ていたほどでした。 海人くんを応援してきた年月を捨てると決断するには、青春と時間とお金を費やし過ぎました。 本当に降りていいのか何度も何度も悩んだし、海人くんのおかげで繋がったヲタ友との関わりが無くなるのも嫌だ。 ・・・でももうキンプリを応援している今が全然楽しくない。 と感じてしまっていたのです。 自分だけの夢じゃなくなって、ファンのみんなとの夢になって、そしてデビューする夢が叶って。 みんなこのステージに立つことが出来て本当に幸せです。 素敵な景色を見せてくれてありがとうございました。 」 私が入った横アリでの海人くんの最後の挨拶です。 私も数ヶ月前までは海人くんのデビューを待ち望んでいたし、デビューが決まったときは大学の講義中に友達に心配されながら泣いたし、本当に嬉しかったんです。 でもデビューが決まってんどいことの方が多かった。 この挨拶を聞いて、私も 「海人くん、素敵な景色を見せてくれて、今まで本当にありがとう」と思ったのでした。 モチベーションは上がらないままでしたが、城ホ公演は最後の海人くん!と決めていたので、逆に清々しい気持ちでした。 残りの3公演、スッキリと降りられるように楽しい思い出で終わろう!と席についたのですが、まさかの、全ての公演で1回以上ファンサをくれる海人くん・・・ 降りようとしているときにさすがすぎません? あれ、引き止められてる? 1番嬉しかったのはOh My Girlの「スキ!スキ!スキスキスキ!」に合わせて《か》《い》の名前うちわを交互に指差してくれたことです。 待って、海人くんのこと好きかもしれない・・・ チョロいオタクの代表格なので、爆速で私は海人くんへの好きの気持ちが大復活してしまったのです。 新曲ばかりで盛り上がり切らなかった横アリ初日に比べて、大阪公演の頃には聞けば聞くほど新曲がどれも素敵な曲なことに気付き、MCもハズレ無しだし、本当に最高の時間となりました。 そしてあんなに苦手意識を持っていた『キンプリ』も、あれ?いいグループやん・・・ってなりました(茶番) しかしここで終わらないのが、担降りブログを書きかけた理由です。 私の大満足のキンプリ城ホ3daysの1週間後、自担に熱愛報道。 誰の得にもならないので語りませんが、ここで正式に担降りブログを書きかけました。 一つ言えるのは、米津さんのLemonの冒頭の 「夢ならばどれほど良かったでしょう」で泣きました。 これ失恋ソングだったのか。 (違う) 数日間はかなり病みましたが、その直後に立て続けに発表された、ドラマ 「部活好きじゃなきゃダメですか」の主演と、ゴールデンバラエティ番組 「どうぶつ王国」のレギュラー決定。 複雑な心境ながらも、黄色のホールケーキでお祝いしちゃうほどに喜びが勝っていました。 担時代の私は「私の見ていない海人くんがいるのが嫌だ」という意識で通っていたヤバめのオタクだったし、海人くんが写っているグッズや公式写真は当たり前に何セットも買うようなオタクでした。 今思えば、これは全て私が勝手に義務のように感じて行動していたのではないかなと思います。 しかし冷め期を経験し、 自分が本当に楽しいか・本当に欲しい物かを冷静に判断できるようになれました。 19年のツアーはJr. 時代に逆戻りして、どうしても行けない日以外は全て入ってしまうほどに楽しみましたが、 義務化していた毎月の少年収はもう行かなくなったし、公式写真やグッズも、推しのビジュが好みのものしか買わなくなったし、テレビはリアタイしなくなったし、雑誌も全く買わなくなりました。 (もちろんCD・DVDの類は全形態買います) でも海人くんのことは変わらず好きです。 胸張って言えるようなことではないような話をしてしまいましたが、伝えたいことは、ファンだからって全部を追っかける必要はないし、自分が義務感を感じた時点でもう下り坂だよってことなんですよね。 自分らしく楽しく応援するのが1番楽しい! 私は誰でもない 自分のために海人くんを応援しているので。 海人くんに会いたい。 それに尽きる。 デビューして1年間は現場の少なさに本当にしんどい思いをしましたが、そろそろ3年目となる現在は、夏と冬の現場に全力を注ぐために蓄えるという1年間の過ごし方にも慣れ、映像だけで満足できる脳に順応しました。 バラエティ番組の出演やDVD発売、チャンネルなど、私がデビューのときに楽しみにしてたこと以上のことが今のJr. は全部できていて、まさにCDデビューしなくても幸せなこの時代。 こんな時代をJr. の海人くんと過ごしたかったなぁと思うことも多くありますが、海人くんと生きてきたこの6. 7年間に悔いはありません。 いつも笑顔でステージに立ってくれてありがとう。 これからも支え合えるような存在でありますように。

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キンプリの担降りを考えています。その理由は「学生でお金が足りない」...

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あけましておめでとうございます! お久しぶりです。 年末年始はなかなかblogを書ける環境ではなかったのですが、今日から再開していきたいと思います!2019年の平成もあと3か月!トンチキ暴走反省記にお付き合いくださいませ。 過去の記事はこちら 前回の更新でついに 伝説の自担のくんに出会うところまでを書きました。 くんを担当していなかったら人生が変わっていたかもしれません。 良くも悪くも1番濃い日々を送ることが出来ました。 Hey! Say! JUMP 勇気100%&全国ツアー まだJUMP担だった私はこの公演の仙台公演に参戦することにしていました。 私の地元でもあり、その時に担当していた光くんの出身地でもありました。 私の実家や親戚や友人は本当に幸いにも誰も怪我をすることがなく無事だったんです。 実家も落ち着いたあたりから名古屋公演と横浜公演に参戦しました。 ララリラで本気で泣いた。 ララリラとは B. Shadow 健人くんのJr. 時代のグループ の持ち曲でした。 健人くんがになってからもLIVEで歌ってくれたなぁ。 とにかく前向きな歌詞とララリラを歌う健人くんに大号泣したんです。 横浜だったかな。 それしか覚えてないくらいです。 ブチギレの名古屋公演 このころの私は4連うちわを持ったり良い席を選んで買うスタンスで応援していました。 これには賛否両論ありますが、この時は良席で参戦してヘアメしてファンサを貰いたかったんです。 健人くんがバックに付かない! 名古屋は東京Jr. がバックについたり関西Jr. がバックついたり結構その公演により違います。 まだ認識が甘かった私は去年の名古屋も付いてたから健人くんもいるだろうと思っていました。 居ませんでした。 笑 ララリラが聴けないことが悲しかったです。 担降りフラグです。 光くんから総スルーをくらう。 これは今でも覚えています。 花道から2つ目の席にいるのに全くファンサをもらえず。 友達は担当の伊野尾くんからファンサもらっていました。 それを見ていたらやっぱり自分もファンサをしてもらいと思ってしまいました。 この時はそういう考え方だったんです。 友達が協力してくれて、大きい声で光くんが通るときに「光!こっち!」って呼んでくれたんです。 その時に光くんはこっちを見てくれたにも関わらず、無表情でこちらをみて通り過ぎていきました。 華麗にスルーです😌その時点でファンサどうのとか、光担としてどうのじゃなくて人間として落ち込みました。 笑 まあ不細工なのに髪の毛盛ってたからでしょうね。 光くんは何も悪くないです。 それがトラウマになって健人担になってからも一切、盛り髪はしなくなりました。 ありがとうございます。 総スルーのあと、憐れに思ったのか山田くんがファンサくれました。 本当に暖かかったです!優しい山田くん、本当にありがとうございました! 運命のSUMMARY2011 この公演がきっかけで私の中で人生最大の担降りに悩む時期が訪れます。 なんと公演の幕があけても1曲目のSUMMRY中盤の「ハイパービート感じながら~!」まで光くんが居るか居ないか分からないという過酷な状況に晒されます。 ドラマ「」の撮影のため、光くんはSUMMARY2011の全ての公演には参加できなくなりました。 そして光くんが居ない日の代役が・・・・・・ くんでした。 これがきっかけで気持ちが変化していきます。 私が行った最初の公演はドラマに共演してた藤ヶ谷くんと玉森くんがいるキスマイがドーム公演のため、光くんが居たんです。 愛しのプレイガールもちゃんと予定通りの薮光の黄金シンメで観れたました。 このころ、に公演レポを流すことが楽しみでいつもノートに公演内容をメモしていました。 初回の参戦メモに 「ふまけんすごい!」って大きく殴り書きしていました。 これが全ての始まりで千秋楽へと向かいます。 千秋楽なのに自担いない事件 これはどうなのって未だに思います。 結局、光くんが居るか居ないのか分からないなので持っていたチケットを手放したりしていました。 また出演している日も代役の健人くんと合わせてメンバー1人分の出演時間だった気がします。 バックのJr. も出入りが激しい公演でした。 千秋楽は風磨くんは日生に行っていなかったし、高地くんも鎖骨怪我してしまって。 SUMMARYは健人くんが光くんの代役の日はオープニングで光くんの代わりにフライングに入り、その後のJr. コーナーでB. Shadowのサークルフライング ジャニーズ王道のメンバーが手を繋ぎながら回るフライング もやるんですけど、最終日はB. Iの方に今のキンプリの岸くんが入っていました。 それくらい出入りの激しい公演だったんです。 健人くんも風磨くんもずっと代役でフライングに入っていました。 デビューしてないのに。 そしてこの千秋楽に光くんが出ないんじゃないかと噂が前日あたりから流れます。 案の定、千秋楽は1部に光くんは出演し、2部の大千秋楽は居ませんでした。 最後のホール公演は代役の健人くんになりました。 この年はこの後にドームでも公演をしています。 やっぱり嫌でした。 なんでデビューしてるのに居ないのって思ってました。 今でも公演が始まって1曲目の途中まで居るか居ないか分からないのはおかしいと思います。 今だから正直にいうと、「とりあえず公演みるか。 仕方ねえな!」って感じで自暴自棄で参戦しました。 健人くんのパフォーマンスが考え方を変えた でも公演をみているうちに考え方が変わりました。 どう思ったかっていうのは次回の記事に記載します。 とにかく健人くんにデビューしてほしいって思ったんです。 ここからが全ての始まりでした! 初めは光担を降りるつもりなかったSUMMARY2011。 健人くんはお気入りのJr. くらいだと思っていました。 アンコールでは感激しすぎて友達と健人くんの名前を叫んでいる自分がいました。 1記事で、デビューまで行けなかったぞ。 笑 次回、怒涛の担降りに悩み、やっとデビューについて書いていきます! redxx7.

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