人 へ 社会 へ あした へ 動く さて これ は どこ の キャッチ コピー。 人へ、社会へ、あしたへ動く。さてこれはどこのキャッチコピー?

【アンニンのエブリデイクイズの答え】9/16 人へ、社会へ、あしたへ動く。さてこれはどこのキャッチコピー?

人 へ 社会 へ あした へ 動く さて これ は どこ の キャッチ コピー

120• 121• 120• 120• 124• 139• 141• 156• 159• 155• 160• 157• 165• 154• 131• 139• 144• 174• 165• 178• 177• 185• 150• 147• 155• 217• 232• 225• 228• 212• 213• 262• 251• 277• 209 selected entry.

次の

【アンニンのエブリデイクイズの答え】9/16 人へ、社会へ、あしたへ動く。さてこれはどこのキャッチコピー?

人 へ 社会 へ あした へ 動く さて これ は どこ の キャッチ コピー

120• 121• 120• 120• 124• 139• 141• 156• 159• 155• 160• 157• 165• 154• 131• 139• 144• 174• 165• 178• 177• 185• 150• 147• 155• 217• 232• 225• 228• 212• 213• 262• 251• 277• 209 selected entry.

次の

目を引きつける広告表現

人 へ 社会 へ あした へ 動く さて これ は どこ の キャッチ コピー

目を引きつける広告表現 『日本語学』2001年2月号 目を引きつける広告表現 小矢野哲夫 はじめに 筆者の、広告の主な情報源は新聞である。 テレビのCMも見るが、時間の流れに従っての放映を待たなければならない。 どの番組にどのCMが出ているのかも覚えられない。 新聞だと古いのでも読み返すことができる。 保存も可能だ。 雑誌は記事を読むことの方が多く、広告はちらと見る程度である。 『広告批評』二〇〇〇年一二月号に「2000年 広告ベストテン」という特集があった。 新聞広告の部に出ている中で、見たとはっきり覚えていたのは六位の産経新聞社の新聞広告の日、「今日が何の日か、知ってますか。 」だけであった。 いろいろな観点から目を引きつけた広告のトップテンのわずか一点である。 これではこの原稿を書く資格がないかとも思ったが、筆者なりの観点を差し出せるだろう。 さて、問題の広告である。 毎年一〇月二〇日は新聞広告の日である。 産経新聞を駅の売店で買って驚いた。 新聞本体を四ページの広告特集紙面で包む「ラッピング新聞」だったのである。 表には本上まなみさんが読者を見つめる写真に、先ほどのコピー。 裏面には彼女の後ろ姿の写真に「今日は、新聞広告の日です。 」というキャッチコピー。 これには目を引きつけられた。 「目を引きつける」というのは、マスコミ四媒体(新聞、雑誌、テレビ、ラジオ)のうちの、特に活字媒体に見られる特徴である。 電波媒体のテレビにも目を引きつける効果はあると考えられる。 そしてこの引きつけ効果は、広告の送り手側の意図としての訴求(アピール)効果であり、受け手側は目を引きつけられるのである。 つまり、広告の方から目に飛び込んできて、受け手がそれに注目し、関心を持つという方向である。 逆に、意識、関心、興味、信念などが受け手にあって、目を留めるということもある。 この関係は、広告を介した送り手と受け手との間のコミュニケーションである。 広告にはいろいろな種類がある。 『月刊言語』一九八六年八月号は「広告の言語学」を特集し、各種の広告を解説している。 その当時にはなかった広告で、最近、出てきたものもある。 インターネットのバナー広告、電子メール広告が代表的なものである。 また、駅のコンコースなどの床に埋め込まれたフロア広告というのもある。 目を引きつけるのであるから視覚を通して伝達・受容が行われる。 視覚で捉えられるのは色、サイズ、レイアウト、画像やイラスト、コピーである。 広告を知覚し、認識し、理解し、その結果、消費行動などにつながることがある。 商品の購買や感想・意見の表明といった直接行動もあれば、他の商品との比較といった間接的な行動もある。 本稿に求められている「目を引きつける広告表現」は、特に言葉に焦点を合わせることなので、テレビCMの映像は対象から外れることになる。 しかし、そのCMで流されるナレーションやキャッチコピーは耳から入って印象に残り、やがて新聞広告などで見たときに目を引きつける効果を持っている。 新聞や雑誌の、目で捉えた広告だけでは達成しにくいことを映像と音声を含む広告とのメディア・ミックス効果を利用すれば可能になる。 前置きが長くなった。 以下、筆者が目を引きつけられた広告とその要因を考えてみる。 一 明日のオレを見てくれ。 これまでで最も印象に残っている広告として「明日のオレを見てくれ。 」というのがある。 新聞でしか見ていないから、「明日」が「あす」なのか「あした」なのか、分からない。 テレビで放送されたかどうかも知らない。 新聞広告だけによって目を引きつけられた例である。 その要因を考えてみる。 今回、新聞の縮刷版を調べてみた。 『朝日新聞』一九八六年二月一〇日朝刊、Gilleteの全面広告である。 プロ野球、阪神タイガースのランディ・バース選手(当時)の胸から上の写真。 口ひげとあごひげを見事に蓄えた、ファンにはおなじみの顔。 紙面右下の胸の部分に白抜きされた「Gillete」の文字が会社名なのか何なのか、知らなかった。 翌日の朝刊には前日と同様の全面広告が出た。 ここにはバース選手が右手にカミソリを持ってひげをばっさり剃り落とした顔が前日と同じポーズで大きく載っている。 ヘッドコピーは「こいつは、カミソリの三冠王だ。 」 前年の一九八五年、阪神タイガースが二十一年ぶり三度目のセ・リーグ優勝を遂げ、バースが三冠王を獲得したこと、そして日本シリーズで西武を四勝二敗で破って初の日本一になり意気揚々と新年を迎えた状況にあることを前提にしたコピーである。 ボディーコピーは「 二枚刃 ヘッドが動く 白いスムーサー付き」という、「三冠王」になぞらえた3つの特徴が三行に分けて載せてある。 ジレットというのがカミソリメーカーであることをここで初めて知った。 まさにタイムリーな広告である。 この時期、プロ野球はシーズンオフで、まもなくオープン戦が開幕される時期である。 「明日のオレ」は、翌日のオレの意味でもあり、ペナントレースが始まる四月以降のオレの活躍ぶりの象徴的メッセージでもある。 全面広告という大きさと人気選手の大きな写真とコピーの意外性の三つが複合して目を引きつけられたのだと考えられる。 筆者自身は電気カミソリを使っているのでこの広告の商品を購入する行動にまでは至らなかった。 その点で、消費者に購入してもらうという送り手の意図は届かなかったことになるのだが、強烈な印象と永続的な記憶をもたらした点で効果的だった。 二 変わらなきゃ。 一九九五年の日本新語・流行語大賞のトップテンに「変わらなきゃ。 」と「がんばろうKOBE」が入り、「がんばろうKOBE」が大賞を獲得した。 これには、この年の一月一七日に起きた阪神・淡路大震災と、その後の復興支援が背景となっている。 同年のプロ野球のペナントレースで、オリックス・ブルーウエーブの選手が本拠地である神戸グリーンスタジアムで試合をするときに、ユニフォームの肩の部分に「がんばろうKOBE」という言葉を入れた。 被災地の住民に対する応援メッセージである。 日本語の中でしょっちゅう使われる「がんばれ」という命令形ではなく、「がんばろう」という勧誘形にしたところに、見る人への思いやりが込められている。 この当時、被災者の口から、「がんばってください」と言われて落ち込んだとか傷ついたとかいう気持ちが述べられた。 勧誘形を使うことによって観客に共感を与えたようである。 「がんばろうKOBE」は広告コピーではないが、広告効果は発揮したと考えられる。 阪神・淡路大震災復興に関連して日産自動車が「変わらなきゃ。 」をキャッチコピーにした広告をテレビや新聞に出し続けた。 テレビCMではオリックスのイチロー選手を起用して「変わらなきゃ。 」と言わせ、新聞広告ではその写真とコピーを載せた。 ヒーロー広告の一つである。 新聞広告だけではこのコピーのインパクトは小さいだろう。 テレビで聞いたイチローの声が記憶に残り、新聞で見て声を思い出すという関係で接していた。 三 育児をしない男を、父とは呼ばない。 広告の中に広報(パブリック・リレーションズ)を含めてもよいだろう。 代表的なのが政府や地方自治体の広報である。 この中で目を引きつけられたものを紹介する。 「育児をしない男を、父とは呼ばない。 」というキャッチコピーを載せた厚生省の広報である。 これについては、新聞での広告以前に話題となっていたので、実際に見る前に一定のイメージが筆者の中に形成されていた。 一九九九年三月四日の『毎日新聞』朝刊、「雑記帳」(宮澤勲記者)の記事である。 「担当者は『多少過激なコピーに賛否はありますが、社会に刺激を与えられれば』という。 」と書いていた。 このコピーが「多少過激」だというコメントに目を引きつけられたのである。 記事としては小さく、ポスター写真も小さかったから、通常の広告手法で目を引きつけられたのではない。 言葉そのものに目を引きつけられたのである。 これは、言葉とジェンダー問題に関わる筆者の関心事である。 この後、どこかでポスターを見たように思う。 今回、新聞の縮刷版で確かめると三月一九日朝刊に出ていた。 この当時、歌手の安室奈美恵さんのことは知っていたが、夫のSAMさんのことは知らなかった。 そのSAMさんが長男の温人(はると)君を抱っこしている写真が大写しで載っているのである。 この広報は、子育ての「喜びの面、プラスの面をもっと認識してもらおうと意図した」ものである。 『広告月報』一九九九年六月号に、星野順・厚生省児童家庭局企画課長の談話として「広報による啓発という手法がなじむのではないかと考えました」と意図の一端が紹介されていた。 「十数社の広告会社による競合コンペで採用されたもの」だそうで、「赤ちゃんを抱くSAMさんの姿には新鮮な父親像があると同時に、単なるモデルとは違うリアリティーが感じられる。 断言調で一歩踏み込んだキャッチフレーズを、柔らかく包み込んで伝えていくことのできるキャラクターだ」と評価している。 この後、厚生省がキャンペーンをさらに展開したかどうか知らないが、省庁再編で新しくできた厚生労働省のもとで、少子化対策と連動した女性の労働条件の改善をリードしてもらいたいものである。 子育て以前に、夫婦が安心して出産し働ける環境を整える必要があると考えるのである。 改正男女雇用機会均等法が施行され、官庁や企業ではセクハラ防止対策が規程化されるようになった今日的状況から振り返って、興味深い変遷がある。 固定的であった男女の性別役割分業観が広告の面で次第に解消されつつあるという現象である。 今から四半世紀前の一九七五年に話題になったテレビCMに「わたし作る人、ボク食べる人」(ハウス食品工業)という表現があった(八月末放送)。 しかし、これを差別CMだとして「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」の会員が会社を訪れ、「食事作りはいつも女性の仕事という印象を与え、男女の役割分担を固定化してしまうものだ」という抗議を行った。 これに対してハウス食品工業は「わが社としては男女の差別や、職域区分を固定化しようとするつもりはなく、正直言ってびっくりしているところだ」とコメントした(『朝日新聞』一九七五年一〇月一日朝刊)。 結局、一カ月後にこのCMは放送を打ち切った。 その後、「カレーにしてね母さん、ハウス印度カレー」というコマーシャルソングも出たが、やがて、男性歌手、西城秀樹さんを起用したバーモントカレーの広告、さらに最近ではプロ野球、オリックスのイチロー選手を起用した「カレークラブ」の広告を出している。 カレーライスくらい、味を問わなければ男女の別に関係なく作れるものである。 今や子どもの料理コンクールでは男子も見事な技を振るう時代である。 作る人を女性だけに限定する姿勢が問題なのであり、改善されなければ企業イメージが下落するところであった。 キリンビバレッジの「生茶」は女性に松嶋菜々子さん、男性に高倉健さんを起用している。 それぞれに、飲んだあと目を閉じて「お茶にも『生』があったんだ。 」、斜め上を見つめながら「これが、生茶葉のうまみ。 」と言わせている。 ヤクルトも両性を起用している。 お茶や乳酸飲料は料理と違って、作ることと関係しないからすんなりと両性の登場になるのだろう。 しかし、酒では「こだわる男の」「男の辛口」(菊正宗)という、男の酒であることをことさらアピールするものがある。 ウイスキーも男性向けか。 ワインはどちらかといえば女性消費者を対象としているようだ。 秋のボージョレ・ヌーボーの入荷の広告はそれを感じさせる。 アルコールの嗜好に男女差があるとしたら、広告の影響が刷り込まれているのではないか。 ビールや発泡酒は消費者のシェア拡大を狙って広告に女優も登場している。 「うまいんだな、これがっ」というコピーは耳にもなじんでいるだろう。 中性的な言葉を使うことで、男女差の垣根を取り払おうとする意図が見られる。 しかし、性別役割分業の固定化につながる広告は依然としてある。 ダスキンは年末大掃除サービスのコピーに「ママにも、サンタ来るかな?」(二〇〇〇年一一月二七日朝刊七段広告)と、掃除は母親がするものであるといった隠れたメッセージを送っている。 東芝のプラズマ鮮蔵という冷凍冷蔵庫の新聞広告(二〇〇〇年一一月二四日)は全面一五段を半ページ両面で隠して、開くという面白い手法が目を引きつける。 しかし、残念なことに、キッチンにはエプロン姿の若い母親と女の子というありふれた図がイラストで描かれている。 ボディーコピーは「こちらの食卓には、おいしい笑顔がいっぱい。 ヒミツは、お母さんの愛情たっぷり料理と新鮮さを守る強い味方が…」である。 家庭の現状がこうだからといって、それを強化する時代ではないはずだ、と思うのは狭い了見なのだろうか。 タレントであり著述業の遥洋子さんが女性の目から「男と女の役割分担を意識して作られた広告が目に付いて仕方ありません」と目につくマイナス効果を語っている。 具体的には「何で、洗濯機の周りで踊っているのは女やねん。 何で、わが家の味を伝える先は女やねん。 くつろぎの家では、何でリビングでお茶飲んで、新聞読むのは男で、キッチンでニコニコするのは女やねん。 女はくつろいでないやないか。 女はキッチンでも、くつろいでいるんだと信じて疑わないメーカーの上層部の鈍感さに、あ然とします。 女性に買ってほしいのなら、女性が今、何をしんどいと思い、何を楽しいと思っているのか、つまり消費者の意識調査をもっとしてほしいですね。 」と新聞広告に対する鋭い注文を語っている(『毎日新聞』二〇〇〇年一〇月二〇日朝刊)。 四 発毛剤とEDと加齢 加齢(エイジング)による心身の衰えは避けがたいが、できるだけ若いころの状態を維持したいという希望、願望がある。 特に外見の変化を気づかれないようにしたいという欲求は頭髪に集中するのではないか。 新聞広告の日の二〇〇〇年一〇月二〇日、朝刊の全面広告に目が留まった。 いわゆる語呂合わせ記念日の「頭髪の日」である。 かつらの宣伝では髪がフサフサだとかクログロだとかの擬態語で電話番号を示した会社が有名である。 髪の毛が薄くなるとか抜け毛が増えてくると頭が気になるものである。 女性に対しては古くからかつらや毛染めの広告があった。 毛染めも自宅で簡単にできることをうたっていた。 昔は「養毛」剤があった。 そして「育毛」剤、さらには「発毛」剤が売り出されたのである。 ずいぶん進歩したものである。 大正製薬のリアップという薬は「壮年性脱毛症における発毛剤」である。 その他の効能・効果として育毛、脱毛の進行予防をうたっている。 この種の広告は壮年に該当する世代の人を対象に出されている。 この発毛剤が発売されたのは一九九九年六月三日。 この年の頭髪の日に広告が出されたかどうか記憶にないが、一年後のこの日、筆者の目を引きつけたのである。 頭髪の切実な悩みを救う効果をこの広告は持っているだろう。 消費者の希望・要求と製薬会社の訴求とがうまく適合する可能性がある。 ED(勃起障害)の広告(ファイザー製薬)を初めて見たのがいつだったのか、資料がないので覚えていないが、二〇〇〇年の新聞広告(全面)であったと思う。 佐野史郎・石川真希夫妻をキャラクターに起用している。 この広告も訴求対象が限られている。 現実にEDの人と、EDを心配している人である。 「いま日本では980万人もの人がこの症状を抱えています。 」というコピーに、この症状での悩みの深刻さがうかがわれる。 インターネットのホームページのURLも記されていて、潜在的な患者のアクセスを助けている。 悩んでいるより「勇気がふたりを結ぶ。 」というコピーが示すように、問い合わせて受診する勇気を訴えている。 加齢については、資生堂が一九八九年から「サクセスフルエイジング〜美しく年を重ねる」というテーマで情報発信活動を行っている。 「年齢や性別に関係なく、すべての人々が『美しく健やかに年を重ねていきたい』」(注一)という我々の願いを支援する姿勢である。 企業文化という位置づけである。 また、「社会的弱者の美と健康のサポート(高齢社会を迎えてますます美しく健やかに生き生きとエイジング(加齢)していくための活動)」(注二)。 現代は企業の社会貢献度が問われる時代である。 エイジングの関連でHAP(Health Aging Projects for Women)という「女性のエイジングとヘルスケアを医療関係者と一般消費者がともに学び考えていくことをサポート」する非営利団体がある。 これの広告が二〇〇〇年一〇月一八日朝刊に全面一五段で掲載された。 「10月18日は世界メノポーズデーです。 メノポーズ(更年期)は幸年期のはじまり。 」というキャッチコピーを木原光知子さんのプールサイド写真の下に載せた。 紙面右上には「私もメノポーズ世代。 」とある。 「メノポーズ」という耳慣れない言葉を大きく書き、「更年期」と注釈し、それを「幸年期」と言い換えることによって、「美しく健やかなエイジング」につないでいる。 ボディーコピーは次のように呼びかけている。 「高齢社会、また女性の社会進出が進む中、メノポーズ世代(更年期前後の時期)をいかに健康で明るく過ごすかは今や女性にとっても家族や社会にとっても、大変重要なこととなりました。 (中略)メノポーズデーをきっかけにあなたも『美しく健やかなエイジング』について考えてみませんか?」 加速する少子高齢社会に向けて、このような配慮のある広告はますます重要な意味をもってくるだろう。 五 企業イメージ さきに、ヒーロー広告という用語を出した。 二〇〇〇年はシドニーオリンピックが行われ、日本の女子選手の活躍が注目された。 柔道の田村亮子選手とマラソンの高橋尚子選手は金メダルを獲得した。 それぞれがヒーローとなった。 所属する企業がこれらの選手を広告に使った。 選手のイメージが強烈であるため、目を引きつける効果がある。 そして企業のイメージもそれに付随する。 「『商品を売る』ことが広告にとって唯一の命題なのか」という刺激的で挑発的な見出しが『広告月報』一九九六年一月号にあった。 メーカーは企業イメージを大切にし、かつ企業姿勢を消費者に訴えることで、商品に対する信頼感を築こうとしている。 その手法としてこのヒーロー広告を活用しているのだろう。 即効性はないかもしれないが、目を引きつける効果がやがて購買行動へとつながることを期待する息の長い広告活動である。 「いい夫婦の日」というのが一一月二二日に設定されている。 この日のティファニーの広告に目を引きつけられた。 プレゼントをもらって喜ぶ妻を、夫が幸せそうに抱きしめている外国人の全紙大のモノクロ写真である。 この高級ブランドの製品は高根の花で、筆者には縁がないけれども、全面広告のヘッドコピーは言語表現として奥深い。 「ひとりで生きていけるふたりが、それでも一緒にいるのが夫婦だと思う。 」考えさせられる。 さらにボディーコピーは「人生に、ティファニーを。 おたがいに甘えずに、自立しているふたりだからこそ、ふとしたきっかけを示しあう愛情が、心を強く動かします。 夫から妻へ。 妻から夫へ。 ティファニーの贈り物は、ふたりの絆をより強く深いものにするでしょう。 」消費者に静かに語りかける調子が、企業の余裕を感じさせる。 さらに、一二月一日にも全面広告を出しているが、これは中央にダイヤモンドの指輪の写真とコピーを配し、他は空白という大胆なものである。 高級感と企業としての安定感が伝わってくる。 六 二一世紀の大学 一八歳人口の減少に伴う大学入学志願者の減少で、私立大学は生き残りをかけて努力をしている。 その一つの現れが、新聞広告である。 『広告月報』は一九九七年三月号で「21世紀の大学像」を特集している。 アドミッション・ポリシーだのアドミッション・オフィスだのの外来語が大学入試をめぐって取りざたされている。 しかし、こういった外来語はその中身が理解されにくい。 入学志願者に分かりやすく、訴える効果を持ち、受験に導くことが重要である。 かつて、CI(コーポレート・アイデンティティ)が流行った後を受けて、大学でもUI(ユニバーシティ・アイデンティティ)を掲げたところがある。 大学説明会やオープン・キャンパスの広告を新聞でも見ることがある。 企業姿勢・企業イメージならぬ大学のイメージを訴える大きな広告が、大学選びの時期を見計らったように、掲載された。 早稲田大学は二〇〇〇年一一月二三日朝刊に全面広告を出した。 「早稲田から世界へ/世界から早稲田へ」をヘッドコピーとし、二〇〇七年に迎える創立百二十五周年に向けて「グローカル/ユニバーシティーへ、/第二の建学」をうたった。 モノクロながら、右には、アンコール遺跡を背にした救済チームのメンバーである男性助手の写真を配し、左には早稲田のシンボルである時計塔を背にした、同じく救済チームのメンバーでタイから留学中の女性の写真を配している。 写真とヘッドコピーとボディーコピーが一体となって筆者の目を引きつけた。 大学の魅力と意欲がよく伝わってくる広告である。 同志社大学は創立百二十五年の記念日にあたる二〇〇〇年一一月二九日の朝刊に七段広告を出した。 女子学生二人と男子学生一人の笑顔の写真の横に、新島襄の言葉を引用して二一世紀に向けた大学の決意を述べている。 文章の内容で目を引きつける広告である。 筆者が大学を受験した時代には考えられないような、大学の姿勢と学生を受け入れる熱意を示した広告である。 国立大学の場合はこのような広告を出すことは考えられない。 ひたすら待つだけの状態である。 いくら大学案内のパンフレットでアドミッション・ポリシーを訴えても、新聞広告のインパクトには負けるような気がする。 終わりに 「広告コミュニケーション」という言葉がある。 コミュニケーションであることにおいて広告は双方向性を持っているはずである。 受け手の気持ちを考えないで送り手が一方的に発信するだけでは送り手の意図が達成されないことになる。 広告の送り手はそのことをよく知った上で発信しているのだろうが、受け手には多様な価値観があり、必ずしも成功するわけではない。 今回の原稿では十分に考えられなかったが、これからの広告のあり方について、双方向のコミュニケーションという観点から、広告の中の情報内容や伝達方法において、受け手側に対する配慮がどのようになされているのか、といったことについて考えてみたい。 shiseido. shiseido. htm.

次の