ハプスブルク家顎。 スペインハプスブルク家とは【誰でもわかる肖像画つき家系図 】

ハプスブルク家

ハプスブルク家顎

もくじ• ハプスブルク家っていったいなんなの? 古代ラテン人の有力貴族であるユリウス一門(カエサル家)の末裔を自称。 中世の血縁制度を利用した政略結婚により広大な領土を獲得、南ドイツを代表する大貴族に成長した。 中世から20世紀初頭まで中部ヨーロッパで強大な勢力を誇り、あらゆる大公・国王・皇帝の家系となった。 後半は形骸化していたとはいえ、ほぼドイツ全域を統べる神聖ローマ帝国(ドイツ帝国)の皇帝位を中世以来保持し、その解体後もオーストリアがドイツ連邦議長を独占したため、ビスマルクによる統一ドイツ帝国から排除されるまで、形式的には全ドイツ人の君主であった。 ヨーロッパ随一の名門王家と言われている。 wikipediaより 結婚政策 ハプスブルク家は婚姻によって所領を増やしてた。 そのため、外部との婚姻で一族外に富が分配されることを嫌い、近親婚が盛んになった。 他の王族と同じようにほとんどが政略結婚。 その割には夫婦仲が円満で子宝に恵まれたケースが多く、多産は伝統とも言える。 そのため現代でもハプスブルク家に関して、陰謀などの血生臭いイメージはあまり無い。 しゃくれとは? 正式名称:下顎前突症(かがくぜんとつしょう) 噛み合わせた(口を閉じた)ときに、下あごが上あごより前に来る状態。 遺伝的要因の他に、環境的要因もあるみたい。 今回は遺伝的なパターン。 しゃくれの原因 もともとしゃくれ遺伝子が多いのが原因。 その遺伝子が近親婚によって、子孫に色濃く反映されるようになっていった。 近親婚の弊害 子供の多くが障害を持っていたり、幼くして死亡するという事態が多発。 また、しゃくれが酷すぎでものを噛めず、丸のみしていた王も居た。 家系図 収束してるじゃん! 結論 近親結婚を続けると遺伝的特徴が色濃く出てくる。

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ハプスブルク家と高貴な青い血【あごと下唇にみえる禁断の歴史】

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ウィーンといえば、650年も続いた、ハプスブルグ家の繁栄と悲劇の王朝劇。 宮殿とか、王宮といった華やかな文化が今も残されています。 私もオーストリアに来るまでよく知らなかったんですが、ハプスブルグ家の歴史について簡単に紹介。 ヨーロッパの歴史になるので、根底からやると膨大になるので、観光が楽しくなる程度に簡単に。 ハプスブルグ家は、13世紀から20世紀はじめまで、約650年間続いた王朝。 全盛期には、ヨーロッパの大部分と南米まで統治していました。 その帝政の中心となったのがウィーン。 現在もその面影を残す 家系図から。 きっと、詳しい人は、複雑怪奇な一族についていろいろ知っているんだろうけど。 観光のポイントとなる、2大女帝とその夫について。 これだけ知っていれば、けっこう観光が楽しくなる。 やっぱ、人は悲劇のヒロインとか好きなんだなー。 1.ルドルフ1世 もともと、ハプスブルグ家は、スイスの小貴族。 1273年にルドルフ一世が神聖ローマ帝国の皇帝に選出されたことが始まり。 たしか、周囲からあまり期待されてきなかった彼。 権力争いの中で、形だけの皇帝として置いて、他の者が実権を握るべく選出されたが、意外と実力者で、ハプスブルグ繁栄のきっかけとなった。 たしか。 2.マリア テレジア 15世紀に政略結婚で勢力拡大していったハプスブルグ家。 「戦いは他の者にさせよ。 汝は結婚せよ」という言葉がある。 そして、18世紀。 ハプスブルグの全盛期を築いた女帝。 それが彼女 マリアテレジア 23歳で即位し。 16人の子供をもうけ、次々と政略結婚をさせた彼女。 この風格ある姿。 政略結婚のこの一族で、意外にも大好きな人と結婚し、おしどり夫婦として有名な彼女。 若いころはとてもかわいい。 ベルサイユのバラでも有名な、マリーアントワネットのお母さんです。 3.マリーアントワネット ベルサイユのバラの主人公だったり、映画にもなっている彼女。 マリアテレジアの末娘。 政略結婚で、次々と領土拡大、勢力拡大をしていたハプスブルグ家。 覇権争いをしていた、フランス・ブルボン家との同盟関係を深めるべく、1770年フランスのルイ16世に嫁ぐ。 愛らしい容貌で当初は市民に愛された。 しかし、まだ幼さから贅沢を好み財政を圧迫。 市民の苦しい生活を理解しない「おなかがすいたらお菓子を食べればいいのに」という言葉がある。 民衆の反感を買い、フランス革命で幽閉、断頭台で死刑となる。 贅沢さ、悲劇というところが、いかにもハプスブルグっぽい。 肖像画は意外とかわいくない。 当時の価値観かな。 4.エリザベート 愛称 シシィ 悲劇のヒロインの代表。 美貌、悲劇、数奇な生涯。 ハプスブルグをぎゅっと濃縮したような人。 今なお人気があり、ウィーンのガイドブック、観光スポットはシシィであふれている。 ハプスブルグ最後の皇帝の妻。 ・姉の縁談の席についていって、変わりに嫁ぐことになった。 政略結婚で。 15歳のとき。 ・宮廷生活になじめず、姑との確執も。 ・夫は妻を愛していたが、仕事に忙しく、孤独な日々。 「結婚とは不条理な制度。 売られてきた。 後悔」と。 ・姑により、子供と引き離された生活。 孤独から、美貌の維持にのめりこむ。 生の子牛肉汁やイチゴパック、オリーブ油浴、卵白ジュース。 5kgにも及ぶ髪の毛の手入れ。 コルセット装着に毎日1時間。 ・息子が、自殺。 その後、生涯喪服を着て、放浪してすごしたという。 ・自身は、イタリアの湖畔で、イタリアのアナーキストにヤスリで刺されて死亡。 犯人は「貴族なら誰でもよかった」と、特に彼女を狙ってはいなかった。 というのも、なんだか逆に悲しい。 すごい人気で、宮殿にシシィが美貌を維持した部屋と道具が展示されていたり。 王宮にシシィ博物館があったり。 ハプスブルグ家、二大美女。 マリアテレジアか、シシィかみたいな。 私は、マリアテレジア派かな。 5.フランツ・ヨーゼフ1世 エリザベート シシィ の夫。 けっこうちゃんとした人なのに、すごく不幸。 ・18歳で即位し、68年間動乱の世を治めた。 ・質実剛健で、質素な生活を好んだ。 ・息子ルドルフは、倉庫かどこかで、どこかの女と拳銃で心中。 ・妻は暗殺される。 ・息子が死んだので、皇位継承者となった、甥のフランツ・フェルディナントはサラエボで暗殺。 第一次世界大戦のきっかけとなる。 ・自身も、第一次世界大戦中に息を引き取り、その2年後にハプスブルグ帝国も終焉。 ハプスブルグの結婚事情 領土拡大のために、他国と政略結婚をどんどん行った。 しかし、それ以外の結婚、ほかの一族と結婚することで、勢力を奪われるのを恐れ、姻族結婚をくりかえした。 そのためか、しゃくれ顎、厚い唇。 という風貌がハプスブルグの象徴的な顔立ち。 また、病弱あったり、精神的におかしい人も多かったとか。 ハプスブルグ顔 ふざけているようにしか見えない。 以上!! では。 ウィーンの観光を続けます。 オーストリアに来る前に、日本で読んだ本。 コメント一覧 4• yonosuke• 2016年08月19日 14:11• とても分かりやすく・・・・というより書いた人のバカでも理解できるように~って思いやりのようなできるだけ簡単に、かつ飽きられないようにって感じが好き、チビッとだけ興味がわいた• ルナサ• 2017年08月28日 14:25• 西洋絵画が好きで美術検定を受ける上で ざっくりとしたパトロンの内容が知りたくて ハプスブルク家てなんぞや?? で、たどり着きましたすごい要点だけで分かりやすかったです。 ありがとうございました。 M-san• 2018年03月06日 22:18• 大変分かりやすくて、楽しめました、ありがとうございました。 ところで、最近、ザルツブルクに近いところにある会社に行きました。 取引先の日本のクライアントを連れて行ったのですが、 このオーストリアの会社、なんとハプスブルク家から仕事を受けていたのが始まりの、もう7代も続いていいる名門会社だと分かりました。 皇帝が来られた時に使われた部屋で仕事の契約をしたのですが、昔作った品物が飾られてあり、ハプスブルクの紋章が入ってました。 とてもハプスブルク家や、マリーアントワネットが身近に感じられてきました。 2018年12月23日 04:54• 欧州を代表する貴族一家であらせられますね。 装飾における色使いに何だか馴染みの在るセンスを感じます。 今もご健在で賑わいを呈していると知り、心より嬉しく思います。

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スペインハプスブルク家とは【誰でもわかる肖像画つき家系図 】

ハプスブルク家顎

こんばんは。 書きたいことはたくさんあるのにリサーチが間に合わない!! そんな先生こと私です。 昨夜は夜にコーヒーを飲んだら一睡もできずに朝を迎えるという、辛すぎるコンディション下で今日はお仕事に励んで参りました。 素直に体が限界寸前です。 リサーチする体力ないけど記事を書きたい 何書こうか考えに考えて・・・「 ハプスブルク家の顎の話しよ!」ってなんか思い立ちました。 完全に疲れてますね。 ハプスブルク家とは 一度くらいはハプスブルクという名を聞いたことがあるのではないでしょうか? ヨーロッパの近世・近代の覇権を握った王家の1つで、数ある王家の中でも最上級に君臨した家系がハプスブルク家です。 現在の当主は カール・ハプスブルク=ロートリンゲンさん 前当主の オットー・フォン・ハプスブルクは 最後のオーストリア皇太子、戦後もさまざまな国際活動を行なった大変著名な方で2011年に98歳で没しております。 この写真の子供がオットー・フォン・ハプスブルク。 おじいさんの方がオーストリアの皇帝 フランツ・ヨーゼフ1世。 オットーさんは第一次世界大戦から現代に至るまで、実に激動のヨーロッパを時代を生きた方です。 ちょいちょうオーストリアの国名を出しましたが ハプスブルク家の中核を為す領地が現在の オーストリアでした。 とは言っても イタリアやベルギー、チェコ(シレジア)、ハンガリー、ブルガリアにも領地を持つまさに列強でした。 全盛を気づいたのは カール5世の時代以降。 神聖ローマ帝国皇帝カール5世はスペインとオーストリアに家を分割相続し、 スペインハプスブルク家と オーストリアハプスブルク家による広大な所領を構築しました。 日本でいう鉄砲伝来やイエズス会の布教も背後にはこのハプスブルク家がスペイン・ポルトガルを継承し、莫大な財産を元手に大航海時代を創り出したことが1つ影響しています。 その後は衰退を辿り、ついにスペインハプスブルク家は1700年代末に断絶、オーストリアハプスブルク家も1800年代中頃に断絶の危機を迎えます。 ここで、最初に出した現在の当主のお名前を見てみましょう。 (ハプスブルク家とロートリンゲン家の婚姻により家名を存続。 次に本題! 顎がすごい!! 真面目に語ったと思ったら突然の顎!! まずは カール5世から。 ヒゲで隠しているので少しわかりにくい・・・ 次、 マクシミリアン1世と 家族(上のカール5世も含む) 左端がマクシミリアン1世、真ん中にいるのがカール5世(孫)、その上がお父さん。 「顎!!!!」 はい次、時代は少し下って ルードルフ2世 なかなかの顎です。 アゴーンです。 こちらはオーストリア・ハプスブルク家の家系の人ですが、カール5世の子孫にあたるスペイン側もすごいです。 スペイン・ハプスブルク最後の当主 カルロス2世 絵だとわからないけど 顎が肥大化しすぎて、咀嚼とかにもかなり影響があったらしい。 近親交配のしすぎ? ハプスブルク顎のことを というそうです。 主な原因は近親婚のしすぎということらしいですが、この時代のハプスブルク家は異常なほどの近親婚をしています。 スペインとオーストリアでもだし、同じ家内部でもだし・・・遺伝子異常が起こっていたとされているそうな。 日本でも天皇家とか藤原家とかは近親婚で云々言われていますから世界的にも同じ家の中で婚姻を結ぶというのは珍しいことではなかったようですね。 それにしも顎がすごい。 世界史を勉強していた時、地味にツボったネタでした。 最後に 眠すぎ!!疲れすぎ!!もう寝る!!おやすみなさい!!! 現在、21時。 顎の話なんてどうでもいいのです・・・笑.

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