クマリ 条件。 クマリの選び方の条件が多過ぎる!!その後の生活はどうなる?

クマリ(ネパール)の選び方や条件は?その後や生活内容についても

クマリ 条件

「クマリ」になれるのは、様々な条件を満たした「 少女」です。 中には「ロイヤルクマリ」という国王もひれ伏すクマリが存在します。 クマリは未来を見通す力や様々な病を治す力があるとされ、今でもネパールでは信仰されています。 このクマリに選ばれるために身体的には 32の条件を満たさなければなりません。 例えば「体に傷がない」「健康である」「形の良い爪」「ライオンのような胸」「牛のような睫毛」「アヒルのように筋が通った足」など。 早い子では3歳から親元を離れて「クマリ」としてお役目を果たします。 「クマリ」になると、「生き神」ですから普通の生活をすることはできなくなります。 まず会話は家族以外の人との話すことを禁じられます。 そして、クマリの館に閉じ込められ、祭事以外で外に出ることは許されません。 自分の足で歩くことを禁じられるため、移動時は付き人が担ぎます。 しかし、このクマリにもお役目が終える時があります。 それは「 初潮」が来た時です。 「初潮」が来たクマリはお役目ご免となります。 果たして「生き神」として生きてきた人が、普通の人の生活に戻れるのだろうか? 答えは「 ノー」です こんなにも信仰の対象として崇められた彼女たちですが、お役目が終わったとたん、なんの恩恵も受けられません。 役目を終えたクマリとの結婚は不幸になるとさえ言われていました。 クマリに選ばれることは栄誉とされる一方、お役目が終わった後どうやって生きていったらいいのでしょう。 彼女たちの恐怖とはどれほどのものだったのかわかりません。 良かったな~と思いますが、こんな習慣はなくなってしまえばいいのにとも思います。 なぜ自分のことを大事にできないのか。 この「クマリ」であったころの「記憶」が「トラウマ」として大きく関係していることを思い出したのです。 ダダーーーン\ ^o^ /.

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「生き神」生活を続ける女性、ネパール地震で初めて歩く 写真6枚 国際ニュース:AFPBB News

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スポンサーリンク ヒンドゥー教の寺院が数多くあることからも分かるように、はヒンドゥー教徒が多く住む国。 日々の生活や社会のいたるところにヒンドゥーの考えが存在し、また、伝統的な慣習にもヒンドゥー教の影響が強く反映されています。 そして、そのネパールの伝統的な慣習の一つが「クマリ」。 生き神として選ばれた少女を崇める慣習で、ネパールのヒンドゥー教徒にとって、クマリは信仰の対象です。 一方で、このクマリを巡っては、主に人権の観点から批判の声が上がってきました。 この記事では、クマリについて理解するために、「クマリとは何なのか?」という疑問に答えた後、歴史、日頃の生活も含めた生涯、そして最後にはクマリをとりまく問題についても触れていきたいと思います。 クマリとは? クマリ (Kumari)とは、 ネパールのヒンドゥー教における神の化身であり、 「女神」や「生き神」として崇められる少女たちのこと。 ヒンドゥー教の女神ドゥルガーが宿り、ネパール王国の守護神である女神タレージュやアルナプルなの生まれ変わりとされています。 そして、カトマンズ周辺の「伝統的な」クマリ (現在のネパールには10前後のクマリがいる)は、カトマンズ盆地一体に住む民族「ネワール族」の出身者が大半を占めるなど、 クマリに選ばれるにはいくつかの条件を充した幼い少女が選ばれるのが特徴。 中でも世界的に有名なクマリの条件の一つが、「 初潮を迎える前の女性」であることで、数々の条件に加えて、 幼い幼女が選出され、初潮を迎えるまでの間、女神の化身であり力と保護の体現者である「クマリ」として生きるのです。 これは、ネパールのヒンドゥー教ではクマリだけが純潔さを体現している者と考えられ、その純潔さを守り抜くためにも、「 体から血を一滴も失ってはならない」のであり、これが、初潮前の女性しかクマリになれない理由です。 そのため、初潮を迎えなくても、例えば、怪我や病気によって血を流した場合も同じように女神が少女の体から離れたと見なされてクマリで無くなるケースがあるのに対して、初潮が全く来なかったために、50歳を過ぎてもクマリを務めるケースもあると言われます。 ちなみに、クマリ(Kumari)は、サンスクリット語で「 王女(princess)」または「 処女/純潔(virginity)」を意味する「 Kaumarya」に由来しているとされ、このことはクマリを理解していくうえで重要なポイントになります。 また、こうしたクマリの考えは、女神信仰の強いヒンドゥー教では、• 宇宙そのものが女神から生み出された• この女神はすべての生身の女性に宿るが、女神は純潔を好み、穢れ (けがれ)を嫌うため、地上における居場所 (宿る対象)として、クマリの条件を備えた穢れがない少女は理想的な姿である という考えを背景にしていると言えるでしょう。 また、 ネパールにおける処女信仰は 6世紀の古代ネパール王国リッチャヴィ朝にまで遡ると考えられます。 一方で、ネパールのクマリたちの存在が広く知られるようになってきたのは17世紀に入ってからのこととされ、それまで、「どのようにネパールでクマリが誕生していったのか?」については、いくつかの「伝説」が言い伝えられている程度で、具体的には良く分かっていません。 そして、現在のネパールには 複数のクマリがいます。 あまり一般には知られていませんが、ネワール族が住む村の多くには「クマリ」として選出された少女がいるのです。 しかしカトマンズのクマリの館に住み、かつては王もひれ伏したと言われる「 ロイヤル・クマリ」は別格。 世界的に最も良く知られた存在であり、一般的にクマリと言えば、この「ロイヤル・クマリ」を指すことがほとんどでしょう。 菩提樹のような体つき• 雌牛のような睫毛• ほら貝のような首• アヒルのように柔らかく澄んだ声• 黒髪と黒い瞳• きめ細かく柔らかな手足• 鹿のような太もも• 小さくて湿り気のある舌• 小さくてくぼみの深い女性器• 欠けていない歯• 健康である• 獅子のような胸 などです。 また、その後もクマリを選ぶための儀式は続き、タレジュ寺院の中庭に少女は連れていかれ、生け贄として捧げられた動物の首がろうそくの灯りで照らされてお面をかぶった男たちが踊るなか、一切の恐れを見せず、最後にれらの動物の首と一晩を過ごし、そこでも恐れを見せないなど「 沈着さと何ものも恐れない心」を持っているかどうかが確認されるのです。 これは、こ のような状況下で恐怖を感じる少女は、女神タレージュの力にはふさわしくなく、 タレージュの生まれ変わりとは言えないとされるからです。 そしてこれら全てをパスすると、少女はこれまでの人生の穢れを落とす儀式に臨み、その後、晴れてクマリとして認められるのです。 クマリの生涯:生活や仕事(ロイヤル・クマリの場合) クマリに選ばれると、少女の生活は一変します。 クマリの日々の生活 住居であるカトマンズのクマリの館に移ると、それ以降、 外に出るのは儀式の時だけに制限され、家族はごくたまに行われる公式面会のためにしか会いに来ることができません (ロイヤル・クマリ以外のクマリの場合は、家族との同居が認められることもあるらしい)。 また、遊び友達は世話係の家族または同じカーストから選ばれた一部の者だけで、教育は世話係の者に行われます。 そして、クマリは常に赤い衣服を身につけ、髪は頭の上でマゲに結い、額に火の目が描かれ、クマリであり続ける間は大地に足をつけることがなくなります。 また、このクマリの足は、信仰の対象として多くの礼拝者達に崇められて触れられる。 そして、願い出れば館の謁見室にクマリを訪ねることが出来る場合もあり、現在でも多くの政治家や王族がその職務に関する祝福を受けようとロイヤル・クマリを訪れます。 (クマリの館) ただし、クマリは格子状に編まれた鉄の玉座に座っていて、会話は許されていません。 また、謁見した際のクマリの様子で、拝観者の将来の富、健康、地位などが占われるとされます。 泣くか大声で笑う• 目をこする• 体を震わせる• 供物の食べ物をつつく• 女神が体から去った後の少女 初潮を迎えたり、怪我などによる出血によって女神が体から去ると、 クマリであった少女は直ちに普通の子どもとして扱われ、少額の恩給が支払われると共に両親の元に帰されます。 生活のすべてがまかなわれて女神として崇められる生活から、 単なる子どもの生活に戻るのです。 一方で、元クマリの少女達は、ネパール社会で困難に直面する場合もあるようです。 一つは、「 クマリであった女性は早死にする」という言い伝えがあるため、一般生活に戻っても結婚が難しいというもの。 また、以前のクマリ達は、宮殿の中で社 会生活や身の回りのことについての適切な教育や知識を与えられていなかったため、これも、普通の人間に戻った少女たちの暮らしを困難にしていました。 このように、元クマリ達には乗り越えるべきいくつかの困難が待ち構えていますが、多くの元クマリ達は、可能な限りネパールの一般市民としての生活を続けていこうとしています。 クマリに関する人権問題 この「クマリ」という伝統的な慣習に対して、現在では批判の声が上がるようになってきています。 というのも、いくら生き神に選ばれて特別扱いされたとしても、 クマリとなる少女は非常に幼い時に家族から引き離され、その後、何年間もほとんど外出することもなく暮らすのです。 また、 クマリが暮らす館は古い建物で、現代的な設備はなく、 最近までクマリは教育も受けず、宮殿の中でインターネットを使うことも許されませんでした。 さらに、クマリが日中を過ごす部屋には窓がなく、ロウソクやランプのようにわずかな明かりしかないとされます。 このような状況下でクマリとしての責務を全うすることを求める慣習に対して、近年、 幼児虐待や 人権問題として批判の声が上がっているのです。 その結果、2008年には、ネパールの最高裁によって、 「クマリが、子供の権利条約の保障する子供の権利を否定されるべき根拠は,歴史的文書にも宗教的文書にもない」 (引用:) という判決が出され、教育、行動、食事の自由が緩和され、少しずつ生活環境の一部が改善されつつあるようです。 例えば現在、クマリは宮殿の中で専任の教師から教育を受け、また、インターネット、書籍、雑誌なども読むことが出来ると言われています。 合わせて読みたい世界雑学記事• ヒンドゥー教徒が多いネパールにおいて伝統的な慣習の中で、現地の人々に崇められている存在です。

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世界で最も天国に近い国。ネパールの生きた神様「クマリ」の存在とは

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ネパールの生き神「クマリ」という言葉を聞いたことがありますか? 初潮を迎える前の少女が選ばれ、 ヒンズー教の女神「タレージュ(Taleju)」の化身として その任務を終えるまで親元を離れて暮らすクマリに、 このたび、3歳の女の子が選ばれました。 今回はそんな生き神・クマリを紹介します。 クマリとは クマリとはネパールに住む生きた女神。 ネパールの首都カトマンズの「クマリの館」で生活する クマリ(ロイヤル・クマリ)は同国の人々にとって特別な存在です。 国の運命を占う預言者であり、 国家要人でさえもクマリに跪くといいますから、 その存在の偉大さが伺いしれると思います。 一説によると守護神である「女神タレジュ」や 「アルナプルナ」の生まれ変わりされており、 館では一切外部の人の目に触れない環境で生活を続けています。 「生き神」というと一般的な生活からは少しかけ離れた存在のように聞こえます。 しかし、現代でもネパールには初潮を迎えるまでの少女を 「生き神」として選出する文化が残っています。 そして首都カトマンズで新たな「生き神」として 3歳児のトリシュナちゃんが選ばれ、任命の儀式がとり行われました。 インドラ・ジャートラーの祭りでは、 山車に乗りカトマンドゥの町を巡り 人々の繁栄と成功の力を与える重要な役目を果します。 預言者として供物を受け取り、その行動によって預言します。 クマリの選出方法 ネパールの生き神を「クマリ」と呼ぶのだが、 このクマリになるためには条件があります。 1.満月生まれ 2.処女である 3・健康である 4.白い歯で、隙間がないこと 5.20個歯が生えそろっていること 6.傷のないからだ 7.ベンガルボダイジュ(バンヤンツリー)のような身体 8.牛のような睫毛 9.獅子のような胸 10.鹿のような脚 11.ほら貝のような首 12.あひるのような柔らかく透き通り、響き渡る声 13.黒い髪 14.漆黒の瞳 15.モナリザのような笑顔 16.長く細い腕 17.やわらかい手足 18.ブラックナイトと呼ばれる儀式で108頭のヤギや バッファローが捧げられ、マスクをした男性が躍る中恐れを見せないこと 19.ヤギやバッファローの頭が並んだ暗い部屋で一晩一人で恐れを見せず過ごせるか 20.最終テストとして前クマリの所有物を目の前に並べられた複数物から選べるか 21.ヒンズー教徒であること 上記は条件の一部だが、その条件を満たしているかどうか、 ヒンドゥー教の司祭と仏教の高僧5人が判定し、クマリは選ばれます。 生き神クマリの生き様 クマリに選ばれた以上は特別に任命された 使用人の世話を受けながら宮殿に住むこととなる。 そして、特別な日以外の外出は許されない。 なんと、クマリが外出できるのは年にたった13回のみ。 また、地に足を付けてはいけないという決まりもあるために、 移動の際は担いで運ばれる。 まだ親に甘えたいであろう3歳児にも関わらず、 家族に会うことも容易ではなくなる。 ただ、クマリ退任後も毎月お金が振り込まれるそうで、 両親としては安心するような寂しいようなで複雑な心境のようです。 また、観光客などは拝観料を支払えば、 トリシュナちゃんが窓から顔を出す姿が数秒間拝めるらしい。 トリシュナちゃんの父親は 「複雑な気分だ。 娘がクマリになったのは良いことだが、 私たちの元から離れてしまう寂しさもある」 と語っている。 初潮を迎えるタイミングや乳歯の生え変わるタイミングなどで クマリ解任・退任されるようです。 クマリとしての神聖さを保つことが重要視されているようですが、 中には初潮がずっと来ないで、50年もクマリを務めた女性もいるようです。 クマリの人権への懸念はありますが、裁判になったこともあり、 それにより勉強や行動、食事などの自由は 認められるべきだとの判決がでているので3歳の子供が クマリに選ばれてもずっと親と会えないわけではないようですね。

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