ヒプマイ 夢 小説 pixiv。 紅葉の散り際に彼に何思う【ヒプマイ短編集】

ヒプマイ夢物語

ヒプマイ 夢 小説 pixiv

年齢的に煙草を吸えないことはないけれど、吸ったことはない。 寧ろ、吸わせてもらえない、と言った方が正しいのかもしれない。 「さあ、どうでしょうね。 人それぞれ趣味嗜好が異なりますから」 そう言って、彼はふう、と白い煙を吐き出す。 「なら、私も吸ってみたいです」 「貴女には必要ないでしょう」 だから、ダメです。 きっぱりと言われ、むう、と押し黙ってしまう。 先程、吸わせてもらえない、と言ったのは、つまりこういうことである。 彼は、私に煙草を吸わせようとしないのだ。 わざわざ身体に毒を振りまくことなんてないです、なんて、自分のことは棚に上げてそう言われたりして。 彼はある意味、過保護だと思う。 それが時々、なんとも面白くない。 「…そんなに気になるのであれば、」 彼は、指で挟んでいた煙草を灰皿に押し付けたかと思うと、ガタンと立ち上がって。 なんだろう、と思ったところで、腕をグッと引っ張られて、彼の方に身体が傾く。 いきなりのことで目を見開いた途端、唇に柔らかくて温かいものが押し付けられる感触がした。 彼の整った顔がやたら近くに見えて、ぬめり、としたものが口の中に入ってきて、そこでやっと、彼に口付けされていることに気が付いた。 少しして頭がぼうとした頃に、彼の顔が離れると、舌に広がる苦い味に、思わず顔を顰めてしまう。 「…やはり、この味は貴女には必要ないですよね」 クックッ、と喉を鳴らして、彼は可笑しそうに笑う。 それがなんだか妙に腹立たしくて。 だから、彼の襟元を掴んで引っ張って、先程まで私の唇に押し当てられていた、赤くて妙に艶かしい唇に、噛み付く勢いで自分の唇を押し当ててやったのだった。 飴なんて久しく食べていないし、なんとなく口寂しいので、包みから出して口に放り込む。 レモンの甘酸っぱさが口の中いっぱいに広がる。 それが楽しくて、口の中でからんころんと飴玉を転がした。 「飴食ってんの珍しいじゃねえか」 私の頬が丸く膨らんでいるのを見た彼は、フンと鼻で笑ってから私の頬を指でつつく。 ちょっと痛い。 「さっき乱数くんから貰ったの」 そう答えると、彼はなるほど、といった表情をしたあと、面白くないと言いたげに顔を顰めた。 かと思えば、わざとらしくニヤリと笑う。 なんだか嫌な予感しかしない。 彼と少し距離を取ろうとした瞬間、腕を引っ張られて身体が傾く。 勢い余って彼の胸に飛び込む形になった。 「な、いきなり何す…ん、」 文句を言おうとして彼を見上げると、彼によって口を封じられてしまった。 文句の一言も、息すらもままならないほどに深く、長く、口付けられて。 気がついたら、ぬるっとしたものが口内に侵入して、まさぐられるように動いて、あっさりと飴玉を奪われたところで、やっと顔が少し離れた。 「俺様の前で他の男の名前出してんじゃねえよ、クソアマ」 そう言って彼は、いやらしく舌を出す。 先程まで私の口に入っていた飴玉が、彼の舌の上にちょこんと乗っていた。 肩で息をしつつ、先程まで口の中に広がっていた甘酸っぱい味に上書きされるように、いつもの煙草の苦い味を感じて、恨めしく思い彼を睨みつけてやった。 長い間身に染み付いた女性恐怖症は、なかなか離れようとしてくれない。 目を合わせるのも怖くて、横目でチラリとしか彼女を見ることができない。 「手、繋いでもいいかな?」 困ったように眉を下げて、笑う彼女を、視界の端で捉えた。 いつもそうだ。 彼女は、オレに触れようとする時、必ず一声掛ける。 困ったように笑いながら。 オレを怖がらせないように声を掛けてくれる、そんな優しい彼女のことが大好き。 オレの鼓膜を震わせる彼女の声も、大好きで、本当は触ることだって嫌なわけがない。 触りたい。 触ってほしい。 だけれども、身体が受け入れてくれない。 彼女のことは好きだけれども、女性は怖い。 好きなのに怖い。 怖いのに好き。 相反する感情を抱えて、いつもジレンマを感じずにはいられなくなる。 「う、ん…いいよ…て、手、繋ご…」 吃りながら、なんとか言葉を紡ぎ出して、恐る恐る手を彼女の方へ差し出す。 情けないけれど、これが今のオレの精一杯だ。 「うん、ありがとう」 そろりと、温もりが近づいて、オレの手と重なる。 またビクッとしそうになったけれど、心の準備ができていたから、そうならずに済んだ。 温かい。 嬉しい。 横目でまた彼女をチラリと見ると、嬉しそうに笑ってオレの方を見ていた。 目が合いそうになって、慌てて逸らしてしまったけれど、でも幸せな気持ちになった。 いつか彼女を思いっきり抱きしめられたら、オレの心臓は止まってしまうかな。 なんて頭の片隅で思ったりもして。 というより、近付くなオーラが放たれている気がする。 綺麗な顔立ちに高い身長の彼は、新学期当初はクラスメイトの女の子たちによく話しかけられていたけれど、つれない態度と鋭く冷たい言動で、話しかけようとするクラスメイトは男女問わずいなくなっていった。 1番後ろの、窓側から2番目の席。 彼はその席で、いつもつまらなそうに授業を聞いて、つまらなそうに休み時間を過ごしている。 その隣の、1番窓側の席が、私の席だ。 彼と隣の席になって数ヶ月経つけれど、彼と言葉を交わしたことは、片手の指で数え足りるほどしかなかった。 「…あ、教科書…ない!」 次の授業に備えて数学の教科書を鞄から出そうとすると、ノートしか入っていないことに気が付く。 何故教科書が入ってないんだろう。 昨日家で宿題をして、ノートだけ鞄に入れて、教科書は机に置きっぱなしにしてしまったのかも…。 とりあえず、他のクラスの友達に借りに行こう。 そう思い席を離れようと立ち上がった瞬間、無慈悲にも鳴り響くチャイムの音。 絶望的…諦めるしかない。 私はすとんと再び席に着く。 こうなってしまったら、隣の席の人に見せてもらう、という手段一択になってしまった。 しかし隣の席はあの山田くん。 他に頼れる人がいない、この窓側の端の席は、こういうときばかりはついてないな、と思ってため息が出る。 勇気を出して山田くんに話しかけるべきなのはわかるけれど、その肝心の勇気が出ない。 そもそも彼は、私なんかに教科書を見せてくれるのだろうか。 誰も寄せ付けないオーラを放っている、あの彼が。 などとぐるぐる考えつつ、隣の彼の様子を伺う。 頬杖をついて黒板をぼうと眺める彼が、不意にこちらを、チラリと見た。 目が、ぱちっと合ってしまった。 慌てて目を逸らして、ぎゅっとスカートの裾を握りしめて、俯く。 すると隣から、はあ、とため息が聞こえてきて、かと思ったら、がたんという音と、人が動く気配がして。 「…教科書、忘れたならさっさと言えよ」 びっくりして、声のする方を見ると、私の机に自分の机をくっつける彼の姿。 机の端と端をぴたりとくっつけて、彼は自分の席にすとんと腰を下ろして、机の境目に教科書を置く。 そして、何事もなかったかのように、また頬杖をついて、前を向く。 突然の彼の行動にびっくりして、何も言えず唖然としてしまう。 だけれども、ぴたりとくっついている机と、その境目に置かれている教科書が、少しだけ私の方に傾いていることに気が付いて、思わず頬が緩んでしまう。 なんだ、近付くなオーラは、こんなにも簡単に引っ込んでしまうものなのか。 「ありがとう、山田くん」 彼の顔を覗き込むようにして言うと、頬杖をついたまま「ん、」と短く返事をする彼。 その彼が私と目を合わせようとしなかったこと、口元を抑えて頬杖をついていること、その手の間からちらりと見える彼の頬が少し赤いこと、全てが可愛く思えてしまって、なんだか幸せな気持ちになってしまった。

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紅葉の散り際に彼に何思う【ヒプマイ短編集】

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「全然釣れないっすね~」 「そうだね、一二三君。 たまにはこんな事もありますよ、気長に待ちましょう」 今日は先生と一緒に釣りに来たがまったく魚に相手にされず、朝から釣り始めて三時間が経過していた。 堤防の端っこでひとりで釣りをしている人が見えた。 向こうで釣り竿に魚が付いてるのが見えたて思わず叫んだ。 俺っちはそんなことはお構いなしにニコニコと横で返答を待った。 「え、マダイです、けど…」 「マジ!?すげえじゃん!ここ鯛とか釣れんの!?」 「ちょうどここだけ他の場所に比べて深さがあって、潮通しが良いから鯛とか釣れやすいんですよ」 そう言って使ってる仕掛けやこのあたりの潮の流れや釣れるポイントなどを丁寧に教えてくれた。 背は独歩と同じくらいでスタイルも良いし物腰も柔らかい。 普段男に興味のない俺っちだけど、珍しく興味が湧いて話の途中に何の仕事をしてるか聞いたらなんと、独歩ちんの後輩らしい。 世間って狭いな~。 ごめん僕もうそろそろ片づけて行かなきゃ」 「え?そうなん?ん~残念だな~。 またどこかで会えたらいいっすね!」 「そうですね。 あ、生餌が余ったんで良かったら使ってください」 エビやイソメなどの生餌を渡されたがひとりで釣るには明らかに多い量で、話を聞くと行きつけの釣具屋の主人がおまけしてくれたんだと。 もともと今日はそんなに長い時間いない予定だったらしく誰かにあげるか海に捨てるか迷っていたらしい。 たまたま話しかけた俺っちナイス! 「わ~助かる~!あ、先生にもお裾分けしていい?」 「先生…?あ、もしかしてあっちにいる人…神宮寺先生?」 「そそそ~。 俺っちと先生釣り友なんだよね~。 今日は俺も先生もまだ坊主でさ~。 さっきのアドバイス活かして今日は大漁っすよ~!」 「ふふ、頑張ってください。 大物釣れたらいいですね」 「あ、じゃあさ~釣れたら報告したいから連絡先交換しといていい?」 「もちろんいいですよ。 あとで独歩ちんに見せてやろう~っと。 彼のご厚意で釣っていた場所を譲ってもらい、さっきまでとは打って変わって面白いくらい釣れたので先生も楽しんでた。 そんなこんなで一日が終わり家に帰ってきて玄関を開けると、珍しく独歩ちんのほうが先に帰っていた。 「どっぽ~おつかれ~!釣り楽しかったよ~!聞いて聞いて、今日面白いことがあってさ~」 「…おかえり、一二三。 えらく上機嫌だな…俺は休日出勤なうえに腹減って死にそうなんだが…」 釣果の画像と携帯のアドレス画面を取り出して独歩ちんに見せる。 後輩の名前を見てえらく驚いた顔をしていた。 「めんごめんご!すぐご飯作るからさ~。 そうそう、独歩ちんの後輩に釣り場で会ってさ~。 色々教えてもらったり余った餌もらったりして助かっちゃったわけ~。 今度会社で会ったらお礼言っといて!また釣り場で会ったら俺っちからもお礼するけどさ!」 「…あ、ああ…会ったら伝えておくよ…」 心なしか独歩の顔がこわばったままなのが気になったけどもしかしたらあんまし仲良くない後輩だったんかなぁ、いや人間関係で敵作るような感じには見えなかったけどな~。 まあいっか。 それから釣ってきた魚で晩御飯を作って一日釣りをしてたせいで疲れてぐっすり眠れた。 一二三は確か釣りのときはスーツは着ていないはずなのに、どうしてあいつと話が出来たのか疑問だった。 その疑問を解消するため後輩の席に向かう。 「あ、おはようございます、観音坂先輩。 どうしたんですか?朝から険しい顔して」 「おはよう…お前昨日釣りに行ってたか?」 「休みだったので趣味の釣りに行ってましたがそれがなにか?…あ、もしかして伊弉冉さんのことですか?」 携帯画面には嬉しそうに釣れた魚を持ってる一二三の姿があった。 釣果報告もらったんですよ、と言われた。 「あ、まあその…あいつスーツ着てなかったのになんでお前と話をしても平気だったのかが知りたくて…」 「スーツ?なんのことですか?」 俺は一二三の女性恐怖症のことを簡単に説明するとなぜか突然笑われた。 俺はいたって真面目なんだが…。 「あ、すいませんひとりで納得して笑ってしまって。 要するに私は男性に間違われていたんですね!」 「いや、ホストやってるあいつがお前を男に間違うなんてありえないんだが…」 「ああ、それはですね~」 そう言いながら携帯の画面を操作して写真を見せてきた。 そこにはどう見ても男性にしか見えない写真があった。 「え?これもしかして…」 「ええ。 私ですよ。 プライベートは趣味で男装してるんで、あと声も…んんっ『こんな感じで喋っているのでより一層男性っぽく見えませんか?』って感じです」 目の前にいるのは女性なのに発せられた声は男性だった。 後輩の新たな趣味と特技を知ってしまいなんとも複雑な気分になる。 「ハハ…それは…あいつも分からない、かもな…」 「あーでも女性って分かったらもう一緒に釣り出来ませんね。 残念です」 「いや…俺からは言わないよ。 あいつが気付いたら仕方ないけど…」 「じゃあバレないように頑張りますね」 小さく笑う後輩の横顔を見ながら一二三と後輩の並んでいる姿を想像した。 男前な後輩がいつか一二三の横で女性として並んでくれたらいいのにな。 いつもは女性に魔法をかけてるあいつが自分が魔法にかかってるなんて知ったら驚くだろうな、なんて柄にもないことを思ってしまった。

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#hpmi夢 #夢小説 魔法をかけられて

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ただの暇つぶしなんだろうと思っている。 好きだとも言われていないし、恋人の括りにもセフレの枠にも入れていないことは分かっていた。 あちらの都合で呼び出されて、好き勝手して、勝手にいなくなって、適当に放って置かれて…。 ただ、それだけ。 普段の趣向とは違う玩具なのだろう。 だから、ただの暇つぶしの道具なのだ。 好きだと思っていても、恋人になりたいと思っても口に出すことは臆病な私には出来なかった。 私から連絡する勇気さえもなくて、ただ碧棺さんのものを受け取るだけ。 いらなくなって、捨てられるのが怖くて何も出来なかったのだ。 正直、悔しいと思う。 臆病で何も出来ない自分に酷く苛立って、腹が立つ。 連絡さえ出来なくて、碧棺さんの名前を眺めるだけの自身が気持ち悪くて嫌いだった。 だから、ただの八つ当たりなのだ。 少しだけやり返してみたいと思っただけの話。 私が何をしたって、あちらが動揺することは絶対にないというどうしようもない確信があったから。 そう、ほんの少しの出来心だった。 家に来いと連絡を受けて、素直に従うのはいつものこと。 鍵を開けてもらって部屋に入れば、碧棺さんは何も言わずにソファに座っていた。 疲れているようで何も言わない。 相変わらずである。 私が呼ばれたのは、ご飯とかその他諸々の家事をやれということだろう。 …まあ、たまに性欲処理も兼ねてはいるだろうが。 疲れたように深く座って動かない碧棺さんに、いつもなら何も言わずにパスタでも作るかと準備をするのだが今日はその気はなかった。 「生理がこないんです」 ソファに深く座っている碧棺さんの後ろ姿にそう言ってみる。 生理がこないのは事実ではあるが、決して妊娠をしているわけではない。 検査もして確かめているから間違いない。 生理がこないのも少し遅れているだけの話で、よくあることだ。 だけど、意味深長にその言葉を言ってみる。 こんなことを言われたら、大概誤解するだろうしそれが狙いでもあった。 これで、碧棺さんがどんな態度をとるか、それが見たい。 出て行けと言われるか、堕ろせと詰られるか…それとも我関せずの態度なのか。 いずれにせよ、これで終わりにしようと決めていた。 「…」 何も言わない。 そりゃそうだよなと思う。 ただの暇つぶしの対象に、一々反応などするわけもなかったのだ。 分かっていたけれど、ほんの少しだけあった期待が萎んでなくなる。 うーん、面倒くさい人間になってしまったものだ。 八つ当たりと言いながらも、彼からの反応が欲しくてたまらなかったのだ。 どんな反応でもいいから、私に対しての「何か」が欲しかった。 (何も、ないよなぁ) このまま帰りたい。 でも、きっとそうしたらもう二度と彼には会えなくなる。 だけど、そうするために言ったのだ。 何も今更後悔しているのだろうか。 帰ってしまおうと考えていたら、いつの間にか碧棺さんが目の前にいた。 「…?」 「…」 「!」 こちらに手を伸ばしてくる碧棺さんに、つい身体が強張る。 ふざけるなと殴られてしまうだろうか。 だが、碧棺さんは私の方に手を伸ばしてくると、大きな掌で私の頭を撫でる。 何度も何度も、ゆっくりと撫でられて、それが思いのほか心地よくて、あったかくて驚いた。 「…?……?」 突然の行動に首を傾げていれば、碧棺さんはようやく満足したのか手を離し台所へ向かって行った。 水でも飲むのだろうか。 それより、何でいきなり頭を撫でたのだろう。 たまにそういうことはあったけど、今やることだったのか。 「飯は食えるのか」 「え」 「食欲はあんのか?」 「あ、りますけど」 「ん」 そう言うと、碧棺さんは米を洗い始める。 いそいそとご飯を作り始める碧棺さんに、私はただ口を開けて見ているしか出来なかった。 ご飯の準備を手伝おうと近寄っても、碧棺さんは「座れ」と言うだけで結局何も手伝わせてくれなかった。 「飯作るのもしんどくなるだろ。 なら、慣れといたほうがいい」 そんなことを言っている碧棺さんは、どうやら私の言葉を信じているらしい。 生理がこない、妊娠しているだろうという私の言葉を汲み取ってくれたのだ。 …いや、信じてくれるのはいい。 信じていたとして、この態度はおかしいのでないだろうか。 予想では追い出されると思っていたのだが…。 「早くこい」 「…」 そろそろ寝るぞと寝室へと腕を引かれるままついて行ったのはいいが、さすがにこの状態で碧棺さんの相手は出来ない。 それはこの人も分かっていると思っていたのだが…碧棺さんは、ベッドに横になったまま私が来るのを待っている。 むしろ、私は帰った方がいいんじゃないかと思うのだが、帰ろうとすれば「帰る必要ねぇだろ」と玄関から連れ戻されるという繰り返しだったのだ。 「何してんだよ、冷えるぞ」 面倒そうに顔を顰めた碧棺さんに、ついに無理やりベッドへ引きずり込まれる。 こんな訳の分からない状態のままは嫌だったのだが仕方ない。 諦めるしかなさそうだ。 覚悟して目を瞑れば、何枚か毛布をかけられてさらに碧棺さんに抱き込まれた。 流れるようなその作業に、驚く暇もない。 頭の上の方には碧棺さんの顔があるのは分かった。 そのまま何もせずに、眠ろうとしていることも。 こんなに密着して眠ることなんて、私の記憶の中ではなかった気がする。 いつもこのベッドでは、セックスをして気絶させられているばかりだったから。 意味が分からない現状に、「え…」と間の抜けた声がつい出てしまった。 どうすればいいかも分からなくて、混乱するばかりだ。 「どうした」 小さな声にも過敏に反応してくる碧棺さんが怖い。 「い、いや…えっと…あっち向いてもいいですか」 「…」 碧棺さんとは反対方向を向きたいと言えば、彼は不服そうにしながらも私のお腹から手を退ける。 碧棺さんとは反対を向けば、彼はまた後ろから私を抱き込んできた。 (う、うわぁあ…) 慣れないことがこんなにも恥ずかしいことを知った。 どうしたらいいか分からない。 このまま寝てしまって本当にいいのだろうか。 「不安だったろ」 「…」 碧棺さんの問いかけに、何も答えられなかった。 彼が言う「不安」と私が感じていた「不安」は全く別のことだから、何も言えなかったのだ。 黙っていれば、彼はさっきのように頭を撫でてきた。 かすかに聞こえてくる碧棺さんの呼吸音にたまらなくなって、今だけは独り占めしていいのだと思ったら泣きたくなるくらい嬉しくてどうしようもなかった。 これが続けばいいのに意味のないことを思いながら、私は目を瞑った。 〇 目が覚めて、隣に誰もいないことに気付いて、ああやっぱりなぁと思う。 昨日の夢はやっぱり夢で、何もなかった。 ただそれだけ。 だけど、ふわふわと心地の良い夢を見られた気分だ。 否定も拒絶もなく、かといって怒りや無関心でもない。 何を考えているのかも分からず、これが良いことなのか悪いことなのかも理解出来なかった。 ただ、受け入れてくれたのではないかと…そんな都合のいいものを錯覚することが出来て、よく眠れた気がする。 でも、夢を見るのも終わりだ。 昨日の碧棺さんが嘘でも本当でも、私はちゃんと話さなくちゃいけない。 八つ当たりと出来心で話した誤解を解いて、失望されても怒りに触れてもちゃんと謝って…それから…。 その先を考える前に、ガチャリと寝室の扉が開いた。 顔を出したのは、もういないと思っていた碧棺さんだった。 「起きたか」 「あおひつぎさん…?」 「飯食えるか」 「は…は、い」 私の返答に満足そうに頷くと彼は扉を閉める。 またご飯を作ってくれていたらしい。 甲斐甲斐しい碧棺さんに慣れなくて、なんだか少し怖かった。 「寂雷先生のとこ行くぞ」 「え…」 血の気がひく。 先程朝食を食べたばかりなのに、一気に体温がなくなった気がした。 (分かっているんだ…) 私が嘘をついていることを、碧棺さんは初めから分かっていた。 だから、医者へ連れて行って私が嘘をついていることを証明する気だ。 「あ…あの…」 早く言わないと。 全部嘘だって…。 生理がこないのは少し日にちがズレているだけで、妊娠はしていないのだと。 言わないと…いけないのに。 まだ覚悟が出来ていない。 情けない。 すみません、すみませんと心の中で謝っても意味がない。 怖くてたまらない。 怒られることも拒絶されることも無関心になるのも、捨てられることも全てが怖かった。 泣きたくなって、苦しくて、息をするのもままならなくて、どうすればいいか分からなくなってきた。 「あの人なら色々詳しいだろ」 「…え」 「俺もまだ分からねぇことが多い」 「…」 「不安にさせて悪かった」 ただそれだけだと言う碧棺さんの声は優しくて、一個も私の言ったことを疑っていないように思えた。 「生理…あと数日でくると思います」 「あ?」 「うそでした。 ごめんなさい、碧棺さん…ごめんなさい」 勘違いさせてすみません。 嘘をついてすみません。 不安にさせて、すみません。 何度も謝って、頭を下げる。 どんな顔をしているのか、怖くて見ることは出来ないけど精一杯謝った。 許されなくても仕方ない。 それだけのことをしたから。 「もう謝るな」 ごんと頭に拳が下りてきた。 音の割には全然痛くないことに驚いて、つい顔を上げる。 顔を顰めている碧棺さんは怒っているわけではないけど、少し苛々しているようだった。 「そんなに謝られたら舞い上がってた自分にムカついてくるから…もう謝るな」 「ごめんな、さい」 「もういい、不安だったんだろ。 だが、二度とその手の嘘はつくなよ」 「はい…」 頷いた私を満足そうに見ると、「あー…先生のとこに連絡しねぇと」と言って携帯を片手に席を立つ。 既に連絡もしていたことに驚いて、神宮寺さんにも迷惑をかけてしまったと反省する。 だけど、思っていた以上に碧棺さんから大切にされているように感じられて不謹慎ながらも嬉しかった。 「碧棺さんは…嬉しかったんだ」 「嬉しいに決まってんだろ」 「ひっ」 「そんなにびびんなよ…」 電話が終わったらしい碧棺さんが、背後に立っていることに気付かず肩が跳ねる。 「そろそろでけぇヤマも片付くところだったし…やっと一緒に住めると思って引っ越しの準備も進めてたところだ。 嬉しいに決まってる」 「え…?」 「あ?」 「一緒に、住む? ひっこし?」 「……あー」 言うの忘れてたという声が漏れたていたことは聞き逃さなかった。 碧棺さんが一緒に住みたいと思っていたことも、引っ越しの準備を進めていたことも、すべてが初耳だ。 だって、私は恋人でもセフレでもなくて…ただの。 「ただの…なんだと思ってたんだぁ?」 「あ…」 どうやら口に出していたらしい。 大きな掌が私の後頭部をガシリと掴む。 わー碧棺さん、掌本当に大きいんですねと呑気に言える状況ではなかった。 「ずっと恋人だと勘違いしていたまぬけな俺様にちゃあんと教えてくれるよな?」 「は、ひ」 いい子だなぁと優しく耳元で囁かれながら、一瞬死を覚悟した。 弁明を! 弁明をさせてください、私だけが悪いわけではないはずです…!と全てを話した後にそう懇願すれば、「なるほどお前の言い分も分かった、ならこれにサインすれば全部解決だろ、おら書け」と言われて婚姻届けを書くことになっていた。

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