ぜん ね ず pixiv。 [B! web] やらない善よりやる偽善 (やらないぜんよりやるぎぜん)とは【ピクシブ百科事典】

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禰豆子ちゃんと結婚してから数カ月が経った。 未だ夢を見ているんじゃないかって思いながら、家の中でテキパキと家事をこなす彼女を今日も眺めている。 目が合うとニッコリ笑いかけてくれるのが堪らなく可愛い、頬がだらしなく緩んでいくのが自分でもわかった。 そんな幸せな毎日を俺は送っている。 夫婦仲は言わずもがな良好で、喧嘩だってしたことがない。 怖いくらい新婚生活は順風満帆だった。 ただ1つの悩みを除いて…… その悩みというものは、さほど深刻ではない。 そう、炭治郎や伊之助が心配するほど深刻なものではない。 2人にも言ったが俺は大丈夫だ。 たぶん。 俺が抱える悩み、それは、愛しい我が妻、 禰豆子ちゃんの寝相である。 彼女が鬼だった頃に知っていたが、とにかく禰豆子ちゃんは寝相が悪い。 いつの間にか転がってきて伊之助と組み手のようになっていたのを覚えている。 その時は禰豆子ちゃんに触れる伊之助許すまじと血涙を溜めながら思っていたが、今はそれどころではない。 当事者になってからわかることもある。 鬼の頃ほどの力はないけど、彼女の回した足が踵落としを俺の鳩尾にキメることがあるし、炭治郎ほどの力ではないけど頭突きを食らったこともある。 もちろん1度や2度じゃない。 普通に痛い。 情けないけど涙出たよ、そりゃ泣くよ。 凄まじい痛みと俺の禰豆子ちゃんが隣で寝てるっていう二重の意味で泣けたよ。 それ言ったら炭治郎にドン引きされたけど、本当のことだから仕方ない。 彼女の兄である炭治郎は、禰豆子ちゃんが小さい時から寝相が悪いことを知っている。 他のご兄弟が揃って禰豆子ちゃんと寝るのだけは度々嫌がったというのだから今と変わらない情景が目に浮かぶ。 もちろん目が覚めた彼女は、一切覚えてない。 それでも目覚める場所が毎度違うからか、全てを察して真っ赤な顔を両手で覆いながら俺に全力で謝ってくる。 その姿が可愛いので、俺としては役得な気もしない。 少し我慢すれば良いだけだから問題ない、俺はそう思っていた。 いつもは2組並べてある布団が1組しか敷かれていなかった。 その上にちょこんと正座して禰豆子ちゃんが座っている。 エッ、なに、新手のお誘い?? 期待していいの?? そんな邪な考えが過ぎった俺だったけど、彼女の真剣な表情を見た瞬間そんなのは消し飛んだ。 そういえば、先程から緊迫したような彼女の音が聞こえてきていた。 「ど、どうしたの? 禰豆子ちゃん? 」 とりあえず、彼女の近くへ寄ってその顔を覗き込む。 意を決したように俺を真っ直ぐ見つめて禰豆子ちゃんは口を開いた。 「善逸さん。 私達、今日から別々で寝ましょう」 耳は良い筈なのに、彼女の言った言葉が右耳から入って左耳へするりと抜けていった。 頭ん中が真っ白だった。 」 ようやく間抜けな声が自分から発せられた。 動揺が激しい、自分の心臓の音が煩くて彼女の感情が聞き取れない。 「あの…私、寝相が悪いから何度も善逸さんに迷惑かけてるでしょう? だから暫くは別々で寝た方が良いかと思って…もちろん、寝相を治すよう私も頑張りますから、だから…」 彼女の話を聞いて腑に落ちた。 俺が思っている以上に、彼女にとって寝相は深刻な悩みだったようだ。 申し訳なさそうに話し続ける禰豆子ちゃんの姿を見て胸が締めつけられる。 「悪いけど、いくら禰豆子ちゃんの頼みとはいえそれは聞けない」 静かに、俺は禰豆子ちゃんの言葉を遮った。 ビクリと彼女の肩が跳ねる。 思った以上に俺が落ち着いているからか、怒られるとでも思っているのだろう。 俯いて黙り込んでしまった。 俺が禰豆子ちゃんを怒るわけないでしょうが。 「俺は別に気にしてないよ。 そりゃ痛くないってことはないけど、禰豆子ちゃんが心配するほど俺ヤワじゃないし。 それに、仮に別々に寝たとしても絶対俺は禰豆子ちゃんが寝てるとこに行くよ。 んで、そこで寝るよ。 だから今、禰豆子ちゃんがしようとしてることはかなり無意味になると思うんだ」 ね? そうでしょ? と言うと、彼女の肩が小さくプルプルと震え出した。 え、何どうしたの。 小動物みたいで滅茶苦茶可愛いんだけど。 そう思った瞬間、禰豆子ちゃんが叫んだ。 「もうっ! どうしてそんなに善逸さんは優しいんですか! 好きです! 」 唐突な告白にも関わらず、身体は反射的に彼女を抱き締めた。 我ながら最速な気がする。 今の動き。 禰豆子ちゃんへの愛しさをしみじみ感じながら、ぎゅうっと苦しくない程度に力を込める。 涙目になりながらポカポカ胸板を叩いてくる彼女が物凄く可愛い。 デレッデレになりながらそれを受け入れる。 暫くして彼女が細々と話し始めた。 「私…昔から寝相が酷くて…両親はもちろん、家族皆が頭を抱えてたんです。 すごく疲れた日はまだ寝相がマシだったから、日中たくさん動くようにしてたんですけど…」 そうかそうかと彼女の頭を撫でながら頷く。 確かに、抱いた次の日なんかは寝相は悪くない。 動き回る体力すらないほど疲れきっていると、寝相は悪くならないみたいだった。 「ハッ! じゃあ毎晩すれば解決するんじゃない!?!? 」 「…なっ!!? そ、それは、ほどほどでお願いします! 」 俺の言うことの意味がわかったのか、顔を林檎みたいに真っ赤にしながら禰豆子ちゃんが叫んだ。 やっぱダメか。 半分本気で言ったんだけど。 恥ずかしそうに両頬を抑える禰豆子ちゃんを横目に、うーん、と唸りながら布団の上に倒れ込む。 途端、至極単純な解決法が頭に浮かんだ。 「禰豆子ちゃん」 早速俺を見下ろしている彼女に声をかけ、自分の左側を少し空けて、ポンポンと布団を叩いた。 俺の意図することがわかったのか、おずおずと禰豆子ちゃんも俺の左腕を枕にする形でコロンと寝転がった。 「じゃあさ、こうやって俺がガッチリ禰豆子ちゃんを抱き締めて寝るのはどうかな? 」 言いながら彼女の体をそっと抱き締める。 ほんの微かに焦ったような音を出したけど、すぐに彼女は大人しくなった。 苦しい? と聞くとふるふると横に首を振る。 「でも、善逸さんの腕が疲れませんか? 」 「大丈夫、禰豆子ちゃん軽いから全然疲れないよ。 むしろ硬い枕でごめんね」 コソコソと囁けば、クスクスとした笑い声と共に、ありがとうございます、と小さく彼女が言った。 お互いの体温を分け合っていると、すぐに眠気が襲ってきた。 おやすみなさい、という禰豆子ちゃんの声が遠ざかっていった。 * * * ちゅん太郎をはじめとした雀達の声が聞こえてきた。 朝日が戸の隙間から射し込んでいる。 ぼぅっとした頭で寝惚け眼をゆっくりと開けた。 「んグッ。 なんか…苦し?? 」 息苦しさに気づいた瞬間、すぅすぅという吐息が首元を擽った。 覚醒した意識で置かれた状況を確認する。 俺が禰豆子ちゃんを離すことはなかったみたいだけど、むしろ彼女から俺にしがみついてきている状態になっていた。 大胆にも大きく足を使って、抱き枕みたいに俺を抱き締めている。 苦しいと思ったのは彼女の腕が俺の首に回っていたからだ。 結構な力で締めてきている。 客観的にみたら物凄い体制になってない? 禰豆子ちゃんすごいね? 俺は幸せの絶頂にいるけどさ、辛くないかなこの体制で寝るの。 俺の身体柔らかくないから、硬い岩に抱きついてるみたいなもんよ? そんなことを考えていると、もぞもぞと彼女が動き出した。 「ぅう…ん? あれ、私…」 目が覚めた彼女も自分の状態に気づいたらしい。 慌てふためいてガバリと俺から離れた。 「おはよう、禰豆子ちゃん」 笑いかけながら挨拶したけど返事はない。 どうやらそれどころじゃないらしい。 「やだ、私ったら、なんて…はしたない…あぁ、もう、ごめんなさい善逸さん…私…」 こんなに取り乱している禰豆子ちゃんは初めて見たかもしれない。 目をぐるぐるとさせながらアワアワとしている彼女を見て思わず笑ってしまう。 「ぷはっ。 禰豆子ちゃん大丈夫だよ、俺にとって滅茶苦茶幸せな目覚めだったから。 それに全然痛くなかったしさ」 「で、でも首っ! 首絞めてましたよね?! 」 「大丈夫大丈夫。 俺呼吸できてたよ」 心底心配そうに俺の首を擦る彼女の指が擽ったい。 ずっと笑ってる俺に安心したのか、ようやく禰豆子ちゃんが落ち着きを取り戻した。 「良かった…」 言いながら先程の格好を思い出したのか、じわじわと真っ赤になって顔を覆う。 「暴れたりしませんでしたけど…その、やっぱり恥ずかしいです!! 」 「ダメだよ禰豆子ちゃん! 何事も練習しなきゃ結果は出ないからね! 俺も頑張っていびき治せたからさ、禰豆子ちゃんもできるよ。 初めは恥ずかしいかもだけど、少しずつ慣れていこう!」 真顔でそれらしいことをキッパリ言えば、混乱している禰豆子ちゃんは小さく、はいと返事してくれた。 我ながらズルいとは思うけど、あんな幸せな目覚めを手放せるほど俺は大人じゃない。 それに、禰豆子ちゃんの寝相も治る上に、俺も幸せになるなら一石三鳥くらいある気がしなくもない。 夫婦の幸せな悩みはこれからもう暫く続きそうだと彼女の顔を見ながら思った。 [newpage] 善逸さんと結婚してから数カ月が経った。 未だに実感はないけれど、ふとした瞬間に善逸さんと目が合うとやっぱり夢じゃないのね、と嬉しくなる。 とても優しい旦那様だから、喧嘩だって一度もしたことがない。 もちろん、つまみ食いなんかを見つけたら怒るけど。 でも、大抵はお互い許してしまう。 私達の結婚生活は順調だった。 たった1つの悩みを除いて… その悩みというのはさほど深刻なものじゃない。 私が我慢すれば良いだけのこと。 私が抱える悩み、それは、愛しい夫、善逸さんの寝言。 私の寝相を治す為、私を抱える形で毎晩眠っている彼。 初めこそ戸惑い、恥ずかしいと思っていたけれど、私も段々と慣れて今ではすっかり落ち着いている。 寝相の悪さも随分治ってきていた。 先に居た善逸さんの元に寄り、何も言わずとも2人で一緒に寝転がる。 今まで2組敷いていた布団はいつの間にか1組しか敷かなくなっていた。 「おやすみ、禰豆子ちゃん」 眠たそうな目でそう言って、私の額に口付けすると、一瞬で彼は眠ってしまった。 仕事で疲れているのに、いつも私を待っていてくれている。 申し訳なさと同時に、愛しさが込み上げて来た。 周りの皆は善逸さんばかりが私のことを好いていると思っているけれど、そんなことはない。 私だって同じくらい彼に惚れ込んでいる。 「ふふ、おやすみなさい。 善逸さん」 彼にすり寄って、彼の体温を感じながら私も目を閉じた。 だけど眠りが浅かったのか、数刻も経たないうちに目が覚めてしまった。 聞き慣れた呼吸音が間近に聞こえる。 私と結婚してから、善逸さんは修得した呼吸を利用していびきを治した。 夫が努力して治したのだから、妻も応えなければならない。 彼の腕の中で眠るという解決方は正しいかはわからないけれど、続けることに意味がある。 善逸さんも喜んでくれているみたいだし、最近は一石二鳥な気がしていた。 ただ、ずっと同じ格好でいるのは目が覚めた今、少し疲れる。 納まった彼の腕の中で、もぞもぞと動くと態勢を変えることができた。 善逸さんに背を向けるような形になってしまったけれど、背中から伝わる彼の体温に安堵する。 うつらうつらと再びなりかけた瞬間、善逸さんの声が聞こえてきた。 「禰豆子ちゃん」 はっきりとした口調。 驚いてビクリと反応してしまった。 私が動いたせいで、起こしてしまったかしら… 慌てて振り返ろうとしたけれど、ぎゅっと善逸さんの腕に力が入り、動けなくなった。 「禰豆子ちゃんはさ、どうしてそんなに可愛いの? 」 いつもと違った低く、色っぽい声が耳を擽る。 瞬間、ぞくぞくとした甘い電流が身体中に流れた。 「一目見た時に衝撃だったんだ。 こんなに可愛い子がこの世にいるのかって。 俺あの時に初めて鬼殺隊になって良かったと思ったよ」 淀み無く話す善逸さんだけど、合間の呼吸音で彼が眠っている状態だとわかった。 以前、伊之助さんから聞いたことがある。 彼は昔、眠ったまま戦っていたと。 にわかには信じられない話だけれど、年々鬼の頃の記憶が断片的に戻っている私はその光景も薄っすらと思い出していて、すんなりとその話を受け入れた。 試しに、ツンツンと彼の腕を突いてみる。 反応はない。 声を掛けようとして…止めた。 確か、寝言に応えると、寝ている方がそのまま夢の中に囚われてしまうのだったかしら…迷信だけど、ちょっと怖い。 大人しく、彼の言葉に耳を傾けることにした。 「こんなに可愛くて美人で料理も裁縫も上手い完璧な奥さんがいるなんて、俺未だに信じられない。 禰豆子ちゃんは今まで会った女の子の誰よりも優しくて綺麗な音がするし」 その言葉を聞いて、お付き合いして初めて2人で出掛けた時のことを思い出した。 善逸さんは私が目にしたものを全て買う勢いでお店を回った。 全力でお断りすると、彼がキョトンとしていたのを覚えている。 あまり聞きたくはなかったけれど、今まで善逸さんがお付き合いした方達の話を聞いて唖然としてしまった。 手すら握らせてもらえず、ただ欲しいものを強請られれば、言われるまま買っていたと聞いた時は目眩がした。 そんな関係は恋仲とは呼べない。 恋愛に疎い私でもわかった。 甘露寺さんから教えてもらった恋のお話とも全く違う。 善逸さんも私と同じでお付き合いしたことはなかったのだと気づいて、嬉しく思うと同時に彼が散々な扱いを受けていたことに対して悔しい気持ちが入り混じった。 もっと早く出会えていれば、なんて考えてしまうほど私は善逸さんのことが好きになっていた。 そのことを素直に伝えると、善逸さんはまるで信じられないものを見たかのような顔をした。 そうして実在するのを確かめるかのように、私の頬に触れてきた時は思わず笑ってしまった。 私がこの人を幸せにしよう、と思ったのはその時だったのだろう。 「炭治郎もさ、泣きたくなるくらい優しい音がするから、やっぱり兄妹なんだなぁって思ったよ。 俺、禰豆子ちゃんに出会えて本当に良かった」 自然と、私の目からホロリと涙が溢れた。 善逸さんと出会った時、私は紛れもない鬼だった。 人一倍臆病だけれど、鬼を斬る強さを持っている善逸さん。 そんな彼なのに、鬼の私を女の子として扱ってくれた。 私達兄妹を信じてくれた。 私を抱き締める腕が緩まった瞬間、身を捩って、彼の方に向き直る。 見上げると、やっぱり善逸さんの目は閉じられていた。 そっと頬を彼の胸板へ擦り寄せる。 「禰豆子ちゃんのこと、本当に好きなんだ。 俺は弱いけど、一生かけて禰豆子ちゃんを守り抜くよ。 もう二度と悲しい思いをさせない」 私の目から流れる涙が止まらない。 嗚呼、なんて素敵な人と出会えたのだろう。 初めて鬼になって良かったと思った。 「禰豆子ちゃん大好き。 あいし…んむっ」 思わず、身体をぐっと伸ばして善逸さんの唇に自身のそれを重ねて塞いだ。 これ以上は色々と保たない。 それに、大切な言葉は彼が起きている時に聞きたい。 暫くして、そっと離すと、幸せそうな善逸さんの寝顔が見えた。 鳴り止まない心臓の音を懸命に落ち着かせているうちに、私もいつの間にか深い眠りに落ちていった。 * * * チュンチュン、と可愛らしい声のさえずりが聞こえる。 ぼんやりとした頭を起こしながら、ゆっくり目を開けると、善逸さんは隣にいなかった。 どこに行ったのかしら…寝惚け半分にそんなことを思っていると寝室の戸が開いた。 「禰豆子ちゃんおはよう。 今日は珍しく、ぐっすり眠ってたね」 善逸さんがそう言って、ニコニコしながら入ってきた。 その様子を見て、善逸さんは昨晩のことを全く覚えていないことがわかった。 と同時に、 「ご、ごめんなさい! 私ったら…! すぐにご飯の用意しますから、待っててください! 」 自分が寝坊したことに気づき、慌てて立ち上がろうとした。 それをやんわり善逸さんに止められる。 「いいのいいの。 禰豆子ちゃんも疲れてるだろうから休んで。 簡単なものだけど、頑張ってご飯も作ってるし、もう少しゆっくりしてなよ」 優しい笑顔に絆されて、大人しく布団に戻り座り直す。 申し訳なく思いつつ、じぃっと善逸さんの顔に見惚れる。 「ありがとうございます…善逸さん…大好き」 未だ自分から言うのは慣れなくて恥ずかしいけれど、きちんと伝えることができた。 俺も」 いつもなら大きな声ではしゃぐのに、今、彼は大人の顔をして微笑んでいる。 途端、心臓がバクバクと鳴り始めた。 その様子を楽しむように、善逸さんがぐっと近づいて来た。 「じゃあ、ちょっと待っててね…愛してるよ、禰豆子ちゃん」 耳元で囁いて私の頬に口づけを落とすと、善逸さんは寝室から出ていった。 ずるい…本当にずるい人。 あんな顔して、昨晩のような色っぽい声で言い残すなんて… 嫌でも彼が私より年上であることを再確認させられる。 火照った頬を抑えながらため息を吐いた。 また昨晩のように、目を覚してしまったらどうしよう。 そう思えば思うほど、私はその後、度々夜中に目を覚ますようになった。 本当は、彼の寝言を望んでいる自分がいる。 我慢して寝なきゃいけないのに、ついつい起きてしまう。 夫には内緒の、私だけの悩みはまだまだ解決しそうにない。 私の寝不足を不思議に思い、首を傾げる善逸さんを見ながら私は思った。

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「鳴柱様がご結婚なさるらしい」 いつからか鬼殺隊の中で噂されているのを、当の本人はまぁ耳が良いことで嫌という程入ってきた。 噂の出処は、あれだよなぁと、善逸は小さくため息をついた。 数日前、 御館様の屋敷からの帰り道、見慣れた後ろ姿を見つけた善逸は 「宇髄さん」 と声をかけた。 振り返ると お、善逸か。 と隣に並ぶ。 「お前一丁前に柱合会議なんてでてやんの。 」 「出たくて出てるわけじゃないわ。 俺だって柱になりたくなかったわ。 」 「雷の呼吸なんてなくていい、だっけ? よく言うよ。 」 雷の呼吸の使い手は今や善逸ただひとり。 師範は兄弟子が鬼になったことで自害させられ、 その兄弟子は自身で手にかけた。 となると、継承していくのは善逸であるが なにせ本人は壱の型と自分だけの型である漆の型しかつかえない。 師範と兄弟子が使っていたから、伝えられることは伝えられるが、コツとか見本とかは教えられないから 継承しなくてもいいのではと考えている。 また、そんな訳ありな呼吸なんていらないだろう、とも。 「それで?竈門妹とはどうなんだよ。 」 ひっと、情けない声を出す善逸に宇髄はニヤニヤする。 人の恋路をいじるのがひどく楽しいのである。 「べ、別に、なにも…」 善逸が禰豆子をずっと前から好いているのは周知の事実だ。 善逸曰く、可愛すぎて直視するのが罪 という意味のわからない理由だそうだが。 「お前さぁ、いつまで童貞こじらせてるんだよ。 もうお互い結婚してもいい歳してるんだからな?」 「それは…そうだけど。 」 「天下の鳴柱様なら御館様に話でもしたら名家のお嬢様沢山紹介してもらえるぜ?」 「ばっ!なに言ってるんだ、俺が結婚したいのは彼女ただ一人で…!」 「それによ、竈門妹だって男に口説かれてるのまきをが見たって言ってた。 」 その一言に善逸はさぁと顔が青ざめる。 まったく表情がコロコロかわる面白いやつだと宇髄はくくくと笑う。 「お、おれ。 」 「俺結婚する!ぜーったい結婚する!今月中だ!わかったな!御祝儀はずめよ!」 大声で、道の真ん中で叫んだ。 それが、噂好きな隊士に聞かれていたのは 次の交差点を曲がったところで隊士が口をパクパクさせていたことで知った。 柱に見えない柱 善逸はそういう風に言われている。 ところで、善逸は普段一人でしか任務をしない。 一人が好きなわけでも、そう頼んでるわけでもないが 柱という階級からか一人でもなんとかやれるだろうと思われているのであろう。 そして、彼の任務はとても早い。 その聴覚と雷の呼吸が速さがあるものなので、 現場に行くとすぐに鬼を倒して帰ってくるのだ。 だから、隠が後処理に来る頃にはすでに何事もなかったように静かな空間がそこにある。 そして、助けた子供に羽織をかけて 瓦礫を片している。 「鳴柱様!?そんなこと、我々が致しますので鳴柱様は早く帰られてください!」 腕をまくって 髪を高い位置で結っている善逸は ふわっと笑って 「ありがとねぇ。 でも、この子たちが起きるまで羽織貸しててあげたいでしょ? それまで俺やることないし。 」 と言ってそのまま黙々と片付けをする。 柱に見えない柱 いつからかそのように言われるようになった。 平隊士が初めに善逸のことをそう聞いた時 どんなに情けない人なのだ 実は弱いのだろうかと頭に過ぎるが 決してそうではない。 「柱だ」 柱が通る時、平隊士はザザっという音が聞こえるほどかしこまって頭を下げる。 獣柱の伊之助は 「おう」 とだけ手を挙げて答える。 日柱の炭治郎は 「お疲れ様」 と笑顔で話しかける。 だが、善逸は 「俺なんかに頭なんて下げないでよ。 」 としゃがみこんで顔をあげるように言う。 だからそんな彼のファンは多い しかし自分への好意の音を知らない男はそれに全く気が付かない。 もとい、興味がないのかもしれない。 彼の目に女の子は、竈門禰豆子しか映っていないのだから。 「善逸、結婚するって本当なのか?」 兄のその声が聞こえてきて、禰豆子はわかりやすいように手にしていたお盆を落とした。 「あー…あれね、聞いたんだ。 」 善逸はバツが悪そうに頭をかいた。 聞きたい言葉が後に続く訳では無い。 だから禰豆子は家を飛び出してしまった。 最初は、変わった人だと思った。 鬼だった頃の記憶はほとんどなく、けれども黄色の人のイメージはなんとなく覚えていた。 それがどんな人で、どんなことをしたかは分からないが 黄色い人がいつも近くにいたことはわかる。 「禰豆子ちゃん、俺我妻善逸っていいます! お兄さんの友達で、仕事仲間で …その、よろしくね。 」 目が覚めてから初めてあった時男の人に使うのはわからないけれど 笑顔が可愛らしいと思って胸がポカポカした。 善逸さんは、たまに家へやってきた。 「禰豆子ちゃ〜ん!」 「善逸さん、いらっしゃい!」 その声を聞いて、すぐに玄関へ向かうと いつもの優しい笑顔の善逸さん。 「それでね、結局見捨てるわけにいかないしさ おばあちゃんをおぶったの 家が近いって言うからおぶったのに結局駅四つ分!」 「ふふ、でも善逸さんなら力持ちだから大丈夫でしょ?」 「ま、まぁねー! 禰豆子ちゃんならスキップして十駅でも言っちゃうよ!」 「そんな冗談」 「本当だよ!やってみる?」 ほい、と屈んで背中を向けて 両手を後ろにする善逸さん。 善逸さんは甘くて優しいから、分かりにくいけれどもちゃんとがっしりしていて男の人なんだなぁとその背中をまじまじ見てしまった。 「「あ」」 なかなか乗らない私に善逸さんが振り向いて 「わぁぁぁ!ごめんね!?そんなやましい思いとかこれっぽっちもなかったよ! もちろん禰豆子ちゃんは可愛くて天使だからやましい思いない方がおかしい…けど! なにかしようなんて気はさらさら!」 「善逸さん!」 「ひゃい!」 「違います…その、善逸さんちゃんと男の人だなぁって思っちゃって。 」 自分で何を言ってるんだろうと紅くなる禰豆子、 つられて真っ赤になる善逸。 「禰豆子ちゃん」 善逸は、禰豆子に向き合い手をとると 「俺は男だよ?」 と、やけに真剣な顔をするから 「…はい。 」 それ以上なにも言えなくなってしまった。 禰豆子は気づいてしまう。 宴会のとき、 蝶屋敷での治療の手伝いのとき いつも目で、黄色い人を追ってしまっていたのは 目の前の、この人に恋をしているのだからだと。 好きだと言ったら、この人はなんと答えるのだろうた禰豆子はいつも悩んでいた。 どんな機会で、どんな言葉で伝えたらきちんと伝わるのかと。 やっぱりシンプルに。 否定してしまうようなあの人には分かりやすくしないとと でも断られたらどうしようと 不安になって全然実行できなかった。 「鳴柱様が呼吸使ってるとこ見れた!」 いつだったか蝶屋敷に運ばれてた女の子たちがそう騒いでいた。 「え、あれ見た人なかなかいないんでしょ?」 「そうなの!鳴柱様っていつも優しくて温和な雰囲気でいらっしゃるのに 雷の呼吸使う時、とってもかっこよくて その金の髪もとても美しくて…」 「えー、私も見たかった!」 「どうやったら鳴柱様の継子になれるのかしら。 」 きゃっきゃと話をしているのを耳にしたとき 禰豆子はとても辛く、すぐにその場を離れた。 善逸さんを 私だけの善逸さんにしたいなぁ。 なんて今まで考えたこともないような感情が胸を締め付ける。 「今の音、何?」 「禰豆子が何か落としたんだろうか? 禰豆子ー?」 炭治郎がさっきまで禰豆子がいたであろう場所へ行くと カランカランとお盆が揺れて落ちていて 禰豆子はそこにはいなかった。 「そうじゃないよ、炭治郎。 禰豆子ちゃんからすごく哀しい音がしたんだ。 」 「禰豆子が?」 なにかあったろうか?と首を傾げる炭治郎を置いて 善逸は家を飛び出した。 「善逸!?」 足がどの柱よりも早い善逸は炭治郎が家の前を出た時にはもう遠くに背中が見えるほど離れていた。 禰豆子ちゃんどうしたの なんでそんな聴いたことないくらい哀しい音をするの 足を早めるなかで、善逸は禰豆子が行きそうな場所を頭にいくつか浮かべる。 広場?それとも街の方へ出たか? いや、禰豆子ちゃんだ きっとー 「っいた。 」 川のほとりでちょこんと、涙を浮かべている禰豆子を見て善逸は自分も泣きそうになった。 何に苦しんでるのかはわからないが 好きな人が悲しんでるのは自分も辛い。 「禰豆子ちゃん。 」 驚かせないよう、静かに隣に座った。 禰豆子は目を見開いたが、そのまま川の方へ視線を戻した。 「…なにかあった?」 別に言いたくなかったら言わなくていいんだよ、と善逸は付け加える。 泣いて赤みがついた瞳さえ可愛らしいと思うのは不謹慎だが惚れた弱みなので許して欲しい。 「…好いた殿方がいたんです。 」 か細くつむぎ出された言葉に善逸は頭を殴られた気がした。 嘘過ぎないか、いきなり振られるなんて。 ダメージが大きいのを隠しきれないが 今は禰豆子の話なので平然を装う。 「でも、私なにも言ってないのにその人結婚するみたいで。 何もできなかった自分に腹が立つし。 変な話、その人が他の人と添い遂げると思うと醜い感情が出てきてしまって…。 」 禰豆子はまたホロホロと涙を流した。 善逸は何を話せばよいか分からなかった。 自分は恋愛でなにか指南できるほど知識がある訳では無い。 「そっか、でも。 」 俺も同じだよなぁ、禰豆子ちゃんに何も言ってないのに振られて。 「振られてもいいから、自分に踏ん切り付けるためにもその人に伝えてみるのもいいかもね。 」 まるで自分に言い聞かすように告げた。 「俺も。 」 「えっ?」 どうして、善逸さんは?と禰豆子は声を出そうとしたが善逸と目が合って出せなくなった。 「俺も、好きな人に好きな人がいて ダメだって、振られるってわかるけど自分の気持ちを伝えようと思うんだ。 」 「禰豆子ちゃん。 」 「君が傷ついてる時に言うのは酷かもしれないけれど 俺は出会った時から君だけが大好きだよ。 」 息の仕方を忘れた。 禰豆子は頭がこんがらがって整理できないでいた。 「なんで」 「なんでって、そりゃぁもうまず一目惚れだったし! 可愛い子だと思ったのが最初だけど、優しくて気配りができて 頑張り屋さんで家族想いで… 禰豆子ちゃんの全部が好きだよ!」 「ちがう、善逸さん、結婚は?」 「え、結婚? あー、あれはね」 善逸は禰豆子にまであの噂が広まってるのかと観念しながら また、勝手に宇髄に禰豆子と1ヶ月以内に結婚すると大口をたたいたことももうここまでくれば同じだろうとありのままに話した。 「だから俺は別に結婚しなー」 「結婚してください!」 結婚はしないよ そう言おうとしたのを禰豆子に手を掴んで遮られた。 「え?」 「私と結婚してください、善逸さん! お恥ずかしながら…さっきの話は全部善逸さんが結婚するんだと思って勘違いしてた話で… って善逸さん!?」 ドバーっという効果音が出そうなくらいの勢いで善逸は泣き始めた。 「嘘すぎる…そんなの、え、本当に?」 「本当です。 」 「禰豆子ちゃん、好きだよ。 」 「私も善逸さん、大好きです。 」 「禰豆子ちゃんが思ってるより俺、弱いし、 面白くないし、嫉妬もするし」 「私だって善逸さんがモテてるの聞いてて嫉妬しましたよ。 」 「モテないよ!…でもいいや、禰豆子ちゃんに好かれてたら俺はもう大満足です。 」 へへっと笑って、そのまま善逸は禰豆子をぎゅっと抱きしめた。 「ほんとかよ。 」 宇髄は困惑していた。 まさかあの時の話が本当に現実になるとは思っても見なかったのだ。 「いやぁ、それがね。 俺もビックリしました。 禰豆子が飛び出したのを善逸が追いかけてって 帰ってきたら手を繋いでたんですから。 そのあといきなり嫁にくれと。 」 炭治郎は苦笑いしてあの日のことを振り返る。 「禰豆子はやらん、って言ったのか?」 「いやぁ、まさか。 だって禰豆子のあんな嬉しそうな顔、させられるの善逸だけなんですから。 」 「ほぉ、俺も御祝儀弾まねぇとな。

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[B! web] やらない善よりやる偽善 (やらないぜんよりやるぎぜん)とは【ピクシブ百科事典】

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「ごちそうさまでした」 空になった膳の前で炭治郎は手を合わせる。 妹の禰豆子が食後のお茶を差し出した。 湯呑からほのかに立ち上る湯気が決意を促しているように思える。 炭治郎はぎこちない笑顔を妹へ向けて茶托ごと受け取った。 禰豆子が人間に戻って以来、炭治郎は蝶屋敷の近くに小さな家を借りて兄妹二人で暮らしている。 鬼殺隊として日々の任務をこなす身では家を空けることも多い為、頼れる人間が近くに居る場所を選んだ。 以前のように戦う力を失った禰豆子は、蝶屋敷へ通って看護の手伝いをして日々を過ごしている。 脚を骨折した患者がやっと歩けるようになったこと、機能回復訓練を手伝ったことなど、楽しげな日常の話を聞きながら、炭治郎は禰豆子と一緒の生活をあとどれくらい続けられるのだろうかと、ほんの少し寂しく思う。 「禰豆子、心に決めた人は居るのか?」 思い詰めてようやく口にした炭治郎の質問に、禰豆子は口に含んでいたお茶を喉に詰まらせた。 唇をきつく結び零さないよう必死に堪え、ふっと鼻から息を逃がしてなんとか無事飲み込んだ。 「なぁに?突然」 震える手で湯呑を茶托へ戻す禰豆子の目が左右へと揺れている。 きっとあの目の奥には騒がしい金色が踊るように過っているはずだ。 言葉にして確認したことは無いが、禰豆子は善逸を好いているのだと炭治郎は察していた。 その根拠は善逸が家に顔を出した時の禰豆子の瞳の輝きだったり、二人が並んで話をしている時の距離だったり、善逸と共同任務の際に渡された二人分のおにぎりの小さくて丁寧な三角形だったりする。 一方の善逸は禰豆子をどう思っているのかというと、それはもう言葉を尽くし態度も明らかに、全身で「禰豆子ちゃんが大好きです!」と叫び狂っている。 挙句半月ほど前に、本人の口から決定的な言葉が出た。 許してくれるか? 今まで散々禰豆子本人へ向かって結婚しようと喚き散らしていたのに、何を今更と呆れる一方で、善逸にも漸く家族である炭治郎に許可を乞うという分別を覚えたのかと微笑ましく思えた。 禰豆子の気持ちを知ってから決めていた言葉を返してやると、善逸の緊張で白くなった顔にみるみる赤みがさしていった。 口角がぎゅんと上がった弾みで目元に溜まっていた涙が一粒零れた。 ありがとうお義兄様、と叫ばれて気が早いなと笑った。 同時に、そうか両親を失った後でも弟を持つことがあるのかと不可思議な感動を覚えた。 それからしばらくして禰豆子は浮かない顔をするようになった。 溜息が多くなり、ぼんやりと虚空を見つめていたかと思えば座り込んで下を向いている。 二人から結婚の話が来る時を今日か明日かと落ち着き無く待っていた炭治郎としては、拍子抜けするような禰豆子の態度だった。 善逸を捕まえて話を聞こうとするも、任務やら何やらで会う機会が無かった。 避けられていたのかもしれない。 炭治郎が二人の結婚を許す大前提は禰豆子の気持ちであり、そこが覆されるなら話は変わってくる。 炭治郎は立ち上がり、箪笥の中から慎重な手つきで文箱を取り出した。 黒漆を塗り重ねて螺鈿細工の施された豪奢な箱を抱えて元居た場所へ座る。 「禰豆子、この箱には身上書と写真が入ってる。 お前に見合い話が来たんだ。 間に然るべき人を立てた、正式な話だよ」 禰豆子は文箱をじっと見つめた。 まるで箱の中から鬼が飛び出してくるのではないかと怯えているような顔だった。 ひょっとしたらその鬼は過去の彼女自身なのかもしれない。 「どんな人なの?」 「禰豆子を大切にしてくれる人だと思う。 でも、幸せにしてくれる人かどうかは兄ちゃんには分からない」 「こんなに綺麗な箱を用意する位だから、きっと立派な人なんだと思うの。 身に余るお話よね」 禰豆子は不安そうな顔で胸に手を当て炭治郎を見つめた。 「お断りしたらお兄ちゃんの立場も悪くなるのかしら」 「これは禰豆子の話なんだから、兄ちゃんのことは何も気にしなくていいんだ。 俺は禰豆子の気持ちを分かりたい。 だから話してくれないか?……お前の幸せのために」 炭治郎が言外に含ませた存在を禰豆子はきっと汲んだのだろう。 胸に当てていた手を膝の上に落として指先が白くなるほどぎゅっと握った。 「……善逸さんに、結婚を申し込まれたの」 「そうか」 「私、その時は気が立っていて、またいつもの冗談ですか、って答えてしまった」 これまでの禰豆子は善逸の日々繰り返される告白に返事をしていなかった。 鬼だった頃は何を言っているのか分かっていなかった様子で、人間に戻った後も当時の反応に少し色が付いた程度だった。 笑って聞き流したり、恥ずかしそうにほんのりと笑顔を向けてみたりと、はっきりとしないながらもまんざらでもないような態度だと炭治郎は思っていた。 好きだ、結婚しようと散々繰り返してきた言葉は最早本来の意味を失って、挨拶のような物になっていたのだろう。 「善逸さんは本気だったのに。 あんなに優しい人を傷付けた」 後になって気が付いた禰豆子は謝ろうと思ったが、彼女もまた善逸と話をする機会を作ることが出来無かった。 では手紙を書こうと筆を執ったまでは良かったが、何を伝えればいいのか思案に暮れてしまう。 相手の誠意を踏みにじってしまった罪悪感と会えない時間が禰豆子を臆病にしていく。 「……悪いことばかり考えてしまうの。 善逸さんが好きになってくれたのは鬼だった頃の子供みたいな私で、生意気な口をきく私は嫌われてしまったんじゃないかしら」 「今更な話だろう?人間に戻ってから時間も経っているし、今の禰豆子が嫌いだったら、そもそも結婚の話は来ない」 禰豆子は申し訳無さそうに目を伏せた。 「随分前に聞いた、善逸さんが女の人と見ればすぐに飛びついていた頃の話とかを思い出してしまう」 チュン太郎の嘆きや鬼殺隊士の冷やかしで断片的に耳にしてしまった善逸の過去の所業の数々も、今の当人を見つめている禰豆子にはどうでもいいことだったはずだ。 過去と割り切った話をまた拾い上げて傷を探してしまうほど、心が揺れている。 恋というものは禰豆子のように芯の強い娘の心にもか弱い向日葵を咲かせてしまうものらしい。 「剣士になった理由もね、知ってるの。 善逸さんは借金を作ってもいいくらい、あの女の人に対する想いが深かったのよ」 「考えが浅かったんじゃないか?ただ単に」 思ったままの言葉が暴言となって出てしまい、禰豆子に悲しそうな顔をされた。 いくら関係が拗れているとはいえ好いた男のことを悪く言われたくは無かっただろう。 「俺も詳しく聞いたわけでは無いけれど、昔の話、というかむしろ子供の頃の話だろうから」 初めての共同任務の時でさえ、互いに少年と言って差し支えない年だった。 善逸が女に騙された一件はさらに前、剣士として修業を受ける切っ掛けの時分だ。 きっともっと幼かったはずだ。 親のいない善逸でも家族を作れる方法として、結婚という手段を教えた人間が誰かは知らない。 ひょっとしたら自分で気が付いたのかもしれない。 それでも、無知で幼かった善逸を騙す術が色恋では無く家族を切望する祈りであったならと気付いて、やりきれない悲しみを感じた。 炭治郎は汚泥の中に投げ捨てられた小さな白い布を見送るような気持ちになる。 「言われてみればそうだな。 確かに想いは深かったのかもしれない。 あいつは女の子となれば見境なく手を握るような男で、だから相手から叩かれて逃げられた。 でも、手を握り返してくれた女の子には自分の全てを投げ渡してしまう」 禰豆子は炭治郎の言葉と彼女の中に居る善逸の姿との答え合せをするような真剣な目をしていた。 自分達兄妹には当たり前のように注がれていた肉親からの無償の愛情。 それを知らない善逸の情の返し方は大仰で一途で加減が出来無い。 禰豆子からしてみれば放って置けない危うさがあるのだろう。 「禰豆子が逃げなければ、善逸はずっとお前一人の手を握っている。 ……全ては禰豆子次第だ」 禰豆子は上を向いて大きく息を吸った。 涙が溢れそうになって堪えているのだろう。 炭治郎は気が付かないふりをして残ったお茶をゆっくりと飲み干した。 時計の規則的な音だけが静かな部屋に響いている。 「お兄ちゃん」 「うん」 とっくに空になっていた湯呑を茶托へ戻して炭治郎は妹を見つめた。 居住まいを正し真っ直ぐに兄を見つめる瞳は母に似ていた。 やはり禰豆子は美人だと炭治郎は目を細める。 「私、善逸さんをお慕いしています」 「じゃあ、見合い話を進めないとな!」 禰豆子は唖然として身動ぎもしないまま炭治郎の顔を凝視していた。 「どうした禰豆子?」 首を傾げる炭治郎と同じ角度で禰豆子もまた首を傾げた。 「進めるの?」 「うん?」 「私は善逸さんのことが好きなのに、お兄ちゃんは他の人と結婚しろって言っちゃうの?」 そういう意味か、と炭治郎は手を打って文箱を禰豆子へ見せるように抱えた。 「この箱に入ってる身上書と写真、善逸のなんだ」 「……え?」 傾いた首を戻すことも忘れて禰豆子は呆然としている。 炭治郎としても何故善逸が今になって回りくどい方法で結婚を申し込んできたのか疑問だったが、禰豆子の話を聞いて合点がいった。 本気の告白を冗談だと思われてしまった善逸は、どうすれば信じて貰えるのかと悩んだのだろう。 自分の言葉に信用が無いならば、第三者を間に立てるべきだという結論に至ったのは想像に難くない。 禰豆子の頬にじわじわと赤みが差してくる。 きゅっと眉が上がったのでこれは良くないな、と察した頃には禰豆子が立ち上がっていた。 「びっくりさせないでよ!お兄ちゃんに反対されたら私どうしたらいいのか分からないよ」 禰豆子は両拳を上下に振って、昔から炭治郎は言葉が足りなくて難儀していたのだと訴えてきた。 曰く、炭治郎が弟妹に何かを教えた後は決まって「それで兄ちゃんは何が言いたかったの?」と禰豆子へ解説を求めて来た。 禰豆子もまた炭治郎の言っている意味を理解出来ないまま、四苦八苦しながら弟妹の疑問に答えていたのだ。 「お兄ちゃんの擬態語だらけの言葉、翻訳するの本当に大変なんだから!」 炭治郎は言葉の刃物に貫かれて仰向けに倒れた。 妹にそんな労苦を強いていたなど今まで気付きもしなかった。 不甲斐ない兄ですまない、と文箱を胸にぎゅっと抱きしめて、その螺鈿の手触りで炭治郎は消沈から正気へ返る。 上体を起して文箱を頭上へ捧げ持った。 「そうだ禰豆子!この箱は大切な物なんだ!」 「それはそうだよ。 立派な箱だし、善逸さんの身上書と写真……」 禰豆子は赤らんだ頬に手を当てて、写真見たいなと呟いた。 「中身はどうでもいいんだ。 善逸だから」 「酷い!」 「問題は箱の方なんだ!この箱を用意して下さった人、つまりお前たちの仲人さんはお館様だ!」 禰豆子は赤くなっていた頬を一気に青褪めさせて身を竦ませた。 炭治郎は無言で頷く。 頭上の箱ががたがた鳴る。 今になって恐れ多さが八割腕にきている。 屋敷へ呼び出されてお館様から直々に話を受けた時は冷や汗を流すばかりの炭治郎だったが、主は楽しそうに目元を綻ばせていたのが救いだった。 鬼殺隊にとって神に等しいお方に私事を頼むなどと、凄まじい身の程知らずをしでかしてくれたと恨みたかった。 しかし善逸からしてみれば、彼の知るもっとも信頼の厚い人物と言えば彼の御仁だったのだろう。 多忙なお館様の手を煩わせるなと柱達から相応のきついお叱りを受ける可能性もあっただろうに、それだけ禰豆子に対して本気なのだと思うと炭治郎には何も言えなかった。 傍迷惑な話だが、禰豆子の兄、そして善逸の将来の義兄として巻き込まれてやろうと腹を括った。 これも長男の務めだ。 「とんでもない善逸さんだよ!」 悲鳴を上げる禰豆子を見上げながら、炭治郎は結婚した妹が善逸に似てきたら嫌だな、と密かに思った。

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